空は一面青く澄み渡っており、そこを白くて小さな雲が三つほど浮かび、麗かで穏やかな風の方角へ向けて動いている。黄色い太陽はほどよく大地を照らしており、まさに穏やかな春の日差し、と言った感じだ。 そんな中、一面緑に包まれた草原の丘の上で、二人の男女が眠っていた。 「たまにはこんな休息も、悪くないな」 「……」 そんな草原に腰掛けて空を見ているのは、ダークグレーのボサボサ髪の少年と、黒く長い髪を持った、とても可愛らしい少女だった。 少年は青いTシャツと赤茶のベストに、ツータックパンツと両手の赤いナックルグローブの格好。少女は赤いオーバーシャツに青いスカート姿。こうして並んでいると、まるで旅をしている兄妹に見えなくもない。 しかし二人は兄妹ではなく、まして親子でもない。 「……」 少女は少年を見ると、ふと眉を顰め、眼を細くする。 なまじ彼女が常時無表情であるだけに、それが彼女の、いわゆる「怒っている」サインだということは、彼女の顔を見ない必り、絶対に分からないのだ。
「……ティセとはぐれた」
「ぐっ……」 少女の言葉に、先程の少年の楽天的な笑顔はどこへやら、途端に何か悪い予感でもしたのか、顔色が一気に青ざめる。 こんな時、彼はいつも決まってする事がある。 「どうするの?」 「ごめんなさい!!!」 ゼロコンマ2秒、系髄反射で土下座する少年。何度もこうして謝ってきたのか、その土下座はすごく綺麗な形をしていた。 それはまるで、会社で失敗した、うだつの上がらないサラリーマンが、上司に向かって「どうかクビだけは御勘弁を」と言っている姿に似ていた。 しかし少女は怒鳴り散らすかと思えばそうでなく、むしろ既に諦めの境地に入っているらしく、それ以上その少年に当たることもなかった。 「でもいい」 「え?」 少年は顔を上げると、急に顔が紅潮してしまう。 無理もないのだ。行き成り目の前で、それこそ天使に勝るとも劣らない美少女の笑顔を見てしまったが最後、一瞬のうちに心を奪われる他無い。 これで手にチョコを持っていなければ最高だったのだが。 「……クラウドと一緒だから」 こう言われると、さすがの彼とて何もいえない。 手にチョコを持って、それを小さい口いっぱいに頬張る仕草さえ無視すれば、彼女のような美少女にこんな事を言われるのは、まさに男の幸せに他ならない。 「シィル……」 少年クラウドは、そんなシィルという少女の表情を見て、瞬時に時が止まってしまったかのように、動かなくなってしまった。 そしてシィルは立ち上がると、荷物が入ったバッグと小さな棒を持つと、クラウドの方に顔を向けて、チョコを持っていない手を差し出す。 「さぁ、行こう。ティセが待ってるかもしれない」 「……あぁ」 クラウドもまた笑みになると、荷物の入ったバッグを持って、シィルの差し出す手を掴んで立ち上がる。 そして彼は、またしてもシィルの無表情を見てしまった。 「……誰か襲われてる」 「お?やるか?」 クラウドが問うと、シィルはさもそれが当然だと言うかのように、クラウドのバッグを取り上げ、声の聞こえたらしい方向を指差す。 早く行け、との合図である。 「……は〜いはいはいはい」 ほぼ呆れと諦めの表情をしながらも、ケンカが大好きなクラウド。音速を超えた走りで声の聞こえた方向に向かって走り出す。
しばらく走ると、一つの馬車があった。 そこに、ティセよりも濃い茶色の髪の少女と、ブロンドの髪の少女の二人が、数人の盗賊に襲われている光景だった。 少女達の服装から、それが貴族の娘を狙った人攫いだという事が伺える。 「待ちな!」 クラウドが叫ぶと、数人の盗賊が一斉に彼を見る。 そして彼が走ってくると、相手になるぞという合図なのか、盗賊の一人が大きな斧を持って、彼に向かってくる。 「遅い!!」 盗賊の斧を一瞬で避け、肘鉄を食らわすクラウド。 その一撃はまるで、金槌で力いっぱい頭を殴るのと同等の破壊力を持つ。あっと言う間に盗賊の一人が吹き飛び、馬車の中に突っ込んでしまった。 「おいおい、こんな可愛いお嬢ちゃん二人を攫うんだろ?そんな容姿じゃ、相手にもされねえぜ?」 「てめえ、何者だ!?」 盗賊の頭領なのか、一番体の大きな男が、かなり壊れた声で叫ぶ。 しかしクラウドは、さもそれを待っていたかのように、そっと呟く。 