町はずれに、大きな知られざる地下室がある。 そこは先の戦争で使われた大昔の防空壕で、シェルターと呼ばれていた。いや、実際はもっと長い名前だったのだが、省略されてシェルターと呼ばれているらしい。 その中に、白いふわふわのドレスを着た、茶髪の少女が見える。目は大きくて、今はキョロキョロ動いてオロオロしている。 誰かを捜しているらしい。 「どうかしたの?」 薄い青色の短い髪をしている闘志のセレナが話しかけると、その少女、ジュリアは突然にこやかな笑みになる。 「あっ、ねえねえ、お願いがあるの」 まるで友達にでも話すかのような話し方だが、同世代にそんな言葉を使われた事がないセレナは全く気にしていない。 「あのね、お友達が行方不明なの。だから、一緒に捜してほしくて……」 友達、それはアイリスの事だ。 どうやらジュリアがここに来た時、アイリスがいない事に気がついたのだ。捜そうとしたのだが、二人は実は有力者の娘で、ジュリアは市長の娘。 父親に止められ、困っていたという。 その話を聞いた途端、セレナは顔が青くなった。 隣で聞いていたティセも眉が潜むが、当然だろう。 この魔族の異常発生した街でやっと逃げてきた彼女達。こんな状態の街中にまだ人がいたとしても、それこそ他の無謀な冒険者と同じ様な目にあっているのではないのか、という不安さえある。 「お願い……」 目に涙を溜めて懇願するジュリアに、セレナはまた頭が痛くなった。 ただ一般住人を捜すのなら、片っ端から魔族を倒していきながら捜すので別に構わないのだが、ジュリア本人が行くと言うのだから。 しかも、 「いいですよ。では行きましょう」 ティセまで両手をパンと叩いて了解してしまったのだ。 こうなってしまっては、もはやセレナに拒否権はなかった。 「……わかった。ボクとティセお姉ちゃんから離れないでね」 「うん。ありがとう」 外見も実年齢もティセと変わらないジュリアだが、実際こうして話すと、何故か自分と同年代なのではないか、と思ってしまうセレナ。 ――こうなったらオーガでも魔術師でも来いっての!! 意気込みも新たに、三人はドアを開けて階段を上がっていく。 後ろから「止めろ」とか、「危険だ」という声が聞こえるが、彼女達には関係ない。 セレナはまだ未熟とはいえ、あのファナに鍛えられた歴戦の闘志だ。そんじょそこらの魔族や魔獣なら彼女の敵ではない。 そしてそんなセレナでも勝てなかったバドロフを、ティセはやっつけたのだ。 ファナの新たな手下が誰であろうと、勝てない事はない。 階段を上がっていくと、外から光が差し込み、辺りは焼け焦げた家が所々に見え、噴水は一部が壊されている。 そして三人の目の前には、他のオーガより色が赤いオーガが二匹並んでいる。どうやら中ボス級のオーガらしい。 ティセはそっとにこやかな笑みを浮かべると、小さな拳を作って、赤いオーガの一匹の首を一瞬にして飛ばす。そして反転してもう一匹の横にいくと、そのまま中段の蹴りをオーガの腹部にぶつけ、オーガの体を二つに分けた。 「あはは、力が強すぎましたね」 ジュリアはビックリしているが、恐くはないらしい。 それを見て、内心安堵するセレナ。 「ジュリアちゃん、恐くないの?」 セレナは恐る恐る聞くと、ジュリア本人は満面の笑みで答える。 「私は平気だよ。それより、早くアイリスちゃんを見つけないと」 彼女の存在は希少だろう。普通は恐怖が勝る筈である。 しかしこれでどんな戦い方をしても大丈夫と、安心する二人。何故なら、戦いとなれば多少血生臭い事も、やらなければならないからだ。 「では、取りあえず行きましょう。早くしないと魔族に囲まれてしまいます」 ティセに即され、一行は町の中心地に向かっていった。
町の中心部には、この町の市長の銅像がある。 しかし、今はその銅像の上半身が破壊されていて。その上壊された銅像は何者かによって動かされていて、その中に一つの階段があった。 黒い髪のシィルはそれを見つけると、急いで階段を駆け下りる。 彼女はクラウドから離れ、こうして単独行動を行っていた。理由は簡単だ。
あのファナである。
何の考えなしに町を襲い、人をゴミの様に蹂躙する事はよくしても、それだけなら彼女一人でもできる。こうして何百の魔族を従える必要はない。 彼女はそれだけ強い闘士なのだ。 そんな彼女が、襲って何のメリットも無い町を襲う為に魔族を要するなど、とても考えられない。ともなれば、理由は決まっている。 そしてこの市長の銅像の下にある階段。 何かあるのは絶対だ。 シィルは暗い階段を、一つ一つゆっくりと下りていく。 よく見えないが、落書きめいた物がある。絵から言って、先人が描いた物だとは考えられず、どうやら子供が描いた物のようだ。 そして持っている長い棒を持って念じる。すると一瞬でその棒は形状を変え、まるで銃火器か銃剣みたいな形になっていった。 それを両手で持ち、すぐにでも撃てる状態にする。 この像が壊されていて、何者かに動かされていたのだ。魔族にしろ人間にしろ、誰かがこの下にいるというのは間違いない。 どうかそれが、捜している自分の友人であるように、シィルは祈った。 そして突然、 「誰?」 