夕闇が大地を襲い、大半の住民が町に戻ると、そこで皆、所々で宴会を始めていた。 無論、アイリス邸でも、それはある。 しかし他の住民との決定的な違いは、その豪華さだ。
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ!!!!!!!」 「がつがつがつがつがつがつがつ!!!!!!!」
「「「…………………………………………」」」
あまりの凄さに、他の四人はデフォルメの汗を垂らして呆れていた。 「すごいねぇ……」 「あはは、純粋に感動してるの、ジュリアさんだけですね」 「クラウドに新たなライバル出現」 「その前に、闘士って皆こうなの?」 口々に二人に対しての感想を述べる四人。 部屋は先日クラウドとシィルが呼ばれたリビングよりも広い、アイリスやジュリアはパーティールームと呼んでいる部屋だ。 天井はリビングよりも豪華なシャンデリア。テーブルはガラスで、ソファーも最高級の皮を使っており、この部屋だけで数千万は掛かっているだろう。 そんなテーブルに、豪華な更に盛られた、一流シェフに作らせた、この国の最高級の料理が山盛りにされていて、この街の議長と市長の娘であるアイリスとジュリアがどれほど凄い人物なのかを物語っている。 しかしそんな山盛りの料理は、出てから数分後、二人の闘士によって、今は半分が彼らの胃袋に収まっている。 一人はクラウドで、もう一人はセレナだ。 ガシッ 「……肉は太るぜ」 「……レディーファーストだよ」 それぞれが一つの肉で目から花火を飛ばしており、両者の闘気が辺りを包む。 「うわぁ、クラウドさんもご飯の前では信念も形無しですね」 「うん。女の子に太るなんて、いつものクラウドなら言わない」 「ふ〜ん。食べ物の魔力って恐いね」 三人が傍観していると、二人が急に立ち上がり、構える。
「ウェルダンにしてやるよ」 「冷たい水で頭冷やしたら?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
両者の闘気が最高潮まで上がったその時であった。 「家壊したら弁償だからね」 という一言で収まった。 両者席につく。 「残念だが、ファナ以外の女は殴れない」 「ティセお姉ちゃん悲しませるからいいや」 其々が言い訳を呟いてフォークとナイフを持った瞬間、 ――それよりも飯だ!!! 二人の心の声はほぼ同時。 一斉に料理を掴んで口に運ぶセレナとクラウドを遠くで見ていて、闘士でない四人はそんな光景に呆れ果てて溜息をついている。 この町で大食い決定戦なんてやっていたら、一夜で町の経済が没落する所であった。 「……クラウド、大人気ない」 「けど、皆無事でよかった」 ジュリアが呟くと、大きく頷いた後、ペンダントを見て薄っすらと笑みを浮かべているアイリスを横で見るシィル。 「それ、そんなに大事な物なの?」 シィルが呟くが、アイリスはぼぉっとしていて聞こえていないようだ。 すると、急にジュリアがアイリスのペンダントを見る。 「あぁ、これって私があげたペンダントだ!!」 「え?」 ジュリアが近づいていた事に気づいていなかったのか、シィルと同時に驚いてぎょっと後ろに下がるアイリス。 「そうなのですか?」 「うん。幼少の時に、私がそのペンダント、アイリスちゃんがこのペンダントをそれぞれ交換したの。20になったらまた交換しようって」 そう言ってジュリアは笑顔で、その時アイリスから貰った、純白の、まるで天使の羽根の様な形のペンダントをいじる。普段は服の中に隠しているらしい。 「えぇ。友情の証に、ね」 だからあんなに懸命に探していた。 だからあれが見つけられなかった時、アイリスはあんなにも悲しそうな顔をしていた。 