敢えて私は言おう。 なんてこの世は平和なんだ。 そしてもう一度言おう。 なんてこの世は平和なんだ。 私はこの暖かで麗かな春の日差しを受けながら、ふとそう思った。 実際このような国など平和そのものであろう。他の各国では未だに戦争だの内紛だのテロだのが蔓延っていてとんでもない状況だ。 実際問題として、不景気やら、就職難やら、耐震偽装やらで文句はあるかもしれない。しかし、毎日お腹一杯食べ物が与えられ、毎日好きな洋服が着られ、毎日好きな時間を謳歌できる今のこの国の生活が、他国の人から見てどれだけ幸せか想像に難くない。 それでも何か足りないと思ってしまうのは私が我侭だからか。それともこのような平和な日々の責でいつしか平和ボケしてしまっているからか。 いずれにしろ、私はこのような平和で穏やかな生活を満喫…… 「おはよ〜〜〜〜、泉ちゃ〜〜〜〜〜ん!!」
神様、仏様、私は平和で安らかで平凡で麗しい生活を望んでいるだけです。これっぽっちも邪な願望など持っていません。いえ、もっと可愛くなりたいとはちょっとは思った事もあるますけど、まともな普通の平穏な生活を所望してるんです!!
ズガン、ゴロゴロゴロ……ドスーーーン……
嗚呼、なのにこの無情は何事か。唯一神か八百くらいいるかオリンポスに何人いるか知らないけど神とか名乗っているてめえら! あんたらそんなに私の平和を乱したいのか!!
まぁ、朝から叫んでも仕方ない。普段の私は成績優秀品目秀麗なエリートお嬢様、超絶クールビューティーとして通っているのだ。 「……朝からお元気ですわね、笹原麻耶さん?」 とりあえず何時ものようにこの天下無双の馬鹿女、笹原麻耶の胸倉をつかみ、にっこりとお嬢様スマイルをしながら低い声で彼女に話しかける。 「うぅぅ、泉ちゃん怖いよぉ……」 私に突然タックルしてきて、ついでに転がって電柱にぶつかったというのに鼻が赤くなる程度しか怪我をしていない彼女を見ながら、私はこれで入学して何度目になるだろう大きなため息をつく。 周りにいる私と同じように登校している生徒達はそれを見た後、何事もなかったかのように元の喧騒を取り戻す。 というかあんたら、知らない間に私に厄介払いしてんじゃないわよ!! 「せぇっかく泉ちゃんと一緒に登校したくて走ってきたのに……」 俯いて悲しそうな顔をしながらなんとまぁ嬉しい言葉をほざく親友。 不覚にもそれを見て私の「お怒りゲージ」はみるみる下降してしまい、出てきたのは本日何度目かのため息だった。 「あ〜、駄目だよ泉ちゃん、ため息なんてついちゃ。幸せが逃げちゃうよ?」 誰が奪ってんのよ私の幸せ!ここ最近ちょっと面倒くさい事が立て続けに起こったと思ってたらあんたの責か!? というか私の幸せ、もしあったら是非ともカムバーーック! なんて事をいいつつ、私の顔は呆れと諦めが入り混じった表情に違いない。つられてまたしても大きなため息をついてしまった。 「……いいじゃない。逃げたら何時ものようにあんたから搾り取るから」 とまぁ私や私の知り合いにしか分からない事を言ってしまう。 「???」 当然、言われた本人には何を言っているのかはさっぱり分からないだろう。 これだから「幸運少女」は…… 彼女の知らない間についたあだ名をつい心の中で呟きながら立ち上がると、いつものクールビューティーを取り戻す私。 これ以上ギャグキャラなんて思われていたらたまったもんじゃない。 「えっと……もう無理だと思……いたいいたいいたい!!」 何か阿呆な事をほざこうとした親友の顔を右手で握りつぶす。 これは結構痛いのだ。私もよく母にされたがこれの痛みは半端ではない。やられた事のない人間には分からない痛みだ。 「今度くだらない事仰ったらもっと痛くしてさしあげてよ、お分かり!?」 「はい。分かりました〜〜〜〜」 目に涙を貯めながら謝る麻耶を見てすっきりしたのか、私は即座に彼女を解放する。麻耶も麻耶でこめかみを抑えて痛そうにしている。 そしてふっと周りを見渡す。 あぁ、神様……あんた私が何をした!! 周りの生徒はこの私が麻耶をいじめているように見えた(というかそういう風に見えなければおかしい)からか、遠くで何かを囁いている。 