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雪尋の短編小説 作者:雪尋

最終回   The Heaven's Stairway



「ヘヴンズ・ステア」



 僕は車にフッ飛ばされて死んだ。

「うぉぉぉ……! 死んだ! 死んじまった! どうしよう!」

 僕(幽霊)はしばらく自分の身体(ご臨終)の回りをフワフワと浮いていたけど、どうしようもなかった。僕の体は救急車で運ばれたけど、幽霊である僕は事件現場に取り残される。

「し、死んでしまった……こんなにアッサリ…………」

 なんてこった。やり残した事とか超あるし、人に見られたら恥ずかしいモノがたくさんあるし、やらなきゃいけないことだって山ほどあるのに!


「うぐぐぐ……死んだ! 死んだ? 僕・イズ・デーッド!!」


 駄々っ子のように暴れ回ってると、天から一筋の光が降り注いできた。

 その光は階段に変化して、僕の目の前にそびえ立つ。


『マサルよ……マサルよ…………こちらへ昇ってくるのです……』

「くそう……呼ばれちまった……」


 これが天国逝きの道か。ヘヴンズ・ロードか。いや、階段だからヘヴンズ・ステア?

 天からのお迎え、という言葉があるけど自分で行けってか。

 世界は最期の最後まで僕に優しくしてくれないらしい。

 そんなことはどうでもいい。

 僕は、僕を轢き殺した運転手を呪うのも忘れてトボトボと階段を上り始めた。



『マサル……マサルよ……こちらへ昇ってくるのです……』

「へーへー。分かりましたよ……昇りゃーいいんでしょ、昇りゃー」

 肉体は無いのでキツくはないのだけれども、階段は異様に長くて先を眺めるだけでゲンナリした。重力から解放されたのだから、シュパッと召してくれりゃいいのに。


『マサルよ……マサルよ……道を選ぶのです……』

「あ?」

 ふと気がつくと、階段が二手に分かれていた。


「なんじゃこりゃ」

 階段の踊り場には奇妙な看板がかけられていた。


【天国クイズ@。 
 貴方はパンを二つ持っています。そして目の前には飢えた人が】

(右の階段) 分け与える
(左の階段) パンを得る方法を教える


「………………」

『マサルよ……マサルよ……道を選ぶのです……』


 僕は神様(?)に尋ねた。


「あのー、これって間違えたらどうなるんですかね?」

『マサルよ……マサルよ……地獄に堕ちます……』


「ひでぇ」


 僕は頭をかかえた。

 なんだこれ。なにが天国クイズだ。まるで悪魔のクイズじゃねーか。
 だって、クイズ@、なんだろ? AとかBとかCとかあるんだろ?

 一問でも間違えたら地獄逝きって、そりゃ難易度高すぎるだろ。
 しかもクイズの内容が嫌らしい。

 パンを与える? パンを得る方法を教える?

 そんなもん、どっちも正解じゃねぇか! 


「あのー、お尋ねしますけど……パンを与えつつ、パンを得る方法を教えるっていうのはアリですかね?」



『マサルよ……マサルよ……大正解……』



 神様(?)は相変わらずのローテンションな声で応えた。

 光が降り注ぎ、道の真ん中に新しい階段が現れる。

 っていうかアリなのかよ! 選択肢無視していいのかよ!!


『マサルよ……マサルよ……進むのです……』

「………………いや、まぁ、いいんだけどさぁ」


 なんて嫌らしいクイズだ。

 選べ、と言っておきながら正解は「選んじゃダメ」だなんて。

 一問目で気がつけて本当に良かった…………。

 というかコレ、人によって正解違うんじぇねぇの?

 博愛精神に満ちた人なら即座にパンを分け与えるだろう。それは愛だ。

 餓えの根本的解決を図らせるのも、力強い優しさだろ。それも愛だ。


 諸々の不満はあったけど、とりあえず僕は真ん中の階段を進んだ。


『マサルよ……マサルよ……こちらへ昇ってくるのです……』

「はいはい……昇ってますよ……」


 そしてしばらくすると、また同じフレーズが聞こえてきた。
 選べ、ということらしい。

【天国クイズA 
 目の前に傷ついた小鳥が。どうやらもう助かりそうにありません】

(右の階段) なんとか助けようとする。
(左の階段) 苦しみを取り除くために、命を絶つ



「これはまた、なんとも……」


 今度はどっちも不正解系だ。

 なぜなら、どちらの選択肢も人間のエゴでしかない。

 救えないものを救おうとする行為は高潔だ。しかし、叶わない希望を与えることは絶望を強くするだけだ。
 そして命を絶つなんて論外だ。それは傲慢な同情でしかない。

 この場合における僕の正解は……。


「自然の流れに任せます。それは僕が介入していいことじゃないから」

『マサルよ……マサルよ……大正解……』

 再び中央に階段が現れた。

 なるほど、なんとなくルールがつかめてきた。

 どうやら「大正解」を出し続ければ、僕は天国に逝けるらしい。


 そして歩みを進めると、お馴染みのフレーズと共に、三つめの踊り場が現れた。

【天国クイズB 
 恋人が盗賊にナイフで刺されてしまいました。犯人が目の前に。
 貴方の手には何が握られていますか?】

(右の道) 剣
(左の道) 盾


 ふむ……。復讐と、防御か。

 復讐は神様好みではないだろうから、消去法で盾ということになるよな。

 しかし……@とAは選択肢外が正解だったんだよな……。


「えーと……ヒントとかもらえますか?」

『マサルよ……マサルよ……道を選ぶのです……』


 ライフラインは無いらしい。

 考えろ。今までのパターンだと、正解はどちらでもない。

 考えろ。恋人……盗賊……ナイフ……犯人……剣と盾…………ん?

 待て。少しおかしいぞ。なんか違和感があるぞ。

 盗賊、剣、盾?


 ――――どんな時代設定なんだそれ?


 正義は時代背景で変化する、というのが僕の中の持論だ。

 そして盗賊、剣、盾、という言葉から連想するのは中世の世界だ。欧米的な。

 しかし、こちとら平成を生き抜いた日本人である。

 そんな僕の正義は、最も正しい行いは。頼るべきは。見たこともない剣と盾ではない。


『マサルよ……マサルよ……道を選ぶのです……』

「……携帯電話。僕は携帯電話を持っています。それで救急車と警察を呼びます」


『マサルよ……マサルよ……大正解……』


 今までのクイズで最も意地悪だと、僕は感じた。


「意地悪すぎませんかね」

 感じたから素直にそう言った。

『マサルよ……マサルよ……昇るのです……』

「……クソッ」


 そもそも「選べ」と言っておきながら、僕は結局は口頭で答えている。
 そう、僕は「選んでいない」のだ。なんだこれ。本当に天国クイズか?

 僕は現れた中央階段を前にして、天に問いかけた。

「あなたは誰ですか?」

『マサルよ……マサルよ……昇るのです……』

「シカトかよ」


 とりあえず進んでみた。
 そして、また同じような場所で、選べと、お約束のフレーズが聞こえてくる。

【天国クイズC 
 貴方は浮き輪を一つ持っています。右側では母が溺れ、左側では恋人が溺れています。
 さて、どちらに浮き輪を投げ渡しますか?】

(右の道) 母
(左の道) 恋人


 僕は何も考えずに答えた。


「浮き輪を装備して、両方助けるに決まってるじゃないですか」

『マサルよ……マサルよ…「はいはい。進みますよ」…大正解』


 もうなんでもいいや。かかってこいや。

 そんなふて腐れたような気持ちで進むと、また天国クイズですよ。


【天国クイズD 
 貴方はとても苦しい拷問を受けています。そして、それに耐えきれなくなりました。
 手には拳銃。弾丸は一発。そして、貴方の大切な友人も拷問されています。
 貴方と友人は、死による安寧を求めています。どちらを撃ちますか?】

