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へっぽこ騎士団の行進曲 作者:リョーランド

第2回   爽やかな朝をぶちこわす!

 新しい朝が来た。
 カーテン越しから日の光が明るく照っており、小鳥の囀りも聞こえてくる。
 気分晴れやかな爽やかな朝が……

 ――ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……
 ――カサカサカサカサ……
 ――ブンブンブン……パサパサパサ……

 ぶちこわしだった。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、うるせえええええ!!!」
 爽快なる朝を、一気にぶち壊しにした、外の音に向かって、起き上がるやいなや、それに勝る位の大音量で怒鳴りつけるのは、青く腰まである長い髪の青年。彼の名を、月代雪弥という。極東から来た若い騎士であった。
 起き上がって頭を掻く雪弥からは想像もつかないが、彼は今から半年前、ここグレンフェルトで、特別騎士の任を貰い、ここ特別隊隊長の任を得た。
 時刻は午前八時。いつもの彼ならば不貞寝をしているのだが、さすがにここまで騒音が続くと、起きざるを得ないような音だった。
 すると今度は廊下でドタドタ音がする。
 ドアが開くと、そこには銀色の長い髪をポニーテールにし、可愛らしいウサギのキグルミをパジャマ代わりにしている少女が入ってきた。
「お兄ちゃん、大変だよ!!」
 肩で息をしている事から、相当急いで走ってきたのだろうか。
 毎度毎度思うのだが、幼女は朝に強いのだろうか。
 そう思った雪弥であったが、以前彼女に幼女と言ってしまい、泣かれながら思い切り殴られた事を思い出す。見かけによらず物凄い怪力なので、殴られた時は生死の境を七日間も彷徨った程だ。
 しかもそれでまた彼女に泣かれる。いい加減勘弁とも思いつつ、彼女を虐めるのが楽しくて仕方ない、鬼畜モードの雪弥なのであった。
「どうしたんだ。こんな朝早くから……って、何時もの事か」
 ふとため息をつき、再度布団に潜りこむ雪也。
 この銀髪の少女、遠野真琴が朝にとてつもなく強い事は既に承知済みであり、外があの雪弥でさえ怒鳴り声を上げる位五月蝿い事からして、恐らく何があったのか、実際に外に出て見に行ったのだろう。
 ちなみに説明だが、この遠野真琴は、今ベッドで寝そべっている月代雪弥の率いる、グレンフェルト騎士団特別隊のメンバーである。お兄ちゃんと呼ばれていたのは別に兄妹だからではなく、ただ単に真琴が勝手に呼んでいるだけである。
 心身共に無邪気でお子様である彼女は、最初こそ「怖がり泣き虫意気地なし」の三拍子揃った駄目駄目な騎士だったのだが、それも雪弥の脅威のスパルタと、偏に友達と彼を守りたいと、彼女の心が強くなったお陰か、今では三人のメンバーの中で、特に郡を抜いて強くなった一人だと言える。
 ただし一度キレルと手に負えない所が偶に傷ではあるが。
 そう言えば「お兄ちゃん」なんて呼ばれるようになったのは何時ごろであろうか。以前は普通に「隊長さん」なんて言ってくれていたのに。
「で、外はどうなってる?」
 布団から少しだけ顔を出し、問いかける雪弥。
 この真琴にとっても、こんな雪弥の寝坊助な部分は承知の上だ。
「お兄ちゃん、そんな悠長な事聞いてる場合じゃないよ!!!」
 布団をひっぺ返して雪也を叩き起こそうとする真琴。なまじ怪力なだけに、気をつけないと雪弥まで吹き飛ばされるのだから手に負えない。
 頭をぽりぽり掻きながらカーテンを開けた瞬間、彼は凍りついた。