ふと、「あれいじめか?」とか「女王様の躾?」とか「そういうプレイ?」などと不適切な言動がとびかってきたので、私は周りの生徒を睨みつける。 「あら。どうかいたしまして、皆様?」 見世物じゃねえぞ、と言わんばかりの凄みを利かせる。これも以前母が父を追い詰める時にやっていたのを真似してみただけだ。 何故か後ろからゴゴゴゴとかいう音が流れてるし。 すると一斉に飛び散って行った。これで当分の間、いじめっ子キャラは確定だ。 「……ほら行くわよ麻耶」 「うん!」 まぁこれ以上怒っても仕方がないので、私も彼女の手を握って歩き出す。 毎日こうしていると思うのだが、この子、麻耶の手はいつも暖かく、軽く握るだけで私を暖かな気分にさせてくれる。 そして朗らかな笑みはつい苛めたく……ゲフンゲフン!!も、と、い、それだけで私の心を和ませてくれるのだ。 「そうだ、今日薫ちゃんが凄い発明したんだって!」 友達想いの優しい性格。その上意外と成績は普通なのだそうで、家庭科は講義より実技を重んじているので、今の所成績は私より上だったりする。 こんな子供みたいな女でなければ、今頃男がわんさか集まっていたであろうに。 まぁ、実際もうこいつには彼氏がいるから、別に心配はないんだけどさ。 「へ、へぇ……」 そんな麻耶の話を聞いて、冷や汗を垂らしながらも平静を装う私。 私と彼女の友人である薫の発明というのは、もはやこの学校の名物だ。 どうせこの天然記念物を倒す為だろうが、それにすら未だに気が付いていないのはこいつの天然あってこそだろう。 なにしろあの相沢薫の発明は何時もロクな事に使われない。 主な目的といえば、例えば打倒麻耶とか打倒麻耶とか、あとは打倒麻耶である。まぁたまのたまたまごくごくたま〜〜〜〜に、まともな事にも使われてはいる。 あとたまはにこいつの彼氏である金城にいたずらをするのだが、何故か麻耶相手だと失敗するのに金城相手だと五分五分なのだそうだ。ご愁傷様。 あれで時期相沢グループ会長なのだから末恐ろしい。 「面白そうだね、どんな発明なんだろ……」 そしていつも決まって、戦う前に発明品が失敗してドカーンな訳だ。 そしていつも決まって、学校側が被害に合い、被害者が続出。 「でもまた岸辺君に怪我させたら……うぅ、考えるだけで怖いよぉ」 なんとも恐怖の目で私を見る麻耶。 それで思い出した。あれは去年の夏休みに入る前、私と麻耶が中学一年の時だ。 薫が突然巨大ロボットを学校に持ってきて、また例の如く麻耶打倒に乗り出した。始まりはいつもの事であった。 しかし、薫は一つ重大なミスを犯してしまった。巨大ロボットが暴走して「私の」王子様である岸辺君が怪我をしてしまったのだ。 あの後の事は残念ながら全く覚えていないが、あれから暫く、薫やクラスメートが私を閻魔大王か地獄の魔王を見るかのような目で見ていた事からして、相当私はブチギレていたに違いない。麻耶など今の今まで記憶の底に封印していたようだ。 おっ、どうやらほんの少し思い出したらしい。何やら泣きそう。 失礼な話である。 まぁ何があったか、聞かない方が一番だ。 「あっ、金城君と岸辺君だよぉ」 「えぇぇ!!?」 とっさの麻耶の言葉に驚いてしまい、ついつい顔を真っ赤にしてしまう。 付き合って大分経つのだが、これも惚れた弱みというものなのだろうか、未だに彼の前に立つと全く自分というものが出せないでいる。彼の前ではクールで知的なキャラで通していたので、その通り猫被りにしかなれない。 全く持って恋とは恐ろしいもの。彼の前ではありのままを素直に出し切れず、私本来のキャラクターが発揮されないのだ。 と言っても、既に遅いと思うのは私の気の責だろうか。 あれ、目の前が滲んで見える。 「泉ちゃん、だいじょび?」 そう言って彼女が手渡すハンカチを手にとって顔を拭く。 そしていつものクールビューティーを取り戻すと、軽く俯いて上目になりながら茶髪の王子様へと近づいていく。 「おはよぉぉぉぉぉ、金城く〜〜〜〜ん」 「おっ、麻耶じゃねえか」 ……なしてこいつら私の邪魔しかしないのよ〜〜〜〜!!(涙) 「あんた達、静かにしないと滅ぼしますわよ?」 