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雪尋の短編小説 作者:雪尋

第7回   チカンじゃありません


「チカンじゃありません」



「この人、痴漢です!」

 満員電車の中でケツを触られた。
 だからすかさずその手を取って、高らかにかかげてやった。

 それは私のようなスーツ姿ではなく、私服を着た男性だった。肌が若い。


「えっ、えっ? ち、違います……違いますよぉ……」


 慌てて否定する私服(仮名)だったが、わたしはガッチリとその手を掴んでいる。


「往生際が悪いわね。わたしのお尻を触った代償は大きいわよ」

「そんな……違う、違うんですよ。痴漢なんかじゃありません……」


 消え入りそうな小さな声。
 自らの罪と暗い未来を悟ったか、その顔は恐怖に包まれている。

 ……まさかわたしの顔が怖いというわけではあるまい。きっと小心者なのだろう。

 だが同情なんて出来るわけがない。
 気弱だから許すなんて法則、この資本主義社会には存在しないのだ。


 停車した駅で彼を引きずり降ろして駅員室に向かおうとすると、彼はこう言った。




「違うんです……違いますぅ……わたし、女の子なんですぅ……」




 免許証を見せてもらうと、確かに女性の方であるということが理解出来た。


「………………ごめん。ごめんね、なんか……その、チカン呼ばわりしてマジごめん」

 わたしは、彼、改め彼女に深々と頭を垂れた。こういう時は潔く謝るしかない。

 おのれ犯人め、お前のせいで屈辱と要らぬ恥をかいてしまったじゃないか。


「本当にごめんなさい。なにかお詫びがしたいわ。何でもいいから言ってちょうだい」

「そ、そんな……いいですよ……男の子みたいな格好してる私も悪かったですし……」


「わたしの気が済まないの。お姉さんに何でも言ってちょうだい」

 断られる事三回。強気で攻めまくること四回。そしてついに彼女は折れた。


「じゃあ……その…………変なお願いでもいいですか?」

「おう。ばっちこい」



「えっと……お姉様って呼んでもいいでしょうか……その強気さが素敵なんです……」



 確かに彼女は痴漢ではなかった。

 痴漢とは、痴態行為をはたらく男、という意味だからである。日本語って難しいね。

 ついでに言うなら、彼女の言った「お姉様」というのは、若干性的な意味を持つ言葉だった。


「やっぱお前が犯人か! ちょっと駅室来い! だぁぁぁぁでも訴えづれぇぇぇ!」


「ちっ、違います!そういうのじゃ、ただ、ちょっと前から憧れてただけなんです!」


「……前から? ……う、うわあああああ! コイツ怖ぇぇぇ!」



 この痴女! そう叫ぶと、彼女はいっそう嬉しそうな顔を浮かべたのだった。





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Novel Editor by BS CGI Rental
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