暗く、寂しい夜が明け、草原に佇んでいるのは一人の少女。 歳はクラウドより二つ上か。金髪の髪を肩まで垂らし、少し釣りあがった目からは白銀の瞳に、氷はたまた刃物のような、鋭い眼光を放っていた。 黄色いアーミールックに身を包み、その手にはクラウドやセレナと同じように、金色のオープンフィンガーグローブが填められている。 「バドロフめ…まさかしくじったか……」 自分の部下を思い、苦虫を噛み潰したような顔になる少女、ファナ。 その声はとても透き通っていて、さながら氷のようであった。 「役に立たないロリコンめ…奴には地獄が似合う……」 すると彼女は自分を慕う数少ない部下に罵詈雑言を吐きつつ、草原を歩き出す。 ふと小さな町が見えてきた。彼女が今日襲うと決めた宿だ。 「まぁいい…おそらくクラウドか、魔姫の力であろう」 そう言って彼女が目を閉じた瞬間、彼女の周りの大気の温度が、急激に下がる。 いつの間にか、彼女の周りだけ、絶対零度の極寒地帯に変った。 そこには生命の躍動も無ければ、暖かいという概念すらない。 「さぁ、行くぞ…」 ファナはそれだけ言うと、右手を軽く上げる。 それだけで、彼女の後ろに潜んでいた、二百の魔族が、一斉にその歩みを進めた。
「この気温の変化は…」 「ファナが来る」 その気の変化にいち早く気がついたのはクラウド、そしてシィルであった。 するとすぐに廊下を何者かが駆ける音が聞こえる。 そしてドアがけたたましく開かれると、金髪のアイリスと茶髪のジュリアの二人が、クラウドとシィルの寝ている部屋に入ってきた。 「大変です。ファナが来ました」 「どうしよう。どうしよ〜〜〜」 二人は相当焦っている。当然だ。 何しろファナは目的の為なら手段を選ばない。 明後日に来る、といってきたなら、絶対明日か明々後日に来る。 それを、クラウドとシィルは経験から覚えていた。 「あいつ、何一つ変ってねえな……」 「急いで住民を避難させよう」 「当然ね。ジュリア、住民を避難させて」 「オッケー!!」 アイリスに言われると、ジュリアはすぐに廊下を駆け出し、途中で転ぶというお約束はあったものの、外に出て行った。 「私はここに残っている人達に勧告しないと」 「うん。ファナは魔族を使ってくるよ。必ず」 シィルがそう言った瞬間、 ズガァァァァァァァァァァァァァァァン…… 突如物凄い爆発音が鳴り響き、ジュリアの鼓膜が警告を起こす。 「ちっ、やけに早い」 軽く舌打ちしてクラウドが駆け出し、部屋を出て行った。 「シィルさん、クラウドさんを追わないと」 「うん」 シィルはそう言うと、すぐに部屋を出て行って、クラウドの後を追った。 後に残ったのは、金髪の少女、アイリスである。 「……あれがない。探さないと」 ふと彼女は呟き、 一人残った屋敷を出て行った。
宿屋を出ると、彼女達はあまりの状況に顔色が青くなってしまった。 何人もの冒険者が魔族によって殺され、町の住人は一人もいない。
――そういえば、宿屋の主人がなにやらブツブツ言いながら「悪く思わないでくれよ、冒険者」とかなんとか言っていたような……
そんな事を冷静に思いつつ、少女、セレナは驚きでしばらく口が開けなかったが、すぐに持ち直すと、すぐさま後ろにいる魔物と対峙する。 瞬間、彼女の右腕から水が現れ、腕に巻きつく。 「ハイドカッター!」 拳を突き出し叫ぶセレナ。 すると突然、彼女の腕に巻きついていた水が、突如カッター状になり、物凄い勢いで魔族の一匹を切り裂く。魔族はそれだけで絶命した。 「くっ、いくらなんでも数が多すぎる」 セレナは魔族を一匹倒して落ち着いたのか、少し冷静になってきている。 宿に戻ると、誰かが階段から降りてくる音が聞こえる。しかし彼女以外にまだ宿に残っている人といったら一人しかいない。 「ティセお姉ちゃん、大変だよ」 「わかっていますよ。外に魔族がいっぱいいるんですね?」 ティセはこんな状況にも拘らず、まるで天使の様な笑みを浮かべていた。 「お姉ちゃんは早く逃げて。もしかしたらクラウドさんも既に逃げ切れている筈」 セレナは落ち着いてそう告げる。 しかしティセはそう言われると、かがんで彼女の顔をじっと見た後、人差し指をセレナの唇にくっ付け、にこにこ笑っていた。 「大丈夫です。クラウドさんは私なんかより強いですから。