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へっぽこ騎士団の行進曲 作者:リョーランド

第5回   友達とその母親を守れ!

 既に町の中は瓦礫と化していた。
 彼女が歩いた道には、彼女が倒した何十匹の巨大虫の大群があった。これを今まで彼女一人で倒してきたのだから、いかに彼女の戦闘能力がずば抜けているか伺える。
 街中は、以前魔物が攻めてきたときよりも非道く、少し悲しかったが、今の彼女にそんな事を言っていられる余裕などなかった。
 突如現れた巨大な虫。
 それは全長が二メートルもある、大きな蜘蛛であった。
「リンちゃん……」
 遠野真琴は今、そんな蜘蛛と戦っていた。
 そしてその蜘蛛が、その八本の足の一つの足に抱えているのは、真琴の騎士団外でのたった一人の友達だった。
「どうした騎士よ。私を倒すのではなかったのかな?」
「ふぇえ……糸が……」
 蜘蛛は余裕の笑いを浮かべながら、リンを抱える足に少しだけ力を込める。
 助けたい気持ちでいっぱいになるが、現在の真琴は、蜘蛛の放った糸に絡まれて身動きが取れなく、それでもなんとか抵抗していた。
「統率者である私が、貴様のような一介騎士ごときに負けると思っていたか?私は策を労じるのが好きでな、既にいくつかの罠は張っている」
「罠……?」
「そうだ。だが、別に貴様は知らなくていい。この女と共に私に食われ、私の一部となるのだから」
 この時、昔の彼女であれば、真っ先に戦線離脱をしてしまったであろう。
 半年前の自分は、ただ怖い事や痛い事から、必死で逃げようとしていただけの、ただの子供だったのだから。
「ボクは……負けない」
「??」
 だからこそ、今ここで逃げる訳にはいかない。
 だからこそ、今ここで立ち止まる訳にはいかない。
「ボクは騎士なんだ。騎士は誰よりも強くて、皆を守らなくちゃいけないんだ。もう昔みたいに怖がりで、臆病で、人の後ろに引っ付いてなんていられない」
 自分が強くなれば、こんな敵など一瞬で倒せる。
 自分が強くなれば、もうあの友達にこんな思いをさせなくてすむ。

 エリスやサクラも自分の仕事ができる。
 何より、大好きな雪弥に喜んでもらえる。

「前に出るんだ。前に出て、敵を倒す……どんなに傷ついても、皆が後ろで支援してくれるから……戦えるんだ」
 だからこそ前に出る。
 どんなに恐くても、自分が恐れては後ろの人を危険に晒してしまう。
 何の為の剣騎士だ。前に出て、敵の前に立ちふさがるためではないのか。
 力を込める。今の数倍、数百倍もの力を込める。

 ――今のボクには、これしかないんだ!!!

 小さな体一杯に力を込め、糸を握り、引っ張る。足にも力を込め、踏ん張り、体を動かしながら糸を伸ばしていく。
「こんな糸〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 そして、蜘蛛の乾いた笑いが聞こえた、その時であった。
 ――ブチ…ブチブチブチ……
 腕に、足に、胴体に絡んでいた糸から、ブチブチと切れる音が聞こえてきたと同時に、蜘蛛から驚愕の声が上がる。
「糸を力だけで、だと……?馬鹿な!いかな英雄でも切れぬ糸が……!?」
 蜘蛛の言葉は当たっていた。
 真琴の周りには、蜘蛛の糸に絡まれ、身動きが取れない者、そのまま他の虫にやられて死んでしまった者までいた。
 しかし、この少女は目をギラつかせながら、尚も力を込める。
「リンちゃんを助ける……リンちゃんは……死なせない」
 蜘蛛は驚愕の色を浮かべながら、尚も力を込めるこの少女を、赤い目をギラギラさせながら見続けた。
「貴様、化け物か!?私の糸は、嘗てどんな巨人でも引き裂けなかったのだぞ!?そんなただの馬鹿力だけで、どうにかできるものか!!」
 蜘蛛の驚愕の言葉とともに、真琴は更に力を加える。
 もう少しで、全体を覆っている糸が全て切れる。
 ――最後の力を込めて……
「うぅぅぅああああああああああああああーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「なっ、何と!!??」
 蜘蛛はまさに驚愕の色を浮かべながら少女を見る。
 全身を絡んでいた糸を全て引き裂き、息を荒立てながらこちらに迫ってくる。
「馬鹿な……私の、糸が……」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「貴様、まさか……」
 蜘蛛が呟こうとした、その時であった。
「ふぇええええええええええええ!!!!!」

