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幸運少女☆笹原麻耶 銀行強盗の不幸な一日 作者:リョーランド

第3回   後編

 そんな訳で冒頭に続く。
 それから一時間が経過し、警察が来て本格的に強盗事件になったようだ。

『犯人に告ぐ。人質を解放して自主しなさい』
「うるせぇ!!さっさと逃走用の車用意しろ!!」

 さっきから五月蝿いなと思っていたら、どうやら強盗組と警察組が交渉をしている。まぁ警察はさっきからお決まりの台詞しか言ってないけどさ。
 因みにちょっとトイレのドアを開けてみてみたら、人質に捕まっている人は老人の男女が二組、子供が三人、行員が男女で三組、主婦らしき女性が二人だ。どれも弱者すぎて、あの中で蜂起でも起こすような人はいないであろう。
 警察が来た理由として、どうやら強盗が拳銃を突きつけている男性――恐らく三十後半くらいの丹精な顔立ちの人――が呼んだのだろう。中々やるではないか。私が上司だったら奴をきっと出世させているわね。
 ちょっとトイレの方に近づいてきてやばい、と思った時もあった。しかし強盗の人達は全員男子であり、人質の女性の目もあって、女子トイレには入らなかったようだ。入ってこられたらやばかったけど。
 それにしても、強盗もたまには週休二日制にして強盗業とか休みなさいよ。というか手前ら都合よく来すぎなのよ。空気読めこの馬鹿。
「……」
 さっきから黙っているのでどうしたのか見てみると、私の親友笹原麻耶は両手を重ねて目を閉じている。いつものお祈りだ。
 神様にでも祈るってか?あんたねぇ、気持ちも分からないでもないわよ。でも神様なんかが一々こんなちっぽけな世界のちっぽけな日本の、これまたちっぽけな一人間なんぞのために働いてくれるなんて事、絶対ないから。絶、対、ないから。
「……どういうお願いしたの?」
 そう聞くと、麻耶は私を見てにっこり笑みを浮かべた。
「うん。あの強盗さんが捕まりますようにって。それと、人質の皆さんと泉ちゃんが助かりますようにって、お願いしたの」
 おいおい、そりゃないぜセニョール。そんなお願い聞いてくれる神様がいたら、是非ともお目に掛かりたいわよ。

 まぁ、しかしだ。
 この後この麻耶の祈ったお願い事は、寸分違わず叶えられる事になる。
 おい神。あんた実は金城なんじゃないの?いつも麻耶の味方ばっかりしてるけど、本当は金城が神様で、いつも麻耶のお願い叶えて幸運を与えているんじゃないの?
 だってこの事がきっかけで、この後とんでもない事が起こるんですもの。

 事の発端はそれから数分後になる。
「きゃっ!」
 とっさに麻耶の口を閉じたお陰で声は聞かれずにすんだが、それにしても驚いた。
 だって何発ものピストルの音が聞こえてきたんだもの。
 あれって確かオートマチックよね。何十発も聞こえてきたけど、弾なくならないかしら。私がなんでこんな知識知っているのかは聞かないでほしいけど。
 あぁ、けどやっぱり銃といったらリボルバーよね。あの無骨な触り具合はオートマじゃ再現できないわね。うんうん。
「おい、人質が逃げたぞ!!」
「何!?」
 あらま。どうやら向こうはとんでもない事態が発生したらしいわ。
「くそぉ、半分も逃げられちまったじゃねえか!!」
 恐らく慌てているであろう強盗の一人の声に、恐らくリーダー格の男の野太い怒鳴り声が聞こえてきた。それにしても半分とは。
 見ると言葉の通り、先程までいた人数の半分が逃げ出し、今は行員の男が三人と男の子が一人。どうやら逃げ遅れたらしい。哀れだ。
「おい、拳銃はどうした?」
「さっき乱発しまくって弾切れだ」
「ちくしょうめ!!」
 そう言って男はナイフを持って男の子に近づこうとしている。
 どうでもいいけど威嚇で弾が切れるってどうなのよ?
 だからオートマティックは止めた方がいいのよ。あれは十発以上弾入るけど、ついつい乱射しちゃうからすぐ弾なくなるのよね。その点リボルバーは……
 この話は後にしよう。それより強盗は、と。
「騒ぐな。まだナイフが残っているだろ?」
「あ、あぁ……そうだな」
 まずいじゃないのよ。子供が怯えて今にも泣きそうじゃない。
 どうしよう。
 誤解されると困るから言わせて貰うが、私だってたかが一介の高校生。
 大きな体の男がナイフを持って子供を脅している場面なんて、怖くてみれたものではない。それも生で見ているのだからなお更だ。
 そんな私はふと隣を見ていると、成る程、奴も少し俯いていた。
 しかしその目は私と違い、決して怯えている目ではなく、どちらかといえば、何か決意したかのような、意志の強い目であった。

