そこは以前、門があった。しかし今はなくなっている。 そこはさっきまで、たくさんの魔族がいた。しかし今は一匹すら見えない。 そこはさっきまで町並みがあった。しかし今は瓦礫と化している。
「はぁ…はぁ…はぁ…」 「はぁ…はぁ…はぁ…」
息が絶え絶えになり、それでもなんとか気力だけで立ち上がる二人の闘士。 一人は肩まで掛かった金髪に、透き通るような青い瞳と整った氷の様な容姿。そして黄色い軍服に身を包むファナ。 そしてもう一人は黒いボサボサの髪に、赤茶色のベストに青いシャツとツータックパンツ、そして赤いナックルグローブのクラウド。 二人の姿は既にボロボロ状態。二人の周りの大地など、凍っていたり解けて水になっていたり、または燃えていたりと、気温の変化がおかしくなっている。 どれほどの激戦だったのかは想像に難くない。 「成る程、中々にやるな」 「てめえこそ、もう終わりか?」 クラウドは鼻で笑うが、それが痩せ我慢だという事は一目瞭然だ。 彼がここで、ほぼ全ての闘気を使い果たしてしまった。 対してファナには微々たる物ではあるが、まだ若干闘気が残っている。 所詮彼女と自分では、経験の差から、闘気の許容量が違うのだ。 ファナが5の力を出せば、クラウドが8の力を出してやっと互角。 しかも元々の許容量まで違う。 彼女の弱点は強くなった彼を知らず、完全に勝利できると彼を過小評価し、甘く見ていたこと。それ以外は完全に彼を上回っている。 当たり前だ。ファナは才能がある上に、幼少から隣の国の軍で訓練を受けてきた天才中の天才。それに対し、自分は何の才能も無い上に、バージニアの闘士の称号を貰ったのが、つい一年前だったのだから。 しかもファナと戦ってときは、まだ闘士ですらなかったのだ。 彼女と戦う事はクラウドにとって、いわゆる一生の生活を賭けた博打であった。 「ふん。こちらはまだ力が有り余っている。お前こそ、もはやもう炎を出せる力がないのではあるまいな?」 痛い所を突かれて舌打ちをするが、すぐに不敵な笑みを浮かべるクラウド。 彼にはこうして強がりを言い、虚勢を張る事しかできないのが現状だった。 「けっ、今までは三分の一の力しか出してねえぜ!」 そんな強がりを言うクラウドに対し、ファナもまた、今の彼程力を消費していないものの、先程の激戦で全身の筋肉、骨が悲鳴を挙げていた、 その証拠に、両者とも肩で息をしていて、汗の量が多かった。 違いと言えば、二人の力の許容量だ。 「ぐ…ちくしょう……」 とうとう膝から崩れ落ち、苦い顔をするクラウド。 それを見たファナも、彼と同じくらい疲労しているのだが、彼を嘲笑う。 「アハハハ、やはりお前は弱い」 「くそっ……」 なんとか気力で立ち上がろうとするが、全身が悲鳴を挙げていて、彼にはそんな力など残されていなかった。 しかし、手が無いわけではない。 それは、今のクラウドの闘気の許容量で、ギリギリ発動できるかできないかの、とても強力な力。 彼は残されていた力でなんとか立ち上がると、構える。 「まだ分からないのか?お前がどうあがこうが、俺には勝てないのだ。俺の理想の邪魔は到底できないんだよ!!」 「理想、だぁ?こんな事がお前の理想なのかよ」 平然とそんな事を言ってしまえているファナを、キッと睨みつけるクラウド。 「当然だ。小事を気にしていたら大事は行えない。俺の理想を実現させる為には、神を倒す程の力がいるのだ。その為には、多少の犠牲が必要不可欠だろ」 かつてファナに言われた事がある。 1を捨てて9を守れるのなら、その者は正義の味方なのだと。 それはクラウドも正しいと思った。だから彼がいつかの自分の師のように、10を守る為に己を犠牲にしている人を見て、初め彼女に反論していた。 しかし結局彼女に闘術を教わり、火炎の闘気を得る事ができた。 そして結局彼女はクラウド、ティセ、シィルを守る為に、犠牲になって死んだのだ。 このファナという名の少女に。 「たしかに、お前の言い分は正しいさ」 膝を曲げ、立ち上がろうとする。 「たしかにあの人は間違ってた。自己犠牲が強すぎて、相手を守る為なら簡単に自分の命を捨てられた奴だったよ……」 「最低の師匠だっただろう?」 ファナがそう嘲ると、クラウドは急に笑い出した。 「けど、お前のやり方はもっと間違ってる」 「何?」 立ち上がり、これ以上ない程にファナを嘲るクラウド。 「師匠の理想も間違っていれば、お前の理想も間違っている。俺のシィルやティセさんを想う気持ちだって、すっげぇ矛盾してる」 「どっちも同じくらい好きだ、って事か?」 俯き、ファナを見るクラウド。 突如、彼を取り巻く周囲から、巨大な闘気が溢れ出す。 「けどさ」 「??」