 ――ズガァァァァァァァァァァァァァァァン……

 巨大なグレートソードを振り回して、辺りの糸を切り裂く。あたかも、こんな物はあるだけ邪魔だ、と言っているかのようだった。
 そしてそれと同時に、まだ動ける騎士は自分で残りの糸を切り裂くと、真琴の邪魔にならないように、他の虫の討伐に、足を向けた。
「糸を……力のみで切り裂いただと!?」
「リンちゃんを……離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
 そして蜘蛛の至近距離にまで接近すると、その両手に持つ巨大なグレートソードを大きく振りかぶる。
「ギャァァァァァァ……」
 巨大なグレートソードを振り回し、蜘蛛の足の一本を切り裂くと、そこから10歳の少女が離れ、地に倒れる。
 それを抱きかかえると、真琴の顔から笑みが戻った。
「リンちゃん……平気!?」
 三度声を掛けると、リンと呼ばれた少女は薄っすらと、ゆっくりと目を開ける。
 それを確認すると、真琴の顔から笑みが零れた。
「真琴…ちゃん?」
「うん。ボクだよ!」
 するとリンは横を向き、先程大蜘蛛がいた場所を見ると、再度真琴の方を見る。
「真琴ちゃん……真琴ちゃんが、あれをやっつけたの?」
「うん!!」
 満面の笑顔で答える真琴。
 大好きな友達がやっと見つかり、嬉しかったのだろう。
 こういう所が、やはり純真無垢な子供である。
「真琴ちゃん、強いね。さすが私の友達だよ」
「無事でよかった。すぐにお母さんの所に……」
 すると突然、
 リンの表情が変わる。
 そういえばと、真琴が周囲を見渡すが、糸に絡まれている人の中に、リンと共にいなければおかしい存在がいなかった。
 彼女の父親、母親の存在。

「お母さん……死んじゃった」
「……ふぇ?」

 小さく、暗い、それでいて怒りにも似た声。
 いつものリンの声ではないかのような声に、真琴は驚きを隠せなかった。
「あいつに……食べられた……」
「……」
 あまりの事実に、肩を震わし、懸命に涙を堪える友人を見つめる真琴。
 どんな言葉を掛ければよいのだろうか。
 10歳の少女にとって、親を目の前で殺された。その苦しみがどれ程か。昔から親のいなかった真琴にはなお更分かる。
 次第に、リンの目から、それまで堪えていた涙が、一つ一つ毀れていく。

 ――悲しませた。
 ――ボクはまた、リンちゃんを悲しませた……
 ――リンちゃんを、泣かせちゃった……

 自分が子供だったから、甘かったから、弱かったから、彼女を悲しませた。
 真琴は俯き、リンから一瞬目を逸らすが、それでもなんとか彼女の純粋な目を見ようと努力する。
「真琴ちゃん……」
 力ない声が聞こえると同時に、真琴の腕の裾を掴むリン。
「……」
「……やっつけて。あんな虫なんてやっつけて!!お母さんの仇をとって……あんな虫を動かす奴をやっつけて!!」
 叫びが終わると、リンは真琴の胸に飛び込み、精一杯泣き出した。
 彼女はまだ10歳。目の前で母親が殺されれば、悲しむのが当然だ。
 それをさせてしまった真琴は、重い罪悪感を背負いながらも、そっとリンの頭に小さな手をゆっくりと乗せる。
「……任せて。ボクは騎士だもん」
「…うん」
 そして、今まで雪弥が真琴にしていたように、数回撫でると、満面の笑みを見せ、再び立ち上がって蜘蛛を見る。