(右の道)自分
(左の道)友人
 


 拷問係を殺して、二人で逃げる。


 とっさに浮かんだ答えはコレだったが、限りなく正解だと思えたが。

『マサルよ……マサルよ……選ぶのです……』

 相手は、天上の者だ。誰かを殺すなんて選択肢が正解だとは、思いたくない。

 だが同時に不信感もある。
 宗教の大半は、自殺を禁じている。その宗教は人間が作ったものだろうけど、神様だって自殺は否定するだろう。
 自分で自分を壊すロボットなんて、人間でも創らないし、見たくもない。

 だけど問題文にはキッチリ「死による安寧を求めています」と書かれている。


 なんだこれは。

 誰なんだ、お前は。


「あんた……一体、何なんだ? 僕に何をさせようっていうんだ?」

『マサルよ……マサルよ……道を選ぶのです……』

「……オフクロじゃあるまいし、下の名前連呼すんなよな」

 目的不明
 思惑不明。
 意味不明。

 僕は階段を上る。
 クイズに答える。ただし選択肢以外の答えで。

 神様だとか、この道が天国に続いてるとかは、全部僕の先入観によるものだ。
 確かに彼(?)は「間違えたら地獄逝き」と言ったけれど。
 その逆が天国だなんて、彼は一言もいっていない。

 思考は横道にそれていたけど、何度目かの『マサル……』という呼びかけに僕は反応した。

 思いついた答えは二つ。

【一列に並んで、一発の弾丸で二人とも死ぬ方法】と。

 そして、もう一つは。僕が選んだ答えは、希望にすがること。


「……どっちも殺さないよ。死にたくても、我慢するよ。いつか二人で笑うために」

『マサルよ……マサルよ……大正解……』


 ため息がこぼれた。


「全問正解したら僕はどうなるんだ?」

『マサルよ……マサルよ……昇るのです……』


 温かい声だけど、冷徹で機械的な応答。

 僕は少しだけ「ぞくり」と身体を震わせたけど、歯を食いしばって階段を上った。




【天国クイズE 
 百人を殺した男が逮捕されました。
 殺害の理由は「殺すのが楽しかったから」
 冒頭陳述では「出所したらまた人をたくさん殺したい」
 さて、貴方は裁判官です。この男を赦しますか?

(右の道) 死刑
(左の道) 赦す


 赦す……許すわけがないだろ!

 そう叫びそうになった。

 なんだこのクイズとやらは。僕を馬鹿にしているのか?

 死んでしまった、殺されてしまった僕に対する、冒涜じゃないか?


 命は重いんだ。無くしてから初めて気がつくけど、死ぬって重大なことなんだ。

 そんな僕にし対して、快楽殺人者への罰の有無を問うなんて馬鹿げてる。


 あれか? そんなに「お前好みの答え」を言い続けないといけないのか?

 ふざけやがって! 

 死刑だ。死刑にしてしまえ。はいはい、審議終了。



――――だけど。

 そう、『だけど』だ。

 死刑制度について語るつもりはないが、今僕はドコで何をしているかを考えろ。


 人間が作ったルールなんて、ここじゃ通用しそうにない。

 そして何より、今までの「大正解」は全て選択肢外のモノが答えだった。

 そして僕が下す決断は、無期懲役でも他の罰でもなく、あたりまえの決断。


【罰を決めない】こと。


 それは本当に当たり前のことで。

 だから、クイズを見た瞬間に答えは出ていたわけで。

 それから僕はキレたので。

 順序にしたがって口を開くのなら、答えて、キレるのが正しい。


「独りじゃ決められない。みんなの意見を聞いて、それから判決を下します」

『マサルよ……マサルよ……大正解……』


 僕は答えたな? 大正解だと、お前は言ったな?

 キレても、いいんだな?