一人の少女の声がして、シィルの顔が緩む。 そして少女が姿を現すと、驚きの声を上げた。 「シィル??どうしてここに……」 てっきりあの人と一緒に行ったのかと、と呟く、金髪の少女アイリス。 「ここに来たのは偶然。私はクラウドと別行動になったの」 自分の武器、聖典ロンギヌスを降ろすシィル。 しかし、次の瞬間、 アイリスの顔色が変わる。恐怖の色だ。 「逃げて、シィル!!」 「!!?」 アイリスにタックルされ、後ろに倒れた次の瞬間、 シュン! 何かがシィルの前髪を切り裂いた。 「!!?」 そして両手で踏ん張り、なんとか背中からの直撃を避けたシィル。そして立ち上がって後ろを振り返ると、そこにはローブに身を包んだ、魔術師がいた。 「アハハ、よもや俺の魔法を躱すとはな。さすがは聖典所持者」 「魔術師が…どうしてファナなんかに……」 ローブの魔術師はどうやら男らしい。浅黒いローブから長い腕が現れ、その手から巨大な光の弾が現れる。 「!!?」 ――まずい。 シィルのその判断は、まさに本能によるものだったのかもしれない。 次の瞬間、彼女はアイリスを抱え、長い階段を飛び降り、一気に下まで着地したのだ。 そしてその次の瞬間、巨大な光のレーザーが後ろの壁に激突し、巨大な爆発音や土煙はしつつも、よほど頑強な壁らしく、穴が開かない。 いや、この壁は特別頑強な訳ではない。 「さすがだ。これはディスペルで作った壁ではないか」 クスクス笑いながらそう呟く魔術師。 ふとシィルが見ると、アイリスが何かを探している様子で、四つんばいになって辺りをキョロキョロ見渡していた。 「ない。ペンダントがない」 「!!?」 今のシィルには八方塞だろう。 目の前には魔術師が、そして後ろには壁が。そして今自分は後ろの少女を守りながら、戦うか逃げるかしなければならない。 そんな守られる側のアイリスは何かを探しているらしく、見つかるまでは逃げるという案を呑んではくれないだろう。 シィルの顔から冷たい汗が垂れる。 「どうする、聖典ロンギヌス所持者よ」 魔術師の男は少しずつ近づいてくる。 別に遠くからでもシィルを撃てる事は可能なのにも関わらず、余裕の表れなのか、徐々に階段を降りていく。 「あれ、どこに……」 ――あれがないと……あれが…… それはアイリスにとって、命よりも大事な物。 そうでなければ、こんな魔族がいっぱいいる街中を走り、もしかしたらファナに見つかるかも、という危険性を顧みない訳がない。 其れほどまでに、大事な物だったのだ。 「……」 だが、どんな大事な物よりも、命には変えられない。 そう思ったシィルは目を細めると、強く念じる。 すると次の瞬間、ロンギヌスと呼ばれる銃剣の切っ先から、先程の魔術師の光とは比べ物にならないくらいの巨大な光が現れる。 「ふっ、我が光の魔術と力比べか?」 魔術師は嘲笑う。 彼は今まで自分より強い魔術師と出会った事がなかった反面、こうして自分と力比べをして、打ち勝ってきた方が多かった。 だからこの勝負も、自分が勝つと、そう確信していた。 「……アイリスは友達」 「……え?」
「だから、死なせない」 シィルはそれだけ呟くと、 魔術師に向かって走り出した。 「…は、ハハ、莫迦か貴様は!!魔術師は魔術師らしく、遠距離から……」 彼がシィルを嘲笑ったのは、彼女が自分と同じく、遠距離から光の魔法を放つとばかり思っていたからだった。 だから、シィルが突然走り出し、近距離攻撃を仕掛けるのを見て、心底彼女を哀れみ、同時に嘲笑ったのだ。 彼女が、何を企んでいるのが知らずに。 「魔法を……放…つ……?」 魔術師が疑問に気がついたのは、彼女が五メートルの間合いにまで来た時である。 彼は、彼女が魔法を放つのと同時に、自分の魔法を放とうと思っていたのだ。 しかし彼女がここまで近づいた事によって、彼の脳裏から、一つの疑問が浮かぶ。 彼女は、近距離から撃つのでは、という事。 「まさか、貴様……」 魔術師の顔が歪み、冷たい汗が浮かぶ。 そして急いで左手を翳す。 狙いはシィルの頭。こうなったら力比べなどせず、先手必勝あるのみ。 しかし、一瞬の差だった。 一足一刀の間合い。 そこでついにロンギヌスの銃口を魔術師に向け、シィルの鋭い眼光が魔術師を射殺すかのように突き刺さる。 ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン………… 「莫迦……な……」 壮絶な光に包まれ、魔術師の最後の言葉が聞こえた直後、巻き添えを喰らった周りの壁が爆発する。 どうやら階段まで地下室のような壁にはなっていないようだった。 「まずい。くずれる……」 シィルは急いで階段を降り、アイリスの手を掴む。 「急ごう。早くしないと崩れる」 「……」 アイリスは無言だった。しかし抵抗はしていない。 しかしその表情は、まるでこの世の終わりをその目で見たかのようだった。 「……」
――私も甘い……
シィルはそう思って少し笑うと、その手を離して後ろを振り向いた。 そして階段は崩れ落ち、辺りは闇に包まれた。
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