 ――あいつが……アイツガボクノトモダチヲカナシマセタ……

 その直後、
 何かが音を立てて弾けた。



「貴様……私の獲物を……」
 蜘蛛は怒りに満ちた声を出し、尚も糸を出し続ける。
 統率者としてのプライドか、全体に傷を負っているのにも関わらず、残り七本の足を使って前に進みだす。
 すると真琴は次の瞬間、その蜘蛛に向かって、これまで誰にも見せた事がない、殺意を持った眼光を放つ。
「……まだ生きてたんだ……でも、絶対許さない」
「なっ!?」
 それは地の底から聞こえるかのような、まるで地獄の帝王のように暗く響く声。
 このグレンフェルトの誰も、今まで聞いた事がない、彼女の怒りに満ちた声。
 蜘蛛はその瞬間、あまりの圧力に一瞬、後退してしまった。
 遠野真琴の体から、先程よりも強く、凄まじいほどの闘気、殺気が込み上げられ、まるでオーラのように辺りを包んでいたからだ。
 それは蜘蛛だけではなく、他の騎士団員にも分かる。
 ――遠野真琴の心は今、怒りと憎悪に満ちている。
 それは以前のブチ切れ事件とは違う怒り。
 月代雪弥との一戦の時に覚えた怒り。
 真琴の、以前よりも遥かに増した、燃え盛る業火のようなオーラに、何メートルも離れている騎士までもが、恐怖で震えを覚えてしまうほどであった。
「…お前は……ボクの最大の力で倒す」
 そう言い放つと、蜘蛛は一旦引き、すぐに体中の力を集める。
「できるか、貴様に?……この私の真の姿を見るがいい!!!」
 もはやこの騎士相手に手加減などしていられない事にようやく気付き、自分の力を解放すると、蜘蛛の体がまた変化した。
 否、それは変化というよりは進化だった。
 蜘蛛の体が大きくなり、巨大な足が生え、先程まで足だった残り七本のそれは、巨大な五本の鎌へと姿を変え、もう二本の足はそのまま手となった。
「どうだ、この俺の真の姿は!!?」
 先程よりもオーラが高まって見え、声もより一層太く、低くなり、常人ならばその醜悪な姿を見ただけで気絶してしまうであろう。
 否、目を合わせられない程に、その蜘蛛のオーラは高まっていた。
「…………ふん」
「!!??」
 しかし、そんなものも、遠野真琴にとってはほんの些細な事。
 その蜘蛛がどれだけの力を持っていようが、彼女の敵ではない。
 それは、それ以上に強い人を知っているから。
「くだらない、体が大きければいいんだ。単純馬鹿っていいよね、そんなくだらない事で喜べるだなんてさ……あはは、ちょっと羨ましいかな」
 そして皮肉を込めた笑みに鋭利な刃物の如き言葉。
 完全に裏の真琴が目覚めた瞬間であった。
「何だと!!?貴様、いくら騎士だからといっても、言って良い事と悪い事が……」
 そして何故か真琴らしくない言葉で言い放つ一言に、痛烈な毒が込められていたのか、蜘蛛だった魔物は怒り出す。
 途端、真琴の姿が消えた。
 右からの横一文字斬り。抜群の瞬発力を誇り、ありったけの力を込めて打ち込んだその剣は、魔物の右腹部を掠める。
「ぐおっ!」
 すんでで避け、バランスを崩したのか、魔物のお腹が揺れる。
「今だ!!」
 魔物は立ち止まって体制を立て直そうとしている。そして自分は今体制は崩れてなどいない。いつでも攻撃に移れる。
 右足で蹴って駆け出し、一直線に魔物の腹部を狙う。
 そして大きく剣を振りかぶったその時、一瞬だけ魔物の口元が緩んだ。


「お腹にあの子の母親がいるんだぞ?それでも切れるか?」


 その言葉がもし一瞬でも聞こえていなければ、彼女はそのままグレートソードで、リンの母親もろとも魔物を切り捨てていたかもしれない。
 しかし彼女はそこで立ち止まってしまった。未だ彼女の中に、非情になりきれない子供の部分がある証拠でもあった。
 しかし時既に遅く、クモの魔物の大きな口にすっぽりと体が入ってしまい、そのまま彼の体内に入ってしまった。
「真琴ちゃ……いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
 絶望した。
 母親だけでなく、友達まで失った少女は力なく項垂れると、そのまま歩んでくるクモから逃げる為に走り出した。
 そしてその大きなクモの魔物の腹の中に入ってしまった真琴。