 ふざけんな。


「ふざけんな!」

『マサルよ……マサルよ……昇るのです……』


 唐突に命を亡くして、意味不明な状況下におかれて、正体不明の階段とクイズ。

 僕は知らずに追いつめられていて、精神的にいっぱいいっぱいで。

 そして、ストレスフルな心は爆発して。


 そんな荒れた僕の心中は、無機質な声でいっきに静まった。

 煮えた鍋をナイフで一刀両断にして、全てが台無しになったような、そんな感覚。


「……いいぜ、上等だ」

 一発殴ろう。

 人をコケにしやがって。
 
 胸に怒りと僕なりの正しさを、正義を抱いて燃やし上げる。

 それが自身を燃やし尽くす前に、灰になる前に、最高潮の迎えた瞬間。

 僕の目に飛び込んできたのは 「最後」 という文字だった。


【天国クイズF
 最後のクイズです。
 貴方は、どちらの道に進みますか?】

(右の道) 天国
(中央の道) 来世
(左の道) 地獄


 今度は最初から三つ目の道が出来上がっていた。

 天国と、地獄と、来世。

 自身の罪を浄化するとされる場所、煉獄はなかった。

 ……もしかしたら、ここがその煉獄だったのかもしれない。


 天国、地獄、来世。

 どうやら本当に最後らしい。なにせ、質問が究極的だ。

 今までのルール……っぽい意図によるなら、天国か地獄、というのが本来示されるべきルートだろう。そして大正解とはそのどちらでもないはず。

 しかし今回のには「来世」がある。

 それも、例外的と思われる三本目の道に。


 例外を選ぶのが、選択肢外を選ぶのが、今までの「大正解」だった。

 それに則るなら、三本目の道、来世を選ぶのが大正解なんだろう。


 しかしここまでたどり着いた僕には、明確な目的があった。

 天国? 地獄? 来世? いいや、どれも違うね。


 僕は自分が見つけた最初のルールを信じることにした。

 それは 「答えはいつも選択肢の外側」

 大切なのは、僕が正しいと信じて、考え抜いて答え。

 今から出す答えは「間違っている」って確信があるけれど。

 それでも、僕は道を選ばずに、自分の行く先を決断する。


「僕はちょっとお前に話しがある。だから、お前に通じる道を示してくれ」

『マサルよ……マサルよ……選ぶのです……』

 シカト上等。

 僕は声が応えるまで、何度でも叫んだ。

 何度も、何度も、何度も。


『マサルよ……マサルよ……選ぶのです……』

 同じ言葉が繰り返されたけど、途中で僕は自覚した。

 たぶん、僕の心はもう折れない。



「選ばねぇ。僕は決めたんだ!!」



 頼むから一発殴らせろよ!

 瞬間。目もくらむような閃光に僕は包まれた。

 まるで全方位からライトを当てられているような。視界の全てが光源であるような。

 太陽に包まれているような。そんな光景だった。

「っ…………」


 白い。

 白という色は、光を反射する。

 それはなぜか。白は光に最も近いからなのかもしれない。

 そして純白の光景の中。全てが照らされている故に何も見えない光景の中。


『マサルよ……マサルよ…………』


 声が聞こえてきた。


『マサルよ……マサルよ……貴方の答えを、今一度答えよ……』

「答えを……もう一度……?」


「マサルよ……マサルよ……。

 貴方は一問目で、飢えた人にはパンと、パンを得る術を教えようとしました……。
  ――――それは、とても愛のある答え。

 二問目では、小鳥を助けず殺さず、自然の流れに任せると言いました……。
  ――――それは、とても正しい答え。

 三問目では、大切な恋人を助け、犯人を正しく裁こうとしました……。
  ――――それは、とても強い答え。

 四問目では、その身体一つで二つの命を救おうとしました……。
  ――――それは、とても優しい答え。

 五問目では、逃げることなく困難に立ち向かおうとしました……。
  ――――それは、とても勇敢な答え。

 六問目では、義憤の妄執と、日和見主義から逃れ、正しさを貫こうとしました……。
  ――――それは、とても秩序ある答え。

 そして七問目では、安易な方向に流されず、自分の目的を果たそうとしました……。
  ――――それは、とても素直な答え。


 ……ああ、そうだ。全部お前の言うとおりだ。だから何だっていうんだ。


『マサルよ……マサルよ…………最後の、そして本当の問いかけです……』



 お前は
  今まで
   そうやって生きてきたのか?