「…………………」
「……どう?」
「……夢か、これ?」
「悲しいけど、現実だよ……」



 外を見て雪弥は絶句した。
 宿舎を覆う草原が、突如一面のゴキブリに埋め尽くされていたからであった。
 そして空を見ると、まるで宿舎に集まっているかのように、無数の羽虫が飛び交っており、この現状を見て快適な朝とどの口がほざけようか。
 おまけに、それらは普通のゴキブリや羽虫とは全く違い、まるで突然変異か何かしたのかのような、通常ではまずお目にかかれない大きさにまで成長していた。
 まるで悪夢か何かの続きでも見ているかのようである。
「うわぁ……欝になるな、これ……」
 彼はそんな光景を見て大いにため息をついた。
 気持ちは分からなくもない。いつもの快適爽快なけだるい朝の風景を、突然家を覆う無数のゴキブリや羽虫に、完膚なきまでにぶち壊されたのだから。
 彼の故郷である日本にも虫類はいっぱいいるものの、このような大きさの虫には今までお目に掛かった事がない。
 するとまたドタドタ音がして、今度は二人の少女が雪弥の部屋に入ってきた。
「隊長!!」
「大変ですよ。大きな虫が町を襲って……」
 桃色の長い髪を靡かせるサクラ・フィルメスと、木の葉色の肩までの髪を靡かせるエリス・ノーティス。彼女達もこの特別隊のメンバーである。
「分かってる。しかしあんなでかい虫、グレンフェルトにいたか?」
 雪弥は頭を掻きながら、真琴以外の部下二人に問いかけるが、二人ともこんな状況は生まれて初めてであり、示し合わせたかのように、同時に首を横に振る。
 何を隠そう、このグレンフェルトでこのような大群の虫の魔物と出会った事など、ただの一度たりともなかった。
「何故か知らないけど、行き成り大量発生して……」
「今は騎士団一斉で討伐してるけど、どうしても限界があります。町の方にも幾分か被害が出ていますから……」
 身かわしの服に大地のリングの服装のエリスは、少し困惑気味でありながらも外を見てそう呟く。対してリングメイルに背中にボーガンを背負ったサクラも、同様に外の光景を見ながら、こちらは冷静に物事を分析している。
 すでに二人は真琴とは違い、ちゃんと装備を整えて、いつでも戦闘の準備に入れる体制になっていた。それを見て、真琴は慌てて部屋を出て行く。
 少しドタドタ音がするが、それを黙って待つ三人。
 そして数分後に真琴が戻ってくると、再度雪弥は口を開いた。
「そうか……虫とはいえ、相手は大きいんだろう?」
「うん。だから剣も弓も当たる。倒せない相手じゃない」
 青く長い髪を後ろで纏めただけの雪弥に対して、エリスはそう答えた。
「ですね。軍隊単位で攻め込んでくることを除けば」
 そう言ったサクラの言葉に、雪弥は再度顔が暗くなる。
 本来虫というのは、集団行動が主な活動なのだ。特に蟻とか蜂とかは、集団を組んであちこち移動している為、一匹倒せた所で終わる筈がない。
「ならこちらも各隊単位で防衛するしかないだろう?」
「それで町の方まで被害が出ちゃうんです。蟻の軍隊だって数個あるんですから」
「数個……」
「ふぇぇ……」
 外にいる虫みたいに、巨大な蟻の軍隊が数個隊も町を闊歩している姿。
 それを一瞬でも想像してしまい、そして先程のゴキブリや羽虫の集団の姿を思い出し、再度気が沈む雪弥と真琴。
「サクラ、どう思う?」
 とりあえずサクラの意見を聞こうと問いかける雪弥。
 すると、今もゴキブリや羽虫がウヨウヨしている外を見ながら答える。
「このまま出て行って無闇に戦うより、原因を究明した方がいいと思います。ただ虫が大きくなって大量発生し、たまたまこの国に攻め込んできたとしては、話がムチャクチャすぎます。きっと何らかの原因があると思います」
 彼女の言う事は理に適っている。
 それにしても、本人が一番気持ち悪いと思っている筈なのに、ここ一番で冷静に状況を確認できるのはサクラの、他の三人が見習わなければならない点だ。
 一つ頷くと、今度は身かわしの服を装着しているエリスに問いかける。
「エリス」
「私も同じ。もし誰かが魔法で虫を大きくさせて暴れさせている奴がいるとすれば、それを倒す事が先決だと思う」
 エリスの言葉はサクラと同じだが、話の要点が原因究明というより、犯人逮捕が先、と言っている。本来出たがり族というか、すぐさま前線に出て行ってしまって戦闘不能になってしまっていたあの頃とは違い、そういった出たがり癖はなくなったのだが、いかんせん本来の勝気な性格は直っていないようだ。
「真琴は?」
「ふぇえ……ボクはその……半分半分」
 と、そんな二人と違い、消極的な真琴。
 原因究明が先だ、という訳にはいかなかった。
 彼女とて、今まで雪弥に鍛えられたり、ある程度成長したりしている事から、別に虫に対する恐怖で消極的になっている訳ではない。
「町の方にも被害がでるんでしょ?リンちゃんとか……」
 リンというのは真琴の大好きな友達だ。
 10歳の女の子と友達、と言っている所から、この銀髪ポニーテールの少女が如何に心身ともに子供か、伺える。
 しかしながら、銀のナイトアーマーに身を包み、二十キロもある巨大なグレートソードを所持して戦う姿は、さながら最強の騎士という印象の方が強い。そして腕にも雪弥が買った炎のリングで魔法体制もバッチリだった。
 以前は近衛騎士団第一部隊にスカウトされただけあって、戦闘能力だけはずば抜けて高かったりする。しかしながらこの性格からここに配属されているのだ。
「作戦も大事だけど、友達も大事だよな……普通」
 真琴の言う事も分からなくもない。
 遠野真琴はある程度成長したものの、未だその心は無垢な子供なのだ。
 友達を助けたい、しかし原因解明もしなければならない。
 それで葛藤していたりする。
「う〜ん」
 一応三人の隊長を務める(というより仕方なくやっている)雪弥としては、ここで真琴に無慈悲な命令を出すべきではない事は分かっている。何よりそんな事をしてしまえば却って真琴の戦闘能力が減少してしまう。それだけ彼女は扱い辛いのだ。
 しかしながらここで彼女の言う事だけを聞いてしまっても、それはそれでどうなのだろうかとも思ってしまう。
 もうそろそろ決めないと真琴が泣き出してしまうかもしれないので、早めに決断をしようとしたその矢先に、朗らかな声で彼に話しかけるサクラ。
「そこで一つ、作戦があります」
「ふぇ?」
 すると、サクラが人差し指を立ててにこりと笑う。
 すると、次に口を開いたのはエリスであった。
「まずあたしら三人で町に行って、町を守りながら虫を潰す」
「隊長さんはその間に、黒幕を倒してきてください」
 その言葉に、真琴は再度目を輝かせた。
 雪弥は一緒に行けないものの、自分も町にいって戦える。それはつまり、友達を助ける事ができるかもしれないのだ。サクラ達もそれが分かっているのだろう。振り向いた真琴に軽くウインクをする。
 そして、そんな真琴や二人を見て、雪弥には少し不安がる。
「お前らだけ?いいのか??」
 彼女達はもともと強かったが、それを育てていたのは雪弥だ。
 だからこそ、彼女達がまだ一般の騎士として、まだ少し未熟な所もあるという事を、一応理解している。
 それだけ半年前は酷かったのだ。