きっとファナさんを倒して、町を救ってくれますよ」 「どうして?」 「え?」 俯いて問いかけるセレナに、ティセはきょとんとしてしまった。 「どうしてそんな事信じられるの?お姉ちゃんは人が良すぎだよ。クラウドさんだって人間なんだ。きっと逃げてる。ファナ様になんて、絶対勝てないよ」 そこでティセは、あぁ、と納得した。 セレナはファナの元で育てられた、戦闘の道具である。 ならばファナがどれだけ恐ろしい相手なのか、彼女にも理解できている。 しかしティセもまた理解している。 ファナの恐ろしさも、そんなファナを倒せるのがクラウドだけなのだという事も。 「私は、クラウドさんを信じていますから……」 それは、何の根拠もない、ただの言葉。 しかし、それは彼女が言うと、それだけで何億の説得よりも説得力があった。 「……」 暫く迷った挙句、ふと一つ大きな溜息をつくと、もはや仕方ないとばかりに首を縦に振って降参するセレナ。 「じゃあ、取りあえずここの魔族を一通り掃除しよう」 「それが良いですね。そうしているうちにクラウドさんが見つかるかもしれませんし」 薄い茶色の髪のティセはそう呟くと、嬉々として外に出て行った。 そしてふとオーガと目が合うと、 「さて、あなたから殺していきますか……」 そっと手を握り、オーガ目掛けて力いっぱい振り上げる。 ただのオーガが魔王の姫などに敵う筈もなく、そのオーガはあっという間に振り下ろされたティセの拳によって頭を失ってしまった。
初めは、なんて美しい女性なんだと、心底思っていた。 彼女はまるでどこかの国のお姫様のような容姿をし、まるでガラスのように透き通った声に白銀の瞳。彼も最初、彼女がまさか氷の貴公子と呼ばれる、あの凶悪で残忍なファナだとは知らなかった。 「ここにいれば来ると思っていたぞ」 「久しぶりだな、ファナ」 半年の月日を得て、またも対峙する二人の闘士。 一人は自分の周りを炎で包むクラウド。拳にも炎が燃え盛っており、鋭い眼光はファナに向かって放たれていた。 「この町を襲ってどうするつもりだ?」 「ふん。貴様には関係ない事だ」 そんな眼光など屁でもない、とでも言うかのように、不敵な笑みで睨みつけるファナ。彼女の周りにも絶対零度のオーラが漂っていて、彼女の周りの空間だけが、何故か凍りに包まれている。 「それで、何の用だ?事と次第によってはただじゃ…」 「前回の戦いで分かっただろクラウド、俺には勝てないと?」 不敵にクラウドを、とても綺麗な声で嘲笑するファナ。それによって彼の周りにある炎が急激にその温度を増していく。近づくものは皆灰になる、さながら怒りの炎だ。 「炎は氷には勝てない。何度言ったら分かる?」 「その方式、根底から覆してやるぜ、こんの…性悪女!!」 やけに女という単語を強調したが、クラウドは知っている。 以前にもファナがこういう風に女扱いされて、物凄い怒りを露にしていた事を。 そして性悪はともかく、女と呼ばれて激怒したのか、突如ファナの目が細くなり、彼女の周りを囲んでいる白銀のオーラが先程よりも増していた。 「へっ、性悪女は引っ込んでろ!この暴力女!」 クラウドは他の女性が聞いていたら人権侵害で訴えられそうな言葉を次々と連発しているが、ファナは暴力とか性悪と呼ばれても怒りはしない。 むしろ余裕の笑みで返してきて、全く効果なしだ。 しかし、ファナに決定的な精神的ダメージを負わせる方法が一つある。
それは、彼女に向かって女、と呼ぶ事。
「クラウド、貴様はただでは殺さない」 こめかみにムカつきマークをつけ、かなり歪んだ怒り顔を作りながら、ファナは右手を天高く掲げる。 瞬間、先程まで彼女の全体を囲っていたオーラが、全て左手に集中したのだ。 「来るか」 不敵な笑みを返しながら、クラウドも自分の炎の全てを右手に集中させ、中腰の構えに入る。 そして両者の炎と氷が臨界点にまで達した、その時、
「燃え盛る炎の鉄槌(バニシング・ハンマー)!!」 「銀に輝く死の吹雪(シャイニング・ブリザード)!!」
クラウドの放つ、物凄い勢いと共に燃え盛る炎と、ファナの放つ、銀色に輝く吹雪が相撃ち、戦いの幕は開いた。
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