「迂闊だった……まさかこんな手に引っかかるなんて」
 そう言って辺りを見渡すと、ここが彼の胃袋の中なのだろうか、妙に赤い壁が気持ち悪い位にうねっていて、充分足場が悪かった。
 とても気持ちが悪い。ずっとここにいたら吐き気がしそうだ。
「さっさと切り裂いて出ないと……」
「真琴、ちゃん?」
 とっさに聞こえた、大人の女性の声に驚く真琴。振り返ると、彼女は神に感謝の意を述べて彼女を抱きしめた。
 そう。そこにいたのはリンと同じ顔の大人。彼女の母親であった。
「よかった。リンちゃんが、お母さん食べられちゃったって……」
 友達の母親に抱きつきながら、彼女の目はまたしても、いつも雪弥達に見せている子供な真琴の目に戻っていた。
「そう。あの子、まだ無事かしら?」
 自分の事よりもわが子の心配している所が母親らしいが、今はそんな感動の再会なんて事はしていられない。
 辺りに誰もいない所から、早くここを脱出しなければ、彼女達はここで彼の養分になってしまう危険性があるからだ。
「それじゃこの胃袋を切り裂いて抜け出し……ふぇえ!?」
 言いかけて上を見た瞬間、彼女は驚愕した。
 突然何本もの触手が胃の中に出てきて、彼女を取り巻こうとしていたからだ。
「まずい。このままじゃ……」
 剣で切り裂き、リンの母親を背負って駆け抜けるものの、先程触手を傷つけた事に反応したのか、胃袋が徐々に収縮されていく。
 このままではどの道危ないのは確かであった。
「なりふり構っていられないか……」
 そこで彼女はリンの母親を背負ったまま立ち止まると、胃袋の入り口の辺りを見て大きく剣を振る。
「ふぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!!!」
 勢い良く声を上げ、持っていたグレートソードを、クモの魔物の胃である赤い壁に突きたて、それを貫いた。