 雪弥がまだグレンフェルト騎士でなかった時、森の中でオークの軍団に襲われている彼女達を発見し、その時はあまりの酷さに絶句したものだ。

 まずエリスは魔術師の癖に剣で無理に戦おうとしてしまい、オークの軍団に囲まれてしまって呆気なく戦闘不能になっていた。
 サクラはまだ銀の弓で戦っていたのだが、いかんせん力がなく、消極的な性格も重なって、すぐさま矢を使い果たして立ち往生。
 真琴にいたっては怖くてぐずりだしてしまい、本来守るべき対象であるカレハ姫の後ろに隠れて震えていたりする。
 戦っていたのは当時まだ特別隊隊長であったアリスだけであったのを思い出す。あの時は本当に、彼女を同情したものだ。

 おまけにスライム一匹と戦うだけで怖気づいてしまい、仕舞いには泣き出してしまう彼女達を、どうにかして「へっぽこ騎士団」から卒業させようと奮起して半年。

 この半年間の間に、それ相応には強くなったものの、彼女達にまだ未熟な点がある、という事も否めない。
「お兄ちゃん、ボク達、お兄ちゃんに鍛えられたんだよ?」
「あんな虫になんて負けません」
「そうそう。町の方は任せてよ」
 だというのに、
 彼女達は満面の笑みを彼に向け、揃って大丈夫と口にした。
 その姿を見て、いつかスライム討伐の時の三人とを見比べ、その成長ぶりに、思わず彼の口元も緩くなっていった。
 しばらく俯き、彼女達の顔を見ると、彼もにこりと笑う。

「……だな。絶対黒幕見つけてぶっ潰して、戻ってくる」

 雪弥はそう告げると、己の死神と小太刀を持って、急いで外に出て行った。
 バタン!!
 勢いよく宿舎のドアを開けた瞬間、
 ――カサカサカサカサ……
 無数のゴキブリが、まるで取り囲むかのように、一斉に雪弥を覆い隠し、
 ――ズガガガガガガガガガガガァァァァァァン……
 彼の剣戟によって、悉く吹き飛ばされていった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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