「クラウド……ただの闘士さ!!」 名乗った瞬間、突然クラウドの姿が盗賊達の視界から消える。 そして頭領以外の盗賊達が、一斉に倒れた。 「な、なんだ!!?」 何が起こったか分からない頭領の男は、あたりを見渡してキョロキョロしだす。 すると、 「……来る」 ブロンドの少女がそう呟いた瞬間、 「うがぁ……ぁぁぁ……」 頭領の後頭部に何かが激突したらしく、男は呻き終わると、そのまま膝から崩れ落ち、気絶してしまった。しかし体のどこにも斬られた痕はない。 そして少女二人の視界から現れたのは、先程名を名乗った少年、クラウドだった。 「闘士……たしか剣や槍を使わず、己の拳のみで相手を倒す者。バージニア以外で見たのは初めてだけど……」 そう呟いたのは、先程クラウドの攻撃を予測していたブロンドの髪の少女。フリフリのドレスからして、さぞ高貴な家の娘なのだろう。 「詳しいな。あいつらは知り合いか?」 「あんな無礼な知り合いなんていません!!」 「だろうな。ただの人攫いか」 そう言ってクラウドが振り返ると、遠くからシィルが歩いてくるのが分かり、両手で大きく丸を作ると、彼女も無事終わったというのが分かり、ほっと胸を撫で下ろす。 「あの」 「??」 クラウドがまた振り返ると、先程から黙っていた茶髪の少女が、上目遣いで恐る恐るクラウドを見る。 「その人は……あの、恋人ですか?」 「は?」 そして茶髪の少女が指差した先には、何時の間に来たのか、既にクラウドの隣に立っている、シィルの姿があった。 すると、クラウドはにっこりと笑い、シィルの肩を抱いて宣言する。 「あぁ。俺の彼女だ。少々扱い辛いけどな」 「クラウド、一言余計」 手を翻してクラウドの胸を叩くシィル。 「チョコ食ってのんびり来た奴の言うことか」 そう。先程クラウドを先に行かせた理由は、別にある。 彼女はさっきまでチョコを食べていたらしく、それが口周りにべっとりついていて、なんとも情けない。 クラウドは少しばかり呆れると、そっとシィルに近づく。 「ほら、口元にチョコついてんぞ」 そう言って彼は、 シィルの口元を少し舐めた。
「「「!!!???」」」 三者三様の動揺。
茶髪の少女は少し顔を赤らめながら、それでも好奇心が勝っているのか、何かを期待したような目で二人を見ている。 ブロンドの少女は信じられないというような目で、こちらは世間一般的なのだが、少しだけクラウドを睨んでいる。 そしてシィルはというと、 「……」 こちらはこちらで無表情。 すると、突然茶髪の少女を見る。 「町までどれくらい?」 「町?」 「ここから西に行くと町があるよ。私達も行こうとしていたの」 完全無視だった。 というか、他の二人も、あれは無かった事にして、シィルと話していた。 「うん。道中あんな事もあるから、付いていく」 「有難う。そうしてくれると本当に助かるわ」 茶髪の少女とシィルの間で交渉が成立する中、クラウドはブロンドの少女を見る。 「なぁ」 「どうかしたの?」 ブロンドの少女はクラウドを警戒しているのか、少し怪訝な表情でクラウドを睨む。 「長い緩やかなウェーブのブロンドの女、見なかったか?」 「見なかったわ。それで?」 同じブロンドの少女は首を小さく振って否定する。 「別に。まぁ大丈夫かな?」 クラウドが何を言っているのか分からないのか、ブロンドの少女は半目でクラウドを見ると、次にシィルを見る。 「ねえ、貴方達は何でその町に行くの?」 「別に。ただ友達と逸れたから、町に行けば合流できると思って」 「そう」 すると、少女はそれっきりその話題に触れなかった。 それはシィルが突然、悲しそうな顔をしていたからだ。 友達と逸れてしまったのだ。心配なのは仕方がないのだろう。
「というか、クラウドの責」 「まぁ、なんて非道い」 「なんでやねん!!」 今度はクラウドが突っ込む番であった。
「でもティセは強いから」 「まぁあの程度の盗賊、ティセさんの敵じゃねえな」 「一撃の元に粉砕する」 「あんたら、どういう人と付き合ってるのよ……」 二人の会話に、ほとほと呆れてしまった少女。 それを見て、茶色の髪の少女は、未だ先程の光景が衝撃的だったのか、まだトリップしている状態で、頭から煙まで出ていた。
|
|