「……ごめんね。もう見ていられない」

 麻耶の、普段からは想像できないほど低く落ち着いた声が聞こえ、その瞬間私は目の前からいなくなる麻耶を追いかけて、ついうっかりトイレのドアを開けてしまった。
 強盗達はそれに驚く。そりゃそうよね。行き成り高校生の女の子が二人、銀行のトイレに隠れていたんですもの。ほら一人の目が「さっき女子トイレも見ておけば」とか思っているに違いないわ。
 すると麻耶は、ナイフを持った男と子供の間に入り、強気の目を見せる。普段の麻耶からは絶対見れない目だ。
「この子の代わりに、私が人質になります」
「ちょ、ちょっとぉぉぉ!!」
 この馬鹿。せっかくトイレの窓から逃げようとか思っていたのに〜〜〜〜〜!
 いくらあんたに神の加護があるからってこればっかりは運は使えないでしょ?
「……あぁ。あんたでいいや。来い」
 そう言って男はナイフを持ったまま麻耶に近づくと、あろうことはこの女は後ろの男の子に向かってウインクを一つだし、強盗が首にナイフを突きつけるまで一歩も動かなかったのだ。ここまで来ると度胸あるのか馬鹿なのか。
「お前も来い」
 あぁ。やっぱり?
 よりにもよってリーダー格の男が近づき、私にナイフを突きつける。これって切れたら死ぬわよね。怖いわ……

 と思ったのもつかの間。そしてさすがは幸運少女、といった所か。
 成る程。麻耶のお願いが叶ったって事よねこれ。

「逃走用の車を出してもらおう。こっちはもう駄目だ」
 かなり焦っている強盗の一味。それはそうよね。せっかくの人質は半数になっちゃった上に、行員以外は子供一人。運良く(?)女子高生二人を数に加えられたのは誤算でしょうけど。早いとこ逃走したい気持ちも分からなくない。
 そして強盗集団は銀行の自動ドアを抜けると、外を見て驚愕の色を浮かべた。
 外は所狭しと警察とパトカーがうようよいるし。しかもどこから嗅ぎつけてきたのか、マスコミらしきカメラが所狭しと並んでいるではないか。しかもあれ地元のローカル新聞のカメラよね?仕事してるねぇ。
 まぁ地元ローカルだから今度の新聞は一面に飾れるとして。
 お〜お〜、慌てとる慌てとる。
「ちっ、どこから嗅ぎつけてきたんだ!?」
 うん。それは私も思ったんだけど。きっと偶然なんでしょうね。
「……もうそろそろ降参したら?」
「うるせえ、このナイフが見えないのかよ!!」
 あぁ、きっとこの人達は色々在りすぎて気付いていないのよね。可哀想に。まぁ、こんな奴に同情するほど私は慈悲深くないけど。

