「い、今洋館から声がしたけど?」 身長およそ九、十歳並の少女、セレナはその洋館を見ると、少しおどおどした目でティセを見上げて問いかける。 「変ですね。今知っている方の声が…気の責ですか?」 首を傾げるティセ。しかしどう考えてもわからないものはわからないと彼女はすぐに忘れてまた歩き出す。 「それより、もう夜になっちゃうけど、どうしよう……」 「あはは。ではそこの宿で寝ちゃいましょう」 ティセはそういうと、近くにある宿、軽い民宿みたいな家、に入っていく。 しかしセレナはそれを追いかけようとはず、わざと先に行かせるようにその場に踏みとどまると、ティセがいないのを確認して、そっと溜息をつく。 「これじゃまるでボクが……卑怯者じゃないか……」 顔を大きく歪ませて嘆くセレナ。 先程のおどおどした雰囲気はどこへやら、いつのまにかティセと変わらない、歳相応の表情になってきている。
すると、どこからか声がしてきた。 『何をしている、早く殺さぬか』
ビクッとしたセレナは背筋をピンと伸ばすと、わざと路地裏に隠れ、横の壁から自分の影に向かって話を始める。 影はすると突然大きくなり、クラウドよりも二周り大きな男の姿になっていった。 「けど、彼女に危険性は全くない。何も殺さなくても…」 『馬鹿者!貴様それでも聖闘士か?』 男の罵声によって、彼女は俯きだした。 彼女だって本当はティセを殺したくない。 しかしそんな彼女の願いを男は罵声で足蹴する。 『俺達は英雄なんだぞ。あいつみたいな魔族の責で、何百もの俺達の仲間が殺されたと思っているんだ?今殺さなければ、奴らは浮かばれない』 「……けど」 『やかましい!いいからとっととやれ!!』 男は一通り罵声を浴びせ終わると、一つ呼吸を置いてから、わざと意地の悪そうに話し出した。 『お前の母親を、誰が預かっていると思ってるんだ?』 「!!?」 その瞬間、少女の顔色が急に変わり、さっきまでの情けない顔はどこへやら。そこには聖闘士としてのセレナの顔が映りだした。 『ほぉ…少しはやる気になったようだな。あの魔姫さえ殺せば、お前はすぐに世紀の英雄になれるのだ。ヘラクレスだろうが劉備玄徳だろうが屁でもない。魔姫殺しのセレナとして名を挙げられる。お前の母親も喜ぶだろうよ』 男の形をした影はそう言うと、誰か来た事を察したのか、急に元の影の形を取り戻し、影は再びセレナの元に戻っていった。 『ほら、とっとと行け』 「……うん」 セレナは暗い顔でそう言うと、すぐにティセが既に入っている宿の中へと入って行く。 決心が変らないうちに、決着を着けなければ。
――全て終わったら、どこか遠くに行こう…お母さん…… 少女は囚われの母を思いながら、路地裏を後にした。
薄暗い館には、二人の人間しかいなかった。 一人は顔が見えないが、椅子に座ってワインを飲んでいる。 そしてもう一人は直立不動のまま、その一人を見ていた。 「そうか。そう言ったか」 「はい。後は二人……聖典の持ち主は私が…」 「だな。あの男は俺が始末する」 透き通るような綺麗な声でそう言う一人の人間。 そして、すぐにそんな綺麗な声から、とても綺麗な嘲笑が聞こえた。 「それにしてもバドロフ。お前も悪だな」 「何が、です?」 そしてバドロフという男が聞くと、その声の主はまたも、透き通るまでの美しい美声から人を嘲るような笑みが零れた。 「まぁ、良い。明後日、と言っていたが、変更だ。奴らがいるのだったら、明日にでも作戦は決行しよう。魔族軍の準備は?」 「すでに手配しております。すぐにでも出れますが?」 ふと問いかけるバドロフ。すぐにでも戦いたいらしい。 茶髪をオールバックにし、二メートルの体にまるでゴリラのような肉体。 その体からは異常なまでの闘争心が燃え上がっていた。 「よし。なら明日の正午。奴らを……魔姫とクラウドを殺す」 「はっ。ですがその前に」 すると綺麗な声の主は立ち上がり、バドロフに向かって片手を突き出す。 「分かっている。セレナの口を、封じに行くのだな?」 バドロフはその言葉に一つ笑みを返すと、すぐに踵を返し、重たいダイヤモンドの扉を開け、部屋から出て行った。 「所詮魔族だな……下賤な男め…」 声の主はワインをテーブルに置くと、窓に向かって歩いていき、窓ガラスに右の手をやって自分の敵の事を思い出す。 そして月の明かりに照らされ、その透き通る白い肌に銀色の長い髪を翻すと、トレードマークである金色の髪をそっと左の手の指でなぞる。
「見ていろクラウド……この俺、氷の貴公子ファナが貴様らに鉄槌を加えよう……」 窓から外を見詰め、薄く笑う一人の少女は、ふとそう呟いた。
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