■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

雪尋の短編小説 作者:雪尋

第30回   必勝法は無いけれど

「必勝法は無いけれど」



『○×物産の株価がヤバイ。買っておいた方がいいぞ!』

 今日も僕は電話口で彼のデタラメな話しを聞き流す。

「はいはい。そりゃ大変だ。僕の分までせいぜい儲けてくれよ」

――――彼は僕にとって株友達ではなく、大事なクライアントの一人だ。僕の本業は探偵で、彼はちょいちょい仕事を回してくれている。株友達になってから久しいので対応はおざなりに、言葉遣いも遠慮が無くなったけれど、その分だけ会話の量は増えた。

『そうは言うながな、資金が足りねーんだ! お前が買っとけって! 絶対儲かる!』

「株取引で絶対儲かる、なんて言葉を使うのは犯罪者だけだよねぇ」

『詐欺でもインサイダーでもねぇよ!市場を観測する俺の純然たる勘だ!勝率八割!』

「勝率八割でなんで資金割れすんだよ。生粋の馬鹿かお前」

『馬鹿て。お前なー、依頼主に対する敬意とか無いわけ?』

「じゃあ依頼しろよ。今のお前はただの……なんだろう……ええと、知人?」

『じゃあ依頼すんよ。○×物産の株を買え! ぜったい、ぜったい儲かるから!』

「依頼料払えよ」

 彼は『チクショー! なんで俺の親切心が理解出来ない!』と叫んで電話を切った。


 ……確かに、彼は本当に親切心だけで言っているんだと思う。僕が○×物産の株を買っても、彼に利益は発生しないのだ。
「俺のアドバイスで儲けたんだから、分け前を……」という脅迫めいた言いがかりを付けたりするような人間ではない。いい人なのだ。……だが大変残念なことに、彼の勘はほとんど外れる。勝率八割なんて真っ赤な嘘。なのに僕に対し「アレを買え」だの「コレを買え」だの。……いい人なのだが、それ以上に迷惑な人なのだ。

「やれやれ。株取引で勘なんて言葉を使っている以上、儲けは出ないだろうに……」


――――――――そんな翌日。彼から電話がかかってきた。


『あのさ、株取引の必勝法を思いついたんだ』

 僕は思わず飲んでいたお茶を吹き出した。必勝法。いまこいつは、株取引で必勝法なんて言葉を口にした。僕は笑いすぎて腹筋が痛くなった。ひぇー。

『いや、ちょっと真面目な話しなんだけどさ……株取引って難しいじゃん?』

「難しいというか……センスがいるよね。あと根気と決断力と何よりお金が要る」

『うん。で、大半の人間は負けるじゃん? ぶっちゃけ俺も負けてるわけじゃん?』

 勝率八割はどこにいった、と僕は笑ったけど彼は真面目な声でこう言った。

『つまりさ、逆に張ればいいんだよ。株価が上がると思ったら逆に売って、これは下がるぞ、と思えば買えばいい。そしたら……いつも負けてるから、勝てるんじゃないか?』

「株ってのはそんなに単純じゃないだろ。ギャンブルにも通じるところがあるけど、勝利には傾向と対策ってのが必要不可欠なんだよ。お前が言ってるのは世迷いごとで戯れ言だ」

 少し説教じみたことを言ってみると、彼はとたんにトーンダウンした。

『やっぱダメかぁ……。ごめんな、いつもテキトーな事ばっか言って……。本当にすまん。実は会社の資金繰りがヤバく……あ、いや、なんでもない。え、えっと……また電話するわ』

 反射的に胸が痛んだ。僕は彼の(役に立たないけれど)善意を知っているから。


「チッ……しょうがないなぁ………………いいかよく聞け。僕の株取引は勝率十割だ」


 彼が息を呑む音が聞こえた。僕は無機質にとある銘柄の名を告げて、そのまま電話を切った。

 僕は探偵で、株取引をやっていて、売買すれば必勝で、つまりは犯罪者なのだ。

 株だけでなく、人生に必勝法は存在しない。でも、イケナイ裏技なら――――ある。例えばインサイダー以下略。


 それは悪い事だけれども、それで友人が救えるのなら。

 もしかしたらそれは、人生の必勝法に近いモノなのかもしれない。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections