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幸運少女☆笹原麻耶 銀行強盗の不幸な一日 作者:リョーランド

第2回   前編

 真昼間の土曜日。

 この日は我が常盤高校では完全週休二日制で、なんと日曜と土曜が二日連続でお休みとなっており、野球部などの運動部に所属していない限りは、学校を休めるのだ。
 しかしながら、日本の全てがそんな毎週毎週土日休みだったなら、もっと早く日本経済は破綻していただろう。それでなくとも危ないのに。
 なので、ここ常盤銀行のような公共団体では、我らが市民の為に、土曜日であっても汗水垂らして働いているのだ。

「とっとと金を出しやがれ!!」
 うるさいな、もう。

 目と鼻と口元以外は顔中隠れる覆面を被っている男が何か叫んでいる。まぁここは女子トイレだから男の野太い声など微かに聞こえるくらいだが。
 しかも個室だ。銀行員が熱心に掃除しているからか、結構綺麗になっている。
 良い心掛けだ。お礼に先程見つけた盗撮カメラは後で警察に届けてやろう。本当に盗撮などに使われている超小型ビデオカメラで、よぉく見ないと分からない所に怪しげに置いてあったのを見つけておいた。
「結構見つけづらい所にあったわね。こんなの撮って何が面白いのかしら?」
 しかし、こんな女のトイレ映像などを見て何が面白いのだろうか。世の中変な奴が多くなったとニュースで言っていたが、とうとうここまで来たか。
 まぁ、あの岸辺君や金城がその手の趣味の持ち主でない事を祈りたい。金城がそんな趣味を持っていたらぶっ殺す。岸辺君がそうだったら、私が責任持って彼の趣味にでも何でも付き合うか、または死ぬ気で矯正させる。そのつもりだ。
 断っておくが私はそう言った知識は皆無であり、あまり良い理解はしていない。相手がどのような趣味を持っても自由だが、このような物は大抵、撮られる側はいい顔しないであろう。何しろ自分のトイレ映像だ。
 つまりこのような物、銀行の女子行員達の安全の為にも、早い所壊してしまった方が良いであろうと私は思う。それかこれを警察に突き出して犯人捕まえるか?

「警察だ、人質を解放しろ!!」
 噂をすれば何とやら。
 待つこと十分、やっと警察が来た。お前らこういう時しか役に立たないんだから、こんな時こそビシっと仕事しろよな。
 とまぁ、言っても無駄だろう言葉を、世の警察の無能共に心の中で浴びせつつ、私は便器に座って腕を組む。別に用を足したい訳ではない。
「どうする?」
「どうしようか?」
 私の言葉に、一緒にトイレの個室にいた親友が首を傾げる。
 私の名誉の為に一応断っておくが、別に私は一人でトイレに行けないような臆病者な訳でもないし、ましてこの親友とそのような関係ではない。「そのような」とはどんなようなんだ、と聞かれても困るが。

 まぁ一連の話を聞いていれば分かるであろう。
 ここ常盤銀行に、強盗が押し寄って来たのだ。


 事の発端はつい最近に遡る。
 私、坂本泉は私立常盤高校に通う一年生である。
 今の時期は、そうね……夏休みが終わってすぐじゃないかしら?恐らくは9月と10月の境目くらい?
 ここで一つ言っておかなければならないが、私は高校一年生であるが、同時に一人暮らしというものを行っている。といっても実際アパートかどこかで暮らしているわけではあるまい。ちゃんと実家が学校の近くにあるのだ。
 では何故一人で暮らしているかというと、これには理由がある。
 ぶっちゃけ私のお父さんもお母さんも、会社の経営者なのだ。因みにお父さんはアパレル会社で、お母さんは今流行のIT企業の社長を務めている。
 といっても前々からそんな金持ち夫婦であったわけではない。
 事の発端は私が麻耶と出会った春、学校から帰って入学式の事を話そうとしたら、行き成りお父さんが先日買った宝くじを見て驚愕の色を浮かべていたのだ。

「ご……五億円……」

 この言葉は、半年経った今でも忘れずに耳にこびりついている。
 それまで普通のアパレル会社の会社員だったお父さんは、なんと先日買った宝くじに見事当選し、巨額の大金を得て、更には何をしたのか、奴は急にそのアパレル会社の代表取締役社長に就任したのである。
 そしてお母さんも、流行のネット株で大当たり。それを機に、娘の私の言葉も聞かず勝手にIT会社などというものを始めてしまったのだ。
 それで一時はどうなるかと思って半年。
 お父さんのアパレル会社は最近の雑誌に引っ張りダコになり、お母さんの買った株はどれもが上昇し、趣味で始めた会社も大当たり。恐らく残り一生分の運全て使い切ってしまったのではないかと思うほどの大フィーバー。
 しかしお父さんもお母さんも、それで調子には乗らない。そこら辺はさすが私のお父さんとお母さんと言うべきか。
 普通ならそれで天狗になってしまわないかと思われた二人の鼻は、未だに庶民並みの長さであり、しかもそれだけ儲けているのにも関わらず、住まいは前から住んでいた一軒家で落ち着いている始末。

 まぁ、いいけどね。

 それで二人とも会社経営に忙しく、ここ半年は家に帰る日の方が少ない。全く、娘の立場からしたら嬉しいのか悲しいのか複雑だわ。
 しかし二人ともそんな年頃の娘をほったらかしてしまうわけにもいかず、たまには帰ってくるのだが、いかんせんどうにもならない時だってある。
 例えば私は学生だ。そして常盤高校では、基本的に学生のアルバイトは一切禁止されている。もしバレたりなどしたら即注意の、お厳しい校則がある。
 だから私はアルバイトをした事がないし、できない。
 そんなお金も稼げない私が、どうして三食キチンと食べていて、どうして日々の学校への学費を払っているのかというと、毎月親が仕送りをしてくれているからである。これこそが唯一私を救う生命線となっているのだ。情けない事に。


 さて、そんな事はさておき。
 私はいつもの様にここ、常盤銀行の自動ドアを開く。ドアがウィーンという音を立てて私を出迎えてくれる。よし、良い心掛けだ。
 入り口から中に入ると、涼しい風が私を包み込み、私の体をクールダウンさせてくれる。
 9月からもうすぐ10月になるのだというのにも関わらず、未だにここ日本では暑さが残っている。因みに今の気温は28度。
 6、7月と比べてそんなに湿度はなく、カラッとした青空であるのだが、いかんせんこのくそ忌々しい暑さは、ただでさえここ最近薫の暴走や金城の馬鹿によってイライラし易くなっている私の心を、余計イライラさせてくれる。今、道端で不良の学生が空き缶をポイ捨てしている所など見かけていたら、すぐさまそいつに殴り掛かっている。
 すると、私の目の前には、いつも見ている茶髪の肩まである髪をリボンで結わいて、銀行内に用意されている椅子に腰掛けている少女が、これまた用意されているTVを見て可愛らしく笑っているではないか。
「麻耶?」
 私が声を掛けると、彼女、笹原麻耶は私を見るや否や、何が嬉しいのかぱぁっと明るい笑みを浮かべているではないか。ちくしょー、とんでもなく可愛い。
「あんたも銀行に用あるの?」
「うん。お小遣いを貯金してるの」
 麻耶によると、毎月貰えるお小遣いの内幾らかをここに貯金しているらしい。
「いくら?」
 興味本位で聞く。
「えっと、一万円くらい?」
 くらい?って……ってか微妙ね。多いのか少ないのか分からないわ。
 そりゃ私の中ではどっちなんだろってハテナマーク浮かべるけど、これは生憎と個人個人の考え方にもよるわね。全く多すぎって言う人もいれば少ないっていう人もいるし。
 けど今の日本の女子高生ならもう少し貰ってるわよ。
「それで、今日は五千円貯金するの」
 ヒマワリのような満面の笑みで答える麻耶。

 ここで一言言っておくが、この少女、笹原麻耶は幸運少女である。
 とまぁ、ちょっと改造人間のバイクに乗ったヒーローみたいな紹介になっちゃったけど。この子はこれまで、様々な幸運を私に見せつけ、本当に人生運だけで勝ち進んできた女なのよ。入学式からずっと友達やってた私が言うんだから間違いないわ。
 その麻耶の幸運の威力は計り知れず。どのような逆行も運で切り抜け、どのような不運も寄せ付けない。実際彼女が不運に泣いた所を見た事など一度としてなかったし。
 但し、どのようなヒーローにも必ず弱点があるというのは、もはやヒーロー特撮の定説みたいになっちゃってるけど、あるのよ麻耶にも。

 それが金運。

 そこ、呆れない。こら、ため息つくな!
 理由なんて私だって知らないわよ。知っている人がいるなら教えてほしいわよ。
 けど事実は事実。笹原麻耶の金運はこれといって良くも悪くもなく普通。まぁ別に悪い訳ではないから一概に弱点とは言い難いけど。
 それでも、麻耶自身にはお金にあまり恵まれていないの。実際家も普通の一軒家だし、両親も会社員と専業主婦だし。お金に困らない割にはあまり恵まれもいない。
 どうやら麻耶自身の「金欲」に関する幸運はあまりないみたいなのだが、それ以外、例えばお菓子やアイスなど、「麻耶が好きな物」に関する幸運はいつもの通り。今日は麻耶と一緒にアイスを買おう。どうせ三つくらい当たりを引くであろうから。
「でも諭吉さんや漱石さんじゃアイスが買えないから、お母さんに小銭に代えてもらってるの」
 ごめん。ここで一つ訂正させて。
 違う。麻耶は恵まれてないなんてこれっぽっちも思っていなかった。
 これで恵まれていると、幸せと思っているのだよそこの諸君!
 目から鱗、とはこの事ね。俗物的に考えてた自分が恥ずかしくなるわ……
「……弱点のないヒーローって人気なくなるわよ」
「はぇ?」
 やはりわかっていなかった。
 まぁ麻耶のお家はそれほど大きくもないけど、普通の中流家庭の一般的な水準を満たしているのだから、こいつがこの性格なら今が一番幸せなのだろう。もしこいつが俗物的な人間だったらもっと大金持ちになってる筈だし。そこら辺は上手く世界ができているというか、一番幸せな人間に限って物欲がないのよね……
 そんな事より、すぐにお金を降ろして麻耶とアイスを食べなければ。
「じゃちょっくらお金卸してくるから。麻耶はもう貯金は終わったの?」
「うん?……あぁ、忘れてたよ〜〜」
 待て、今の今までTV見ていただけか!?
「うぅぅ、さっきのお笑いさんが面白かったから……」
 ますますちょっと待て。面白かったってさっきTVに出ていた人?一応一言言っておくけど、あの人はお笑い芸人じゃなくてアイドル女優だからね。それも去年まではグラビアアイドルとして有名だった人だから。
「はぁ……」
 呆れと笑みを入り混じったため息をうかべて私はお金を卸しにいく。
 すると麻耶は隣でATMにお金を入れているようだ。

「えっと……3……2……」

 ってこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ちょっと待てちょっと待てちょっと待て、待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!

「馬鹿!あんた暗証番号を口で言うな!!」
「ふぇ?」
 あぁぁぁぁぁぁ!!やっぱり分かっていないのだこいつは!
 しかも私まで何頭抱えて蹲っているのだろうか。あぁ、周りの人が変な人を見る目で見てるわ。暑くなったからって理由にしといてくれない?
 それにしても、よく今までボラれなかったな。さすがは幸運少女ね。
「えっと……3……2の……」
 まぁ本人が気にしていないから別にいいけど。
 あ、そうこうしている内に終わったみたい。
「泉ちゃん、ちょっとトイレ」
 そう言って麻耶はすぐさまトイレに行ってしまった。別に私に言わなくても……
 そう考えていたら私もトイレに行きたくなってきたわね。
「……私も行くか」
 誰もいないのにそう呟いて、私は女子トイレの中に入っていった。
 今から考えると、こんな事せずにさっさと外に出ていれば、もしかしたら私だけこんな事件に巻き込まれずにすんだかもしれないのに。
 まぁ、後の祭りって事で。

「手を上げろ!!俺達は強盗だ!!!」

 そう言って目と鼻と口元以外全て隠したマスクを付けた、よくTVで見かける格好の銀行強盗が現れたのは、生憎私がトイレの中に入った後だった。
 そしてその後放たれた一発の銃声が、周囲の空気をガラリと一変させてしまった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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