「間違ってたっていいじゃねえか。お前の理想も、俺の理想も、師匠の理想も、結局は同じような事なんだろ?」
笑みを浮かべてそう言うクラウドを見て、ファナは呆気に取られた顔をした。 これほどの闘気を出しておきながら、その顔に敵意が全く見られていなかったからだ。 「……はは、お前は本当に面白い。弱いが面白い!!!」 そしてファナも構えると、巨大な銀色の凍れる闘気が溢れ出し、クラウドの灼熱の闘気とけん制し合って、異常なまでの空気が町全体に弾け飛んでいく。 「なら、俺の最大の闘術でお前を打ち砕こう」 冷笑を浮かべ、呟く氷の貴公子、ファナ。 「俺の炎よ……限界まで高まりやがれーーーー!!!!!!!」 巨大な炎を極限まで高めるクラウド。 まさに二人の闘気が爆発寸前になった瞬間、 突然、クラウドの極限まで高まった炎の闘気が、右手に集まる。 「死ぬがいい、クラウド!!」 そしてファナは自分の勝利を確信し、自分の闘気を凝縮し、左手に集めた。 「死を呼ぶ氷の死神(デス・フローズン)!!!」 銀色の闘気を凝縮した波動が、ファナの左手から発射され、クラウドに向かっていく。 それは彼も一度だけ見た、彼女の必殺の一撃。 その直後だった。 クラウドは右手を振り上げると、思い切りファナの氷の波動に向けて振り下ろした。 「全てを焦がす爆炎(ナパーム・ボム)!!!」 そうクラウドが叫び、彼の右手がファナの凍れる波動とぶつかった直後だった。
ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……
凄まじい爆発が辺りを襲った。
「今の爆発……まさかクラウド?」 「かもね。けどあのファナと戦うだなんて……なんて無茶」 「うん」 薄暗い闇の中、二人の少女が話しこんでいた。 一人は長く黒い髪を、後ろで束ねているシィル。今はロンギヌスも、こんな所で使うなんてもっての他と、今は壁に立てている。 あの後、シィルと一緒に地下に閉じ込められたアイリスは、あの後命よりも大事なペンダントをようやく見つけて、今は座り込んでいた。 「けど、彼の師匠よりまし」 ふと、そんな事をシィルが呟く。 「師匠?」 師匠とは誰だろう。クラウドの師匠に決まっている。 だいたい闘士とは、別の闘士から闘術と呼ばれる体術や、闘気というオーラなどを教わり受け継ぎ、一人前の闘士になった時に国から闘士の称号を得るのだ。 「クラウドは一年前に闘士になったの。その前はただの冒険者だった」 「あぁ、たんなる武術家だったの」 シィルは頷く。 闘士はあくまで国から得られる称号、職業であり、その前は単なる武術家と呼ばれる。 「うん。二年前、ファナに負けて逃げてきたところで、あの人に助けられた」 半年前にバージニアのとある町で、クラウド達はファナと出会った。 氷の貴公子と呼ばれ、数々の虐殺を繰り返す死神。 その凍れる美貌と、圧倒的な鬼人の如き強さに、三人は見事に大敗し、クラウドの師匠のところで逃げてきたのだ。 「バージニアの英雄で、とんでもないお人好しだった」 とんでもないお人好し、という時点で当てはまる人物は少ないのに、それがバージニアでしかも英雄。おまけにクラウドの師匠なのだから、炎の闘士。 そんな闘士といったら、該当するのは一人しかいない。
「火炎の闘士、カレン・マーキュリー」
頷くシィルに、アイリスは驚く。 「本当にとんでもない人だった」 「そうなの?」 アイリスに問われ、シィルはすっと頷いた。
カレン・マーキュリー、かつて若干15歳で炎の聖闘士として、このバージニアの危機を救ったとされる、またの名を正義の味方。 その強さは他の聖闘士の中でも最弱。圧倒的な強さを誇る魔族の前に、いつも彼女は誰かに支えられながら戦ってきた。 その姿は、丁度今のクラウドに似ていた。
