そういうとき、未来はいずれに傾くともなく平衡を示しているとき、ベエコンの多角才能は、他のもう一つの方向にも働いていた。一五九七年一月、彼の著になる小冊子が現われたのである――かつて印刷本として世に出たもののうちでもっとも注目さるべき書物であった。全六十ページのうちの最初の二十五ページは、十編の「エッセイ」で占められている。――エッセイとは、イングランドでこれが最初の言葉だった。 ――そこには、比類なき観察者の感想が、不朽の形式で表現されてある。世界の動きについての感想と、またとくに数々の宮廷の動きについての感想である。後年、ベエコンはこの感想集の収録を拡げ、題目の数を大きくすると同時に、装飾と色彩を加えて、文体を豊富にしたが、この初版ではすべてが簡潔であり、赤裸々であり、実際的でさえあった。力づよく要点に触れるほかは、いっさいの美辞麗句を駆逐した格言体が、どこまでも続く文章で「訴願者」「式典と崇敬」「追随者と友人」「支出」「取引」などという話題について彼は感想を述べている。「書物のうちのある物は味わい読まるべきであり、他の物は呑みこまるべきであり、そして少数のある物は咀嚼し、かつ消化されなければならぬ」と彼は書いているが、彼自身の著作がこのなかのどの範疇に属するかは、おのずから明らかである。そこで人は、書いてある政治的処世の方法のみならず、著者その人の性格をも、これを咀嚼しつつ、多くのものを学ぶであろう。したがって、ベエコンが生まれながらに持つ大胆と慎重の混合たる、あのふしぎな性質をも理解するであろう |