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雪尋の短編小説 作者:雪尋

第37回   無敵を目指した男

「無敵を目指した男」


 我が生涯は剣と共にあり。そのような心情を抱いて故郷を離れた若者がいた。その者、生まれは卑しく、育ちは貧しく、されとて心だけは金剛石のように堅く美しく。彼がそのような奇跡的な性根を得たのは、ひとえに父の教えによる所が大きかった。彼の父は農奴の出であったが、優れた人格者であった。
『生まれや育ちなぞ、己の器の飾りに過ぎぬ。運命は努力によって変えられる』
 若者は与えられた卑しさと、己を負かそうとする貧しさに反逆するために、何にも負けない己になるため侍を目指した。当然、身分の低い者が侍――宮仕えであり、支配者層の一員――になるのは酷く難しいことである。しかし若者は努力によってそれは覆せると信じ、旅に出たのであった。

 若者は合戦跡地で剣を拾い、野党と戦い、残党のせん滅戦を手伝い、時には金で雇われて刺客になり、ある時は腕自慢の武芸者に挑み、そのことごとくで勝利を収めた。
「私は人を斬る理由を持っていないが、成すべき目標がある。その近道が人斬りならば、私は人斬りと呼ばれよう。例えこの修羅道の果てが底なしの沼であろうとも」
 若者は成熟し、優れた武芸者として名をあげた。東の国随一、常勝無敗、人斬り鬼、天領の剣、様々な呼び名が彼には与えられた。巷に溢れる「国士無双」と違い、彼は本物であった。そんな彼が好んだ通り名は「無敵」それは彼が目指していた目標を完璧に体現していた。――――いつしか彼は、数多の剣客だけでなく卑しさと貧しさすら打ち倒すことに成功していた。そのあまりの強さに目を付けた城主が、彼を侍として雇用したのである。こうして彼は目的を果たしたのである。即ち、無敵。
 賃金を得て、名声を得て、妻と出会い、子をもうけた。万人は彼のことを「まさに無敵の侍よ」ともてはやし、彼もそれを自負して永らく修行を続けた。父の教え通りに、今までの生き方通りに。
 無敵に挑む者は多かった。武芸者、通り魔、道場荒らし、時には城主の意向により遠方の侍と剣を交わせることもあった。彼はその全てに勝利し、無敵を証明し続けた。

 長き時が流れ、彼にも老いが見え始めた頃。彼は一度故郷に帰ることにした。父に妻と孫、それに立派に目的を果たした自分の姿を披露するためである。だが故郷で彼を待っていたのはみすぼらしい墓であった。彼は一筋の涙を流し、久しいボロ屋で一夜を明かした。そしてその晩――――彼は夢を見た。
『久しいな息子よ。立派になったものだ』
「父上……はい、私は父上の教えを守り、己の運命を望むべき人生にして参りました」
『息子よ。お前は確かに立派になったが、それは果たしてお前が本当の望んだ人生か?』
 目がさめた彼は、首をひねりました。いまの夢は何だったのか。亡き父は何を自分に告げたかったのか。確かに自分は何にも負けない、無敵の侍となったはずなのに。
 故郷を後にして城下へと戻る道中。彼は野党に襲われた。多勢に無勢であったが彼は無敵。傷一つ負うことなくその全てを打ち倒した。だが……妻は無敵ではなかった。野党の一撃から子供を守るために、自分自身を盾にして……妻は死んだ。彼は深く悲しみ「何が無敵か」とその時初めて自分を罵った。

 その後、彼は城主の元へ赴き剣を置くことを宣言した。なにゆえ、と問う城主に彼はこう答える。
「私は無敵という言葉の意味を取り違えておりました。何度勝利を経ても敵は増える一方。私は無敵を証明するために、無限の敵を増やしていたのです。そしてそれは永遠に終わらない。底なしの沼どころか、同じ所をグルグルと回る犬かと存じます。その不毛さに気がつきました。それが剣を置く理由」
「だが生きている限り敵は尽きぬもの。それを全て倒してこそ無敵なのでは? 考え直すのだ」
「当主様。尽きぬ敵を倒す剣に意味はございますか? 少なくとも、そこに私の欲するものは無かった」
 彼は呟きました。「私はあの時、敵なぞ相手にせず家族のために逃げるべきだったのだ」と。
 こうして彼は敵と戦うことを止め、白旗を上げ続けました。やがて地位は失墜し、名声は途絶え、彼は貧しい身となりました。まるで父のように。彼が手本とした父のように。穏やかに、静かに。
 今では誰も彼に剣を向けません。そう、彼は本当の意味で無敵になったのでした。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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