最 初 は た だ の 餌 の つ も り だ っ た
「…俺は、アホか」
みんなと同じで、俺の顔目当てでやってくる女達。ちょっと触ってやれば、甘い声を出して悦ぶ。 そして抱いてやる代わりに、血をもらう。そんな、たった一度きりの行為のはずだった。 極上の血の、綾瀬桃。いつもどおりの俺の行為で、初めて三回も血をもらった女。 モットオイシイチガホシイ…… 俺の勝手な欲望ばかり押し付けて、倒れさせた。貧血なんて、理由は俺以外ありえないよな。 初めて罪悪感が生まれた。初めて、倒れた綾瀬の顔を見て、自分が悪いことをしたと思った。 いたたまれなくなった。
『大丈夫だよっ』
無理していってるのが見え見えだった。そうさせているのはほかの誰でもなく、俺。 そんな綾瀬の顔を思い出しては、ぽつりとことばが出てくる。
「ごめん、ごめん、ごめん…」
なんでこんなに胸が締め付けられるのだろう。 「馬鹿」
心の中で、そう思った。
「藤のばーか」 「・・・・・・・穂高」 「初めてじゃねぇの?藤が三回も吸血したのって」
廊下の先には、穂高がいた。いつものように、俺のことを全て知っているかのようにたたずんでいた。
「…のぞきの趣味でもあるんか?」 「やだなあ。違うって。綾瀬桃はそんなに大事にするほどデリケートで、藤のお気に入りなわけ?」
お気に入りとか、そんなんじゃない。俺は綾瀬にそんな感情を抱いていないはずだ。
「違う」 「…じゃあなんでそんなに、依存するのさ。さっさと処女奪って、極上の血をもらえよ」 「いやだ。あいつは、そんなんじゃない…っ」
俺のことばには、不思議と熱がこもった。穂高とのただの、やりとりなのに。
「ヒトに食い物以外の感情を持つな。惚れた所で、藤は綾瀬に何をしてやれる?早く、楽にしてやれ」 「だから、惚れてなんかない…っ!!」
廊下で、俺は無意識のうちに叫んでいた。穂高は、ピクリとも動かない。
「そう熱くなるな。藤が捨てた所で、俺がちゃんと処理してやるから」
カラダが、氷のように冷たくなるのを感じた。ぽん、と穂高が俺の方に手を置く。
「藤」
耳元で俺の名前を囁き、首筋に指をやる。穂高の顔が、俺にギリギリまで近づいてきて、俺の首筋に顔をうずめた。ピチャ、と、ざらついた舌で舐められる。
「…ッ!!」 「藤はさ」
俺は手を振り解こうとしない
「俺が誰を好きか知ってるよね?だからそんな感情は
許さない」
ぞわり。ぞわり。ことばの意味に、穂高の舌の感触に、俺は身動きできなくなる。
向こうへ、行った。
「・・・・・・・・ぁ…」
俺は無気力に膝をついた。まだ、首筋には穂高の感覚が残っている。あいつの、ことばの意味。 それは、ふたとおりの意味に取れた。 ひとつは、綾瀬を奪ってしまえば、あいつは、穂高に喰われる。
もうひとつは…
「穂高になんか…やらねぇよ…っ」
惚れていなんか無い。ただの、綾瀬に対する依存だ。
『惚れた所で、藤は綾瀬に何をしてやれる?」』
吸血鬼に惚れられた女は、一生血を求め続けられる。
「惚れて無い」
自分に言い聞かせるように言ったこのことばに、なんの意味があるのだろうか。綾瀬の顔が、浮かんでは消えていく。 そんなの、今の俺にとっては苦しくなるばかりだ。穂高のことば全てが。俺の頭の中でぐるぐると回っていた。
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