「チカンじゃありません」
「この人、痴漢です!」
満員電車の中でケツを触られた。 だからすかさずその手を取って、高らかにかかげてやった。
それは私のようなスーツ姿ではなく、私服を着た男性だった。肌が若い。
「えっ、えっ? ち、違います……違いますよぉ……」
慌てて否定する私服(仮名)だったが、わたしはガッチリとその手を掴んでいる。
「往生際が悪いわね。わたしのお尻を触った代償は大きいわよ」
「そんな……違う、違うんですよ。痴漢なんかじゃありません……」
消え入りそうな小さな声。 自らの罪と暗い未来を悟ったか、その顔は恐怖に包まれている。
……まさかわたしの顔が怖いというわけではあるまい。きっと小心者なのだろう。
だが同情なんて出来るわけがない。 気弱だから許すなんて法則、この資本主義社会には存在しないのだ。
停車した駅で彼を引きずり降ろして駅員室に向かおうとすると、彼はこう言った。
「違うんです……違いますぅ……わたし、女の子なんですぅ……」
免許証を見せてもらうと、確かに女性の方であるということが理解出来た。
「………………ごめん。ごめんね、なんか……その、チカン呼ばわりしてマジごめん」
わたしは、彼、改め彼女に深々と頭を垂れた。こういう時は潔く謝るしかない。
おのれ犯人め、お前のせいで屈辱と要らぬ恥をかいてしまったじゃないか。
「本当にごめんなさい。なにかお詫びがしたいわ。何でもいいから言ってちょうだい」
「そ、そんな……いいですよ……男の子みたいな格好してる私も悪かったですし……」
「わたしの気が済まないの。お姉さんに何でも言ってちょうだい」
断られる事三回。強気で攻めまくること四回。そしてついに彼女は折れた。
「じゃあ……その…………変なお願いでもいいですか?」
「おう。ばっちこい」
「えっと……お姉様って呼んでもいいでしょうか……その強気さが素敵なんです……」
確かに彼女は痴漢ではなかった。
痴漢とは、痴態行為をはたらく男、という意味だからである。日本語って難しいね。
ついでに言うなら、彼女の言った「お姉様」というのは、若干性的な意味を持つ言葉だった。
「やっぱお前が犯人か! ちょっと駅室来い! だぁぁぁぁでも訴えづれぇぇぇ!」
「ちっ、違います!そういうのじゃ、ただ、ちょっと前から憧れてただけなんです!」
「……前から? ……う、うわあああああ! コイツ怖ぇぇぇ!」
この痴女! そう叫ぶと、彼女はいっそう嬉しそうな顔を浮かべたのだった。
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