「グッ……!?」

『マサルよ……マサルよ……答えるのです』


 愛をもって、正しく、強く、優しく、勇敢に、秩序をもって、素直に。

 お前は
  今まで
   そうやって
    力強く
 決断してきたのか。

 お前は
  今まで
   不屈の心で
    正しいが、困難な道を
     確固たる意志で選んできたのか


 真っ白な光景の中、二つの道が浮き上がってきた。

 階段ではない。今度こそ、道だった。

 まるでここが一番高いところだと言わんばかりに。

 ここが頂点であり、到達点であり、最期に至る場所なのだと、言わんばかりに。


右の道 (自分は今まで、そういう風に生きてきた)
左の道 (自分は今まで、そういう風には生きてこなかった)


 ゾクリ、とした。


 どちらを選んでも、嘘を含む。

 右の道は、その答え自体が嘘だ。

 左の道は、今までの答えが嘘になる。


 選べない。


 だが落ち着け。慌てるな。

 今までだって、そうじゃないか。

 道は選ばなくていいんだ。道は、決めればいいんだ。

 第三の道があるはずだ。今回も真っ直ぐ進めばいいじゃないか。


『マサルよ……マサルよ……三つ目の道はありません……』

「な!?」


『マサルよ……マサルよ……今度こそ、選ぶのです……』

「そ、そんな……」


『マサルよ……マサルよ…………マサルよ……真実をここに示すのです……』


 神……か、どうかは分からないが、もう神と呼ぼう……神は、道を用意した。

 それは究極の二択。


 自分が、今までの人生を正しく生きてきたのか否か。


 僕は答えを……何が正しいかを知っている。

 それは神が「大正解」という言葉で証明してくれた。

 しかし、僕は、はたしてその「大正解」通りの生き方をしてきたのだろうか?

 答えは一瞬で出る。

 答えは、否だ。


 愛をもって、正しく、強く、優しく、勇敢に、秩序をもって、素直に……。

 僕はそんなふうには、生きてこなかった。


 愛をもって、正しく、強く、優しく、勇敢に、秩序をもって、素直に生きる人間?  

 そんな人間がいたら、まさしく天国逝きだろうさ。

 ああ、僕が保証する。神に保証された僕が約束しよう。天国逝きだ。

 だが僕は。本当にそんな生き方を、正解を選び続けてきただろうか?