「「は、はい……」」 「いつもの光景だよな、お前ら」 茶髪を掻きあげながらいつもの馬鹿二人を見てため息をつく岸辺君。 あぁ〜、なんでそんな一挙一動がいちいちカッコイイのよぉぉ!! 「ただのキザ野郎だろうが」 「うるさい黙れ」 とりあえず一言多い馬鹿に裏拳を入れつつ、彼とお話モードに入る。 後ろで倒れた金城を介護する麻耶の声が聞こえるが無視無視。 きっとまたバカップルモードに入るに決まっている。 全く我が親友ながらなしてこんな馬鹿男なんかを好きになったのか。あっ、思考回路が同じだからか。また一つ余計な知識が増えてしまった。 「そういえば今日って、あの相沢が世紀の大発明を披露するんだよな?」 「え?う、うん。多分……」 後ろでいつもの三倍オアツクなってらっしゃる二人には目もくれず、視線はしっかりと岸辺君の目元をマーク!! しかし愛する彼はその事に全く気付きません。 要するに私でさえそう言ってしまえる程、彼は事恋愛に対しては鈍感なのだ。 「金城が楽しみにしててさ。無論、泉もだろ?」 ただ岸辺君、よりにもよってあの馬鹿金城の話になると目の色を輝かせる。 二人は小学校の時からの親友らしいので気持ちも分からないでもない。しかし一応彼女としてはもう少し私の事も…… 「もう少し私の事も見てほしいそうだ」 「え?あぁ、ごめんな泉」 「てめえ人の頭ン中覗きおってなんて事ほざくか!!」 しかも岸辺君すごく申し訳なさそうにしてるし! っていうか何でこの男は私の頭の中が分かったのよ。エスパー!? 「違う違う!違うの!!それは二人の仲が良いんだからそうなる気持ちも分かる。分かるんだけど……一応、そのね……」 顔が赤くなるのを感じて少し俯く。 実際すごく恥ずかしい。しかし岸辺君は搦め手で言っても分からないし……あぁ、やっぱり分かりませんって顔してるよ。可愛いなぁ…… 「泉ちゃん、おとこのこってのはハッキリ言わないと分からないものなんだよ」 黙れ、あんたに語られるようじゃ男も終わりよ! そう隣の親友に言ってやりたいのだがここは敢えて抑える。そうだ。普段の私はクールビューティーなのだ。もう無理かもしれないが。 「分かった」 何が分かったのだろうか。すると岸辺君は行き成り私を両手で羽交い絞めにする。 これって………………………hugっすか? 「うわぁ、朝から大胆だよぉ」 「麻耶ちゃん、見ちゃいけませんよ」 金城が麻耶に目隠しをしながらいそいそと校門に行ってしまうが無視。校門の中から見ている野次馬共も取り合えず無視。後で全員シメておくが。 状況を整理しましょう。 私坂本泉は今、愛する岸辺隆一様に抱きつかれております。これはすなわちハグというものであり、恋人同士がよくやるアレにてございます。 って、なんて話し方になってんのよ!! 「ちょっと、岸辺君?」 「ごめん泉。今度からお前しか見ない事にするから。ね?」 すると岸辺君の得意技(?)、『捨てられた子犬のような目』をよりにもよってこの私に向けてきた。
説明しよう。『捨てられた子犬のような目』とは彼、岸辺隆一の得意技であり、この目で見られた女性は誰であれ心を奪われてしまうという特性があるのだ。あの男に執着がなかった薫でさえ顔を赤らめたのだから、その効果は抜群であろう。 しかも本人はそれを使っているという自覚が全くもってない。なので色々と誤解されやすく、私という牽制がなければ今頃彼は何人の女の中に埋もれていたであろうか。 とかくまぁ、それ程までに恐ろしい魔眼なのであった。
「……うん。私もごめん」 戦闘(?)開始からわずか三秒、私の完敗だった。 このような目で見られたら誰であっても負けてしまう。特に彼のような特別美形の少年がこんな目で見てきたら一体だれが拒めようか!! とまぁ力説しても何ともならないので止めておこう。 あぁ、この温もりをずっと感じて……
ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……
感じさせておいてよ、お願いだからさぁ……(涙)
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