だからこそ、彼女は彼に自分の闘術を教えたのかもしれない。 「ファナなんてまだまし…ファナはあれでも、9を守るの為に1を捨てるって考え方だったから、まだ良かった。こんなやり方は間違ってるけど」 「まぁ、全くね」 ファナは向こうの国では英雄と呼ばれている。 圧倒的な強さ。同性さえ見とれてしまう程の美貌に憧れる者は少なくなかった。 9を守る為に小さな1を捨て、彼女は多くの国の危機を救った 「でもその人は違った。10全てを守るために、自らを犠牲にするような人だった」 「嘘……」 絶句するアイリス。 あのファナでさえ、保身は一応だがしている。 だがそのカレンという闘士は、シィルの言う事が正しいのならば、自分なんて計算に入れておらず、全てを救う為なら、自分の命さえも捨てられる女性だったようだ。 「クラウドを連れてきて、ご飯をご馳走してくれて、半人前で何の修行もしていなかった彼に、自分の闘術を教えて、よく私達に自分の理想を話してた」 「なんというか、お人好しすぎ」 アイリスの言う事はとても正しい。 カレンという女性は、今も生きているなら25歳であろう。どうやら伝説に聞く通りのお人好しであったらしい。彼女が他の聖闘士の誰よりも信頼されていて、他の誰よりも好かれていたのも頷ける。 「あの時もそう……バージニアを出たクラウドを捜していたファナが訪ねてきて、あいつの命令に逆らった。そして……」 「ファナに殺されたのね?」 「うん」 表情を暗くして頷くシィル。 自分の弟子が殺されるというのに、黙ってみている師匠はいない。それがクラウドの師匠であるあのカレンならば尚更だ。 「けど大丈夫」 「どうして?」 アイリスは問いかけた。 するとシィルは彼女の方を向き、そっと笑みを浮かべて答える。 「だって、クラウドの師匠だから……そんな簡単には死なない」 それは、彼女の絶対たる信頼と呼んでもよかった。 たしかにあのクラウドの師匠ならば、たとえ死んだとしても、地獄からも天国からも追い出され、すぐにこの世に戻ってくるだろう。 「そうね」 そんな事を想像すると、自然とアイリスの顔から笑みが零れる。 そして自分のペンダントを見て、そっと頷く。 「まぁ、クラウドも絶対勝つでしょ。あんたの恋人だし……なんたって、そんな奴から闘術を習ったお方なんですから……」 思い切り皮肉を言ってシィルを見る。 すると、彼女はそんなアイリスに笑いかけ、すっと前を見る。 「だから、今日だけ……」 「?」 「そのどうしようもないお人好しを、見習いたかっただけ」 「だから私を助けようと?」 そしてシィルが頷くと、アイリスはこれで今日何度目かの大きな溜息をついた。 「まぁ、こんな穴倉に閉じ込められたってのに、よくそんな平気な事言ってるわね。あのファナに勝つにしろ負けるにしろ、どの道クラウドが怪我するのは確実なのよ?」 それはシィルが一番理解している。 二年前とはいえ、クラウドは大怪我を負い、シィルやティセが命懸けで頑張ってやっと逃げ延びたのだ。 そして彼が、師匠の元で修業して一年、それから三人で旅をして一年。ある程度強くなったとはいえ、ファナとて二年前よりは強くなっている事は確実。 いつぞやの焼きまわしにはならずとも、どの道怪我は免れない。 「クラウドは死なない」 「どうして?」 そしてアイリスは一瞬、見てしまった。 ただ純粋に、まっすぐな視線を向け、全力を持って信頼している曇りのない彼女の瞳。
「死ぬ時も、私と一緒」 「……あぁ、そうですか……ご馳走様」
またも大きな溜息をついて呆れるアイリス。 ――まぁ、幸せなこって…… そしてシィルが立ち上がり、壁を触ったその時であった。 「さて、どうやって……」
「そこにいるのは誰?」
