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雪尋の短編小説 作者:雪尋

第28回   「この地球上に宇宙人はいません」

「この地球上に宇宙人はいません」


「吉森。あんた実は宇宙人でしょ!」

 僕はきっかり五秒黙って、それから笑った。

「いっとくけど私はマジよ。あんたこの前、空を飛んでたでしょ!」

「病院に薬をもらいにいこう。大丈夫、きっと良くなる」

「おいおいおいおいおーい! 人を異常者扱いしないでよね!」

 佐奈さんはとっくに思春期を終えているはずなのだが、声高にファンタジーな妄想を僕に語ってくれた。まぁここは僕らの他には誰もいない美術部の部室なので、何を語るのも自由だけど。

「僕は宇宙人じゃないよ……っていうか、なにさ突然」

「わたし見たのよ! 昨日の夜、吉森が空を飛ぶ姿を!」

「ちょっと待っててね。いますぐ眼科と精神科がセットになった病院を探すから」


 佐奈さんは鋭く「そのネタはもういいの!」と突っ込んで、僕をにらんだ。


「……わたし、宇宙人って絶対にいると思うのよね」

「根拠は? 証拠は? 君がその奇抜で愉快な思考回路を形成したのは過去における虐待が原因?」

「幸せに育ってきたっつーの! なに、吉森は宇宙人のくせに宇宙人信じてないの?」

「宇宙人の定義にもよるかなぁ。映画に出てくるようなバケモノはいないと思う」

「じゃあ人間になりすますタイプは? 吉森みたいな。えっと、グレイタイプ?」

「俗に言う着ぐるみ型だね。でも僕には、そこまでして人間になりすます意味が分からない。宇宙からやってきたのなら人間とは構造が違うはずだし、環境に適応するのも難しいんじゃない? もし着ぐるみが環境適応型なら話しは別だけど、そこまでの技術があるなら地球を乗っ取って」

「STOP! 話しが長いし理屈っぽい! 重要なのはいるか、いないか! どっち!」

「宇宙人はいません」

「ダサっ! その年になって宇宙人も信じられないの! 宇宙人のくせに!」

 年齢関係ねぇ。
 僕はそう思ったけどあえて黙った。っていうかいい加減にしてほしい。

「断言しよう。僕は地球人で、日本人だ。宇宙人じゃないよ。天使でも悪魔でもない」

「……誓える?私が信じている、私の意見を前にして、自分が地球人だって誓える?」

「誓う。もし僕が嘘をついていると判明したら、その時は責任とって結婚してやるよ」

 彼女は「意味わかんない」と心底呆れた表情を浮かべて「っていうか、その誓い方だとアンタは地球人か、私の将来のお婿さんになっちゃうのね……どっちも不本意だわ」と、僕の果てしなく遠回しな告白をみじん切りにした。無念。

 ところで僕は気になったことが出来た。
 ――――なので、帰宅してから母に尋ねてみた。

「あのさー。僕って地球人でいいんだよね?」

「そうよー。地球人よ」

 母はニッコリと笑って、こう続ける。


「だってちゃんと帰化したじゃない」


「ですよねー」

「そうですよー。まぁ秘密裏&非合法的な感じだけど」

 僕は続けて母に「でも僕が地球人ってのはいいとして、それって法律の話しだよね。その、肉体的にはどうなのさ」と尋ねると彼女は「体は地球人じゃないわねぇ。普通の人間は空を飛べないって知ってた?」と答えた。僕は「知ってる」と簡単に答える。

「ところで……僕は地球人と結婚