「ギャアアアア!!!おのれ、何を……」
 クモの化け物も驚愕していたが、一番驚愕していたのはそれを間近で見ていた少女、リンに他ならない。
 なにしろこれから食べられてしまうという時に、急に魔物の腹から、見た事のある少女の持っていた剣が見えたのだから。
 そしてその剣はクモの腹を抉り、そこに大きな穴を開ける。
 魔物がのたうちまわると、今度はそこから見覚えのある顔が出てきた。
「真琴……ちゃん?」
 銀色の鎧を着て、銀髪ポニーテールの少女、遠野真琴だった。
 それを見たリンは、あまりの絵に驚愕するどころか、彼女が連れているその一人の女性の姿を見て、知らずのうちに笑みが零れていた。
「……お母さん!」
 それはリンの母親だったからだ。
 そして無事クモの魔物の腹から抜け出すと、未だ痛みでのたうちまわっている魔物から離れる二人。
 リンの母親は真琴同様、まだ消化されずに、生き残っていた。彼女は先程命を賭けて守った大事な娘の喜ぶ顔を見ると、自身もそっと笑みを零した。
 そして彼女の母親も、真琴から離れて一直線に駆け抜けると、自分が先ほど命を賭して守り抜いた、この世界で一番愛する娘を、その両手で精一杯抱きしめた。
「お母さん、お母さん!!」
「リン……お母さんよ、リン!!」
 真琴は蜘蛛を無視すると、リンと母親に背を向け、彼女を守る体制になった。
「さぁ、リンちゃん。早くお母さんと一緒に避難して」
「うん……真琴ちゃんは?」
 リンが聞こうとした所で、母親はリンの頭に手を乗せて口を開く。
「リン、真琴ちゃんは騎士なのよ。この町を敵から守らなければいけないの。だからそれの邪魔をしてはいけないのよ」
「でも……でも、真琴ちゃんが死ぬのは嫌だよ……」
 彼女は心配だった。
 蜘蛛のような異様な怪物に、母親を見事に助けてくれた。しかし彼女の頭の中には、まだあの時みたいに、臆病で怖がりの騎士の姿が思い浮かんでくる。
 しかし、真琴は薄っすら笑うと、リンをじっと見て、いつも彼女に見せている、遠野真琴としての笑顔を見せた。
「死なないよ。帰ってきたら、明日一緒に遊ぼう」
「真琴ちゃん……」
「リンちゃんとは、ずっと友達だから」
「……うん」
 それを聞いて、彼女の不安は取り除かれ、笑顔が残った。
 遠野真琴は死なない。自分と親友なのだから。
 あんな怪物に負けるなんてありえない。
 少しだけ大人になった少女騎士を見て、彼女はそう思う事でやっと安心できた。
 母親に手を引かれ、彼女は真琴から遠ざかり、ついには見えなくなった。
 真琴もそれを見送って少し安心する。避難場所には今、近衛騎士団の第二部隊の人達が守っているので、彼女達にこれ以上の危害は恐らくないであろう。
「ぐぉぉ……おのれぇぇぇ……」
「……」
 まだいたのか、という顔で振り返る真琴。
 蜘蛛は傷だらけであるが、まだ立って喋れるくらいの力はあるらしく、息を切らして鎌を振りかざしている。
「これでも……喰らえ!!」
 そう叫んで蜘蛛の魔物は大きく腕を振り上げ、幾重にも鎌を投げ飛ばした。
 避けられない。今避けてしまえば後ろにいるリンと母親に当たってしまう。
 なので、大きくグレートソードを振り上げ、そのまま振り下ろす。
「ふぇえええええええーーーーーーーーー!!!!」
 それだけで、八本ほどあった巨大な鎌は、まるで風向きを変えてしまったかのように、全く関係ないところに飛んでいってしまった。
 途中で他の騎士に絡まっている糸をも切り裂き、体の自由が利くようになった騎士が他の騎士を助けに行っていた。
「なんと……」
 そして今度は真琴の姿が消えると、次に現れたときには蜘蛛の目の前にいて、その大きなグレートソードを蜘蛛の腹部に突き刺していた。
「それぇ!!」
 そして横一線。
 蜘蛛は腹を切り裂かれ大きくのた打ち回った。
「ぐぅ……お、おのれぇ……」
 しかしそれではこの蜘蛛は倒せない。
 いくら真琴が強くても、蜘蛛は完全に致命傷を受けない限り、どのような状態になったとしても戦う事ができるからだ。
 しかし真琴は突如後ろを振り返り、大好きな親友とその母親の姿が完全になくなったのを確認すると、何故かほっとため息をもらしていた。
「これが……貴様の渾身……か?」
 蜘蛛の魔物は不敵な笑みを漏らしたまま、一歩前に出る。
 恐らく、これが遠野真琴の実力の全てと思い込んでいるのであろう。
 これならば自分は、辛くもギリギリで勝てるであろう、と、この死に損ないの魔物は思い込んでいるのであろう。
 すると、真琴は先ほどとは違い、いつも雪弥達に見せている、無邪気で無垢な笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「違うよ!」
「!!?」
 そしてその瞬間、遠野真琴の姿は消え、同時に、蜘蛛の視界も暗転した。

 ――ズガッ、ズガガッ、ズシャッ……グチャリ……

「……最後の最後まで手加減してただけだよ。こんな残酷な姿、リンちゃんにだけには見られたくないからね……」
 剣を振り下ろし、先程まで蜘蛛の魔物だった、ただの肉の塊を見下ろしながら、遠野真琴は捨て台詞を漏らす。
 自分が手加減していたのはリンの母親を助ける為と、彼女にこんな自分の姿を見せて嫌われたくないから。
 しかし決して、自分の嫌いな敵に、それも自分の大切な人の涙を流させた相手に、情けをかけてしまえる程、彼女は大人ではなかった。
 全身に蜘蛛の返り血を浴びた真琴は、顔にまでついたそれをふき取ると、急にエリスが心配になったのか、急いで元来た道に戻っていった。

 それを見ていた他の騎士団員の一人は、後にこう記している。
『遠野真琴には気を付けろ。彼女と戦う際に、彼女の大切な物、人に危害を加えてはならない。その時点で、お前の死が決まってしまうからだ』

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Novel Editor by BS CGI Rental
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