突然声が聞こえ、シィルは上を見る。 そこは、シィルが壊した階段の上。そのわずかな隙間の外から、一人の小さな女の子の顔が見えた。 「あなたがシィルさん?」 「……誰?」 シィルは取りあえず、薄青い髪の少女に問いかける。 「ボクはセレナ。ティセお姉ちゃんがあなたを捜していたから……」 「ティセが?」 セレナがそう言うと、シィルは納得した。 ティセは三人の中で一番お人好しだ。偶然誰かを助けて、その人から慕われてお姉ちゃんとか呼ばれているのも過去数回あった。 「ちょっと待ってて」 するとティセの妹分であるセレナが裂け目から見えなくなったのを確認し、二人は安心した。これで助けが来ると。 しかし、そんな考えをはるかに凌駕する事を、彼女はやってくれた。 青い闘気が溢れ、どこからか水が噴出す音が聞こえる。
「『竜の如く流れる滝(ドラグ・ウェーブ)』!!」 ズガガガガガガガガァァァァァァァァァァァァァァァン……
突如裂け目から多量の水が溢れ出し、二人は水の中に飲み込まれる。 そしてビックリしたのもつかの間、今度はその水が急に逆流し、外に押し出されていったのだ。あっという間に、二人は水の力によって、外へ押し出された。 「……随分無茶してくれたわね」 「さすがティセの妹分」 全身ビショビショになった二人が、呆れた目で彼女を見る。 薄青い髪に、オレンジのグローブを身につけた少女だった。 見るからにして闘士だ。 「そうだ。ティセお姉ちゃんが、ジュリアお姉ちゃんが怪我したから早く来てって……」 「……ジュリア!!?」 アイリスはその名前を聞くと立ち上がる。 そして目の前の、セレナの後ろの光景を見て絶句した。 それは、見たことない少女、ティセが、自分の長年の友人を背負っている。しかしその友人は腹部が真っ赤に染まっていた。 「あっ、アイリスちゃん……」 「ごめんなさい……守りきれませんでした」 「ジュリア、ジュリア!!」 慌てて走り出し、傷を負ったジュリアの元に駆け寄るアイリス。 腹部は刺されているものの軽傷で、なんとか病院まで持っていけば一命を取り留められるのだ。近くの病院に医者がいればの話であるが。 目の前に迫ってくる友人の死に絶望していると、ふと後ろからシィルが割って入ってきた。しかも聖典を持って。 「任せて」 「シィル?」 ティセがジュリアを降ろすと、シィルは聖典をジュリアの腹部に当てる。 そして念じると、小さな光がジュリアの怪我しているところを包みこみ、次の瞬間、みるみるうちに怪我が修復されていた。 「傷が……?」 「聖典は、敵を倒すだけじゃない。だから武器とは言えません」 ティセが説明する。 元々聖典とは、悪魔や魂を聖なる力で浄化したり、傷ついた人々に聖なる力を与えたりする為の、いわば装置的な物である。 「だから悪しき者を滅ぼす時や、こうして誰かの怪我を治す事だって、できるんです」 「じゃあ、ファナとの決闘の時は?」 「攻撃に全て力を使った……」 「そ、そう……」 アイリスは絶句する。それだけファナというのは強大なのだろう。 数秒後、光が消えると、先程のジュリアの傷は完全に治っていて、先程の苦しそうな表情から、一転して寝息まで立てている。 その姿を見て、溜息をしつつも、内心安堵するアイリス。 もう少しで、ずっと一緒だった友人が死ぬところだったのだから。 「これでいい。防空壕に行って寝かせてあげて」 「ええ。あなたは?」 「私はクラウドの所にいく」 それが何を意味するのか、そこにいる誰もが分かっていた。 先程の爆発。あれによって、二人の戦いが終わったと言ってもよい。 ならばクラウドが今どのような状態なのか、皆分かっていた。 「気をつけてね、シィル」 「うん」 ティセに一つ頷くと、それこそ音速のスピードで、己が出せる限界までの力を使い、彼のいる場所まで走るシィル。
――クラウド……クラウド……クラウド……!!! ――死なないで……私を置いて行かないで……!!! ――どうか彼が生きていますように……
胸が苦しくなり、足が痛くなっても尚彼女は走り続けた。 自分が苦しい分、彼もまた苦しいのだ。そして彼の苦しさを解放できるのは自分しかおらず、また自分の苦しさを解放できるのも彼しかいない。 「クラウ……!!?」 そして門の前でシィルが見たのは、ボサボサの髪の少年ただ一人であった。 体中に傷を負い、柱に横たわっている姿を黙認して、彼女は最後の力を振り絞って走り出した。 「クラウド、クラウド!!!」 「……シィル?」 彼が振り向き、そっと笑っているのを確認すると、彼女は安堵の為、緊張の糸が切れたのか、とめどなく涙が溢れてきた。 