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雪尋の短編小説 作者:雪尋

第36回   僕の入社試験 〜無人島開拓編〜

「僕の入社試験 〜無人島開拓編〜」


「無人島に行くとしたら、何を持っていきますか?」

 あの面接官の質問に、僕は何て答えたんだっけ。僕はそう思いながら無人島に建てられたプレハブ小屋の前で途方にくれた。

 どうしてこうなったのか。

 とにかく僕は入社テストの一環ということで広大な無人島に連れてこられたのだ。え、でもそんなテストって法律的にアリなの?

「水や食料、一応は発電機と家電もあるみたいだけど……どうしろっていうんだ?」

 与えられた使命は「迎えが来るまで無人島で生活しなさい」という、意味不明なもの。最悪なのは「何日ここで生活するのか」という明確な終わりが無いということだ。携帯電話を初めとする通信機器は無いし、ここがどこなのかもよく分からない。情報化社会なのに情報が入ってこない。

「生活しろって……のんびり暮らしてればいいのか?
 それとも何かしないといけないのか?」

 そういえば健康診断を受けさせられたり、山のような誓約書を書いたような気がする。あの時は入社するために何でもやったが、冷静になって考えればかなり恐ろしいことだ

 プレハブ小屋の中に置かれたギブアップボタン。これを押せば迅速に迎えが来るらしいけど……。

「…………まぁいいや。とりあえず、生活してみよう」

 僕は水や食料の量から、この生活が最長でも二週間程度で終わると予想して、しかし一応の警戒から一ヶ月は暮らせるような食料調整をほどこした。こうして、期待と不安の無人島生活が始まった。





【三ヶ月後】

 いや、さらりと言えるほどの期間ではないけど――――とにかく三ヶ月が経った。


「いつまで経っても迎えは来ず。……あの会社、潰れたんじゃねぇだろうな」

 日に焼けて真っ黒になった僕は苦笑いを浮かべた。すっかり無人島での暮らしに適応してしまった僕は、埃を被ったギブアップボタンの前で腕を組んだ。

「うーん。あんまりにも暇だから水源確保したり畑とか弓矢とか作ったりしてはみたけど……いい加減に社会復帰しないと、僕の人生が狂っちまうなぁ。このままじゃ社会人じゃなくて狩人になっちまう」

 ここで暮らすのには慣れた。元々一人で行動するのが好きだったし、就職競争で疲れ切った僕には良いリフレッシュにもなった。しかし「慣れ」と飽き」はよく似ている。

 このテストがいわゆる脱落式だとして、三ヶ月も暮らしたのだから十分上位だろう。

「というわけでギブアップ。もし失格だったら農家になろう。野菜を作るのは楽しい」

 僕は満足感を覚えながらギブアップボタンを押した。

 付くべきランプは、付かなかった。


「――――は!? ちょ、ちょっと待て。壊れてんじゃねぇかこれ!」



【一年後】

 ……うん。まぁ、とにかく一年が経ったんだ。声を出すことを止めた僕は今日も無言で海を眺めていた。一時期は発狂しそうだったが、悟りを開くことに成功した僕は実に有意義な毎日を送っていた。

 酒や煙草も無いので以前よりも健康になったような気もするし、食料は自給自足で十分にある。

(ここで一生暮らすのもいいな。病気とか怖いけど。
 ああ、それにしても誰かと話したい……)


 明日の天候は晴れ。海と空を見ながら天気予測していると、水平線の向こうからヘリコプターが飛んでくるのが見えた。そういえば入社テストだったな、と思いながら僕はヘリに手を振った。

 僕は本土につくなり病院へと搬送されたけど、検査結果の結果は「すげぇ健康」だった。どうやらあの無人島の風土は僕に合っていたらしい。

 僕としては当たり前の結果だったけど、周囲の人々は本当に驚いていた。
 発狂もせず、五体満足で、しかも血液さらさら。ダイエットどころか筋肉までついているので完璧な肉体改造と言えるだろう。それをたった独りで、無人島で達成するのは常人にはちょっと難しい話しらしい。

 無人島で暮らす才能でもあったのかな、などと思って病室を出ると、社長と役員が僕に土下座していた。

曰く「書類のミスで、君があの無人島で生活しているというデータが失効されていた。本当にすみませんでした。あとギブアップボタンは電池切れでした」とのことで。

 ずいぶんとつまらない理由だ。もっとドラマチックだったら良かったのに、ただのミスかよ。連日報道のおかげで有名にはなれたけど。

――――十分な償いをする、と社長は僕に言った。

 償い。
 この場合、もっとも手っ取り早いのは金だ。慰謝料だ。
 しかも就職だって出来るだろう。

 金と仕事が、手に入る。

 一年前の僕が、喉から手が出るほど欲したものだ。

 だけど、どうだ。あの無人島の暮らしは。あそこには仕事もお金も無かった。
 でも自分は健康的に、時に楽しく、時に寂しく、充実していた。

 あの島には「あるモノ」以外の、全てが揃っていた。

 そして僕に必要なのは――――。
 

 自分が欲しいものと、必要なものがはっきり分かった時。

 僕の心は悟りを開いた時のように澄み切っていた。



「じゃあ、あの無人島くれよ。あと開発資金も」



 開拓は終わっている。

 僕は無人島をもらって、環境を整備し、そこに様々な人を誘致し。

 ちょっとした村を作った。


 僕の無人島《パラダイス》に足りてなかった唯一のもの。人間。

 
 こうして僕は入社テストを経て「村長」という肩書きを手に入れたのであった。 




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Novel Editor by BS CGI Rental
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