 麻耶の怒りを買った事、とくと後悔するがいいわ。

「見えるわよ。刃毀れしていて豆腐も切れないようなナイフならね」
「な、何ぃ!!?」
 凄い。漫画の悪役が主人公の奇策に乗せられて驚いているかのようなリアクションよ。さすがは生で悪役しているだけのことはあるわ。
 掻い摘んで説明するとね。まぁ、あれだ。ナイフが刃毀れしてんの。
 そこ。呆れる気持ちも分かるけど、これが現実なのよ。
 悲しいわね。
「ちくしょー」
 といっても、一応男だから筋力はあるわけで。
 私じゃ振りほどけないんだわ。情けない。
 ついでに麻耶も捕まってるし、こうしているか。
「おい、車を出せ!!」
 そう言って逃走用の車を呼ぼうとする。何よ、ちゃっかり逃走用の車用意してたじゃない。警察に求めるくらいだからないかと思ったわ。
「駄目です」
「どうしてだ!?」
 あぁ、二度ある事は三度あるって言うけど。四度目はさすがにどうかな……
「タイヤがパンクしていて使えません」
「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 うん。とても気持ちのいい嘆き。快感ね。
 いけないいけない。危うく変態に一歩足を踏み入れる所であった。

「さて、私を人質にしたなら……当然覚悟できてるって事よね?」
 慈悲心もここまで。
 なのでこの男の腕を軽く捻って抜け出すと、そのまま投げる。男は力加減か、そのまま吹き飛んでしまった。決して私が怪力だからじゃない。間違えるな。
 ついでに隣の男の股間に蹴りを入れる。何やら呻きながら麻耶を放すと、そのまま前のめりに蹲ってしまった。しっかし普通に蹴っただけなのに、何であんなに痛がるのかしら。全くもって分からないわね。

 さて、車の中にいた男二人は既に警察に捕まり、後は入り口で震えている(ように私には見えた)リーダー格の男だけになった。
「た、助けて……」
 リーダー格の男は私を鬼か悪魔のように見えているのだろうか。きっとお尻の辺りに尖った黒い尻尾でも見えているのかしれない。失礼な。
 ならその通りになってやろうじゃない。フフフ……
「人質にして乱暴働こうとしたからボコボコにした。充分正当防衛になるわね」
「ならねぇよ。警察が見てるだろ!?」

 なら警察の方を振り返ってもう一度尋ねよう。
「な、る、わ、よ、ね!!?」

 ほら、全員無言で冷たい汗を流しながら頷いているわ。
 テレビ局も新聞記者も驚きで見ている。あぁ、あのローカルテレビって今生放送中だったわね。私の顔も世間に映っているかもしれない。
 まぁ、いいけどね。
「こ、この世は正義も慈悲もないのか」
 がっくり肩を落としながら涙ながらに呟くリーダー格の男。
 どうでもいいけど、正義って言葉、あんま使わないでくれる?私そういうチンケな言葉大嫌いだし、なにより強盗がやすやすと使っていい言葉じゃない。
「あったらあんたらとっくの昔に捕まってるから。ってか、銀行強盗プラスでか弱い女の子人質にしているような奴に、正義も慈悲も人権も……ない!!!」
「誰が「か弱い」だぁぁぁぁぁぁ!!」


「……あん?」


「すみません。か弱い女の子を人質にした私目が悪うございました。どうかどうか、命だけは、命だけはお許しを〜〜〜〜〜〜!!!!」
 そうそう。そうやって素直に謝れば私だって悪魔にはならないのよ。
 半ばなりかけたけどね……
「泉ちゃん、大丈夫?」
 すると麻耶が私の隣に来ると、とても心配そうな顔で私を見る。
 まぁ心配する理由は分かるわ。一応これでも私普通の女子高生だし。行き成り数人の男と格闘でもしてたらそりゃ心配されるわ。
「大丈夫よ。じゃあアイス食べに行きましょうか」
「うん」
 そう言ってくれる麻耶の笑みはとても晴れやかだった。

 所変わって後の話になるが……
 結局麻耶が助けた男の子の母親が涙ながらにお礼に来てくれ、そのままその母親と子供と四人でアイスを食べて帰った。
 強盗は全員捕まり、この事はニュースにもなって一面にも載り、そのお陰で今度は私の両親が心配して泣き出す事件もあったが、それは後の話。
 以後この事は『銀行強盗の不幸な一日』として私の記憶の中に留めてある。


 まぁ、つまりあれだ。
 「笹原麻耶を敵に回してはいけない」。そういう教訓だったわけね今日は。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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