「だったら、とても大切」 「そうね……失くしたらって思って、もしもの為に地下室に置いていたの」 「あぁ、あそこ二人の秘密基地だもんね」 そう言われて頷くアイリス。 子供の時、元々は有力者の非難シェルターだったあの地下室を見つけ、二人だけの秘密の基地にしていたのだ。 だからあの落書きも、その二人が子供の時に描いた物で納得できる。 ジュリアはそう言うと、服の中に隠していた、白いペンダントを手に持つ。 「アイリスさんのペンダントは黒いんですね」 ティセが近づいて、アイリスのペンダントを見る。まるでシィルの髪の色みたいに、黒くて光沢を放っている。 「えぇ。本当にあってよかった……」 そう呟くと、突然そっぽを向くアイリス。 ジュリアが何かに気づいたのか、そっと彼女に近づくと、両手でそっと抱きしめてアイリスの頭を撫でる。 すると、徐々にアイリスの肩が振るえ、嗚咽が聞こえる。 「よかったね。アイリスちゃん」 「えぇ……ほんと…に……」 ジュリアの胸に抱かれ、泣き出すアイリス。 その姿を遠くで見ていて、ほっと溜息をつくクラウド。 「とりあえずは、よかった」 「本当、お人好しだよ」 突然隣から言われ、彼はセレナの方に顔を向ける。 「何で?」 「たまたま盗賊に襲われてる二人に出会ったからって助けて、ティセさん探すまで町まで護衛して、この町を守る為に、よりにもよってファナ様なんかと……」 セレナはファナがどれほど強いのか見てきている。 そしてファナと戦い、死んでいった者を見てきていた。 だから、クラウドのように、ファナと戦って逃げ延びた者も、今日みたいに戦って勝ってしまった者も、見るのは初めてであった。 「ティセお姉ちゃんもお人好しだけど、クラウドも凄くお人好し」 「そうか?普通だと思ったけどな」 それを聞き、はぁっと溜息をつくセレナ。 ――それがお人好しなんだよ……
夜、ベッドに眠っているのはセレナであった。 部屋は三つしかなく、クラウドとシィルは当然一緒の部屋になり、アイリスも今日はジュリアが一緒に寝たいとだだをこねたので、一緒になる事になった。 そんな訳で、二日目のティセと一緒の部屋になったセレナ。 内心嬉しくてたまらない。 だいたいクラウドとシィルだって、今頃上の部屋でよろしくやっているだろう。 シィルの力は魔力や闘気と同じ、異性の体液や血によって量を上げるのだが、シィルの場合、許容量とかはなく、量そのものが増えるのだ。 しかし、セレナの時とは違い、彼女にはクラウドしかいない。だからよほどクラウドが頑張らないといけないので、セレナは両手を合わせて黙祷する。 「お姉ちゃん……」 「はい?」 寝巻きに着替えたティセが振り返る。茶髪のウェーブがゆるやかな波を作っており、その笑みは先程の戦いで見せた邪悪な笑みではなく、少女のような、それでいて天使のような笑みを見せると、セレナはほっと胸を撫で下ろした。 「有難う」 「何言ってるんですか、今更」 クスクスと笑っているが、そこに以前見せた邪悪な感じは今はなかった。 「だって、ボクを救ってくれた」 「違います」 するとセレナに近づき、彼女の鼻を指で押す。 「あなたが、私達を助けてくれたんですよ」 「お姉ちゃん?」 するとにっこりと可愛らしい笑みを作って、軽く頭を撫でる。
「ヒーローは、一人じゃありませんよ」
その言葉は、この少女にとってとても重かった。 彼女はいつも一人で戦い、一人で傷つき、一人で穢れて、一人で泣いていた。 けど、もうそんな事はしなくていい。 戦いならクラウドと一緒に戦えばいい。傷ついたらシィルに治してもらえばいい。穢れたらティセの笑みが全ての穢れを浄化してくれる。 だから、もう泣く必要なんてない。 「……うん」 極上の笑みを浮かべ、セレナは久しぶりに少女の笑顔を見せた。
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