 繰り返す。答えは、否だ。


『マサルよ……マサルよ……三本目の道は無い……選ぶのです……』

「………………」

『マサルよ……マサルよ……』

「………………」

『マサルよ……マサルよ……』

「……………………」

 僕はダメ元で、こう尋ねた。


「……来世では、正しく生きると誓おう」

『マサルよ……マサルよ……選ぶのです……』


「今度はちゃんとする。強く、正しく、愛と共に生きる。本当だ」

『マサルよ……マサルよ……選ぶのです……右か、左か。すなわち肯定と否定を……。三本目の道はありません……』


 三本目の道は用意されなかった。

 タイムリミットはあるのだろうか。

 あるかもしれないし、無いかもしれない。

 けれど僕が道を選べない以上、それは考えるまでもないことだ。

 選ばなければ、僕は永遠に選べなくて、ここで終わる。



 だから僕は決断した。

 選ばずに、決めた。
 与えられた選択肢から選ぶのではなく、自分が最も正しいという答えを、決めた。

 長い時間はかかったけど、僕なりに正しい答えを。


「答えは……ノーだ。僕は全てにおいて正解を選んできたとは、とても言いがたい」

『マサルよ……マサルよ……ならば』


 そう。僕は選択肢から選ばなかった。
 心から願ったのだ。
 真摯に誓ったのだ。

 決断したのだ。


「だから、僕はこうする……いや『こうしたい』んだ」


 僕は左右の道に背を向けて。

 存在しない三本目でなく。

 確かに続いている、四本目の道を選んだ。


 それは後ろに続いている、地上への道。

 真っ直ぐに伸びた大正解のレール。


「僕は地上に戻りたい。出来ることなら、やり直したい」

『マサルよ……マサルよ……』


「僕は死んだよ。ああ、死んださ。でも、このまま終わるなんて耐えられない……!」

『マサルよ……マサルよ……』


「来世では真人間? 聖人? それもいいだろうさ。でも、そうしたらこの僕はどうなる? 今までの僕は? 間違っていた。ああそうさ。僕は間違って生きてきた。それが当たり前だった。でも今わかったんだ。僕は、間違っていた」

 愛を誤解して。
 正しく生きられなくて。
 強いモノに屈してきて。
 優しくなれなくて。
 勇敢なんて言葉は見えないふりをして。
 都合のいい秩序しか持たなくて。
 素直さは、少年時代に置き去りにしてきた。

 ああ、走馬燈じゃないけど、この高みまで昇って僕は自分を振り返ったんだ。

 そして抱いた感情は、自分の人生に対する感想を一言で表すなら。


 後悔。


「ダメなヤツのまま終わりたくなんてないんだ……!!」

『マサルよ……』


「だから僕は、戻りたい。生きて、やりなおしたい。来世じゃなくて今世を……!!」


 それは既にワガママな、駄々っ子みたいな悲鳴だったけど。

 それはまぎれもない僕の本心。僕の中の真実。


「地獄に堕ちるかもしれない。迷子になるかもしれない。消滅する可能性が一番高い……けど! だけど!」


 選んだ道が大正解じゃなくても。

 それでも僕は、嘘をつきたくないんだ。


「僕は戻りたい! 決めたんだ! だから、僕はこうする――――!」


 愛を望んで、正しさが欲しくて、優しくしたくて、確固たる秩序を求めて、そして強く、勇敢に、素直に、僕は今まで昇ってきた道を振り返った。


 純白の眩しい光景に背を向けた瞬間。


『マサルよ……マサルよ……それは、大正解に成り得るかもしれない……』

 そんな声が聞こえてきた。



 ――――バイタル戻りました!
 ――――よしっ! 引き続き処置にあたれ! いいか、絶対に助けるぞ!
 ――――脈拍が乱れています!
 ――――うっせぇ! いいか、何が何でも助けるぞ!
 ――――心停止しました! 先生!
 ――――騒ぐな! 今まで、何のために生きてきたッ! 助けるためだろうが!!




 ふと目を開けると、それは白でも黒でもなく、クリーム色をした天井だった。

「……天上じゃなくて、天井……か。は、は、は」


 五感は正常に機能していない。

 息苦しいし、全身は痛いし、身動きは取れないし、気分も具合も悪い。

 けれど、そういう痛みと不具合が僕の存在を証明しているような気がして。


「…………やりなおして、いいのかな」


 そんな言葉と共に、僕は笑顔を浮かべた。


 生きている。

 そして僕は正解を知っている。


 生きて、いくんだ。


 もしかしたら、全部幻覚だったのかもしれない。

 現代の資本主義と科学主義と常識に則るなら、幻覚だと言い切る方が正しいだろう。


 でも僕は、それを見たんだ。

 なら、もう一度見るかもしれない。


 いつかまたあの場所へ至る時。

 嘘なんて一つもつかないでいいように。



 そうしたら、神様だって一発のパンチくらい許してくれるかも知れない。

 でもやりなおすチャンスをくれたみたいだから、僕も神様を許してやろう。


 柔らかな風がほほに、祝福のキスをしてくれたように感じられた。




                       了




――――Thank you for reading.

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