そしてようやく彼の元まで辿り着くと、聖典の力を最大まで使い、彼の体を大きな光で包み込む。 「クラウド、死んでるかと思った」 「ごめん。また泣かせたな……」 笑みを浮かべ、そっとシィルの顔を拭くクラウド。 「これ以上……心配させないで……」 突然真顔&泣き顔でそんな事を言われてしまい、彼の中で物凄い罪悪感が生じる。 「ごめん。俺もこれはやばい、って思ったよ」 「クラウドは無茶しすぎ。すごくお人好し」 彼の傷が完治しかけているのか、徐々に元のシィルに戻っていく。 すると、クラウドはそっぽを向いて先程の戦いを思い出す。 「ちょっと師匠の話されてな。凄くムカついた」 「偶然。私もアイリスに、カレンの事話してた」 「そうか……」 すっと笑みを浮かべて空を見上げるクラウド。 辺りはすっかり茜色に染まっている事から、一日中戦っていた事になる。 「しっかし師匠も、とんでもない命題俺に押し付けやがって……」 「本当……」 二人共ため息を付きながら、彼の師匠の事を思い出した。
『この地上から永久に争いがなくなってくれたら、嬉しいんだけど……』
それは理想以外の何者でもない。 彼に自分の闘術の全てを伝授し、よくそんな理想論を話していた。 ようやく彼の傷が感知すると、彼はロンギヌスを降ろし、自分の頭を膝の上に置いているシィルを見上げる。 「シィル……争いのない世界なんて、あると思うか?」 「ううん」 首を横に振るシィル。 争いが無ければ文明は成り立たない。しかし争いはいつも弱い人、子供や女性、老人を悲しませるのだ。 「けど、師匠が言うと、何故かそんな世界があるのかな、って思えるんだよな」 「この地上に恒久的平和……」 それは完全なる理想。 この世のどこを探しても、そのような空想じみた世界はないだろう。 どこの世界でも、争いはある。人は一人一人違い、国だって一国一国違うのだ。 「もしもそんな世界があったら、クラウドと普通に出会って、普通に恋して、普通に結婚とかしていたかも……」 「……真顔でなんつう事言うんだよ」 シィルは時々真顔でそんな事を言ってくるので、クラウドの顔が時々真っ赤になって頭から煙を出すというのも良くあること。 そしてそのまま彼女は彼の前に顔を近づける。 「クラウド、死ぬ時も一緒」 「シィル?」 「もしもクラウドが死んだら、私も死ぬから」 だから死なないで。 ふと、彼女のそんな、切実な願いが聞こえた気がした。 するとクラウドは少し笑ってシィルの頬を撫でる。 「死なない。お前も死なせないし、俺も死なないよ」 「……うん」 二人は茜色に染まった空の下で、これで何度目かの約束を交わし、そしてこれで何度目かのキスをした。
街の出口。風の国に続く道に一人の女性がいた。 軍服はボロボロになり、美しい唇から薄っすらと赤い血を流し、左の腕を押さえながらよろよろと道を歩いているのは、あのファナであった。 「ぐっ……この俺が……馬鹿な……」 クラウドの全てを焦がす爆炎に、自分の死を呼ぶ氷の死神が負けたのだ。 それが百戦錬磨のファナにとって、どれほど屈辱だったかは想像に難くない。 顔に傷がつき、唇に血を流している容貌なのにも関わらず、それがファナだとそれすら美しく見えるのは、果たして暁の魔力だけであろうか。 「修行が足りない…もっと……もっと強くならねば」 ――セレナ…… ふと、どこからか声が聞こえ、ファナは思い切り首を横に振る。 「忘れろ!あいつはもういない。ただの裏切り者だ!!」 ――だから殺すの? ――それじゃ可哀想…… 「うるさい!!黙れ!!」 咆哮し、どこからか聞こえる声を黙らせる。 それは一体どこから聞こえてきているのか。 「風の国か……面白い。あの国を滅ぼす」 そんな薄笑いを浮かべながら、彼女は風の国へと歩き出す。 自分の理想の為に祖国を出て、9を守る為に少数の1を滅ぼし、彼女は色々な土地を歩いてきたのだ。 今更負けたからといって、大人しくしている彼女ではない。 夕日に向かって、まるで死神のような笑みを浮かべると、彼女は傷ついた腕を押さえながら小道を北へ歩いていった。
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