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[8210] 弱者に寄り添いつづけた美輪明宏さん 投稿者: じろう丸 2026年06月30日(Tue) 11時30分00秒
達さんがせっかく貼ってくれた動画のタイトル『黒蜥蜴の唄』の「黒」の文字が表示されていませんね。
「黒」には通常の文字の他、環境依存文字もあるので、おそらく達さんはそちらの文字を使ってしまったのだと思います。
この掲示板は割と表示できない文字が多いので、注意してください。
 
それはそうと、美輪明宏さんといえば、なんといっても自ら作詞作曲した『ヨイトマケの唄』(65年)です。
私がこの歌を初めて知ったのは、たしか中学1年のとき、美輪さんではなく五木ひろしさんが歌っているのをたまたまテレビで見たからだったと記憶しています。
この歌は美輪さんだけでなく、いろいろな人がその歌詞に感銘を受けて歌っているのですね。
 
美輪さんがこの歌を作ったきっかけは、九州の炭鉱町の寂れた劇場で公演した時、多くの労働者がなけなしの金をはたいて聴きに来てくれたことでした。
その光景を見た美輪さんは「この人たちを励まし、慰める歌が必要だ」と思い、作ったのだそうです。
 
でも、歌詞の中に入っている「土方」という言葉が差別用語だとされ、長く民放では放送されない時期が続きました。
(意外ですが、NHKでは特に放送禁止曲とはしていなかったそうです。)
だが、サザンオールスターズの桑田佳祐さんがソロとして93年のイベントで歌ったことで風向きが変わり、ついには本家である美輪さんが2012年の紅白歌合戦で歌うことにつながりました。
紅白では出場歌手は一人3分以内という規則があるのだけれど、NHKは特例として約6分のフルコーラスで歌うことを許可してくれました。
 
「美輪さんは、本番終了後、感極まった様子で、『無償の愛、我が命を捨ててでも我が子を守るとか、思いやりが今の時代は希薄になってるから、思い出して欲しい』と涙を流しながら取材に答えていました。紅白は合計4回出演しましたが、被爆や戦中戦後の苦しい時代を経験したからこその美輪さんならではの思いがあったと思います」(スポーツ紙芸能担当記者の話)
 
【美輪 明宏 - トピック】
ヨイトマケの唄
https://www.youtube.com/watch?v=IiaOITjzRxU
[8209] 改めて 投稿者: 2026年06月28日(Sun) 16時54分03秒
 「?蜥蜴」をリンクします。」すみませんでした。

https://www.youtube.com/watch?v=NICBU6PtEBE&list=RDNICBU6PtEBE&start_radio=1
[8208] ?蜥蜴 投稿者: 2026年06月28日(Sun) 16時51分02秒
 美輪(明宏さんが91歳で他界しました。
平成24(2012)年に「紅白」で「ヨイトマケの唄」
を熱唱なさっていた姿を拝見して圧倒されました。

 最近では、美輪さんが本名の「丸山明宏」さん
として活躍なさっていた頃に上映された
「?蜥蜴」(1968年)で存在感の大きさを改めて
知りました。明智小五郎は木村功さんでした。
懐かしかったです。

 この方は間違いなく100歳を超えると思っていただけに
驚きです。

 改めて、「?蜥蜴」などの歌をリンクします。↓

https://www.youtube.com/watch?v=C7FejCxx90s&list=OLAK5uy_m6EoJJCmAFxO7YOPkijON9X9gll1_KGOE

[8207] 菅原洋一さんとなかにし礼さん 投稿者: じろう丸 2026年06月21日(Sun) 19時52分53秒
私はあるメールマガジンを購読しているのですが、その最新号に、菅原洋一さんの興味深いエピソードが記されていました。
 
菅原洋一さんは歌唱力はあるのになかなか人気が出ないでいたのですが、1964年にレコーディングした『知りたくないの』という歌が評判を呼び、大きく飛躍することになりました。
この歌は外国の曲で、原題は『I Really Don't Want to Know』。
 
ポリドールのディレクターだった松村慶子さんという人が、この歌の日本語訳詞者に当時は無名の立教大生だった なかにし礼さんを起用。
当時の なかにし礼さんはシャンソンの訳詞で知られてはいたそうですが、歌謡曲での実績は無かった。けれど、松村さんはあえて起用したのです。
なかにし礼さんは後に新聞のインタビューに答えて、『知りたくないの』について、こう述べています。
 
「あの歌は、歌唱力があるのに売れなかった菅原洋一という歌手を大きく育てました。そして作詞家としてのぼくをも」
 
でもレコーディング時には、菅原さんと なかにしさんはチョットもめたそうです。
歌いだしの歌詞の「あなたの過去など知りたくないの」の「過去」の部分が歌いにくいと菅原さんが言い出したため、なかにしさんは一晩別の歌詞を考えたのだけれど、やっぱり思い浮かばなかった。
それで、菅原さんに「やはり、これしかないよ」と伝えると、「でも、歌いづらいから、なんとかしてくれよ」と菅原さん。
 
それから二人の間でこんなやりとりが。
な「歌えるさ、歌手だったら。あんた歌手だろ」 菅「そうだ、歌手だよ」 な「なら歌ってごらん」 菅「よし、そんなに言うなら歌ってみせるよ」
 
やはり歌詞を変えなくて正解でしたね。
ちなみにこの歌は、最初はB面曲として1965年にレコードが発売されたのだけれど、1967年にジャケットを入れ替えて再発したところ、大ヒットしたのだそうです。
 
【歌チャンネルX11 heie】
知りたくないの 菅原洋一
https://www.youtube.com/watch?v=FS-BnzwmmQQ
[8206] デビュー54年 投稿者: 2026年06月21日(Sun) 18時36分16秒
今日は、チューインガムが「風と落葉と旅びと」でデビュー
してから54年になります。


 昭和44【1969】年の、双子姉妹デュオの、はつみ・ひとみの
お二人で「遊びすぎた日曜日」をリンクします。

 LLBさん、ぴ絵呂さん、フォン・ブラウンさん、みなさん
お元気でしょうか?

https://www.youtube.com/watch?v=I9-tsK1y4so&list=RDI9-tsK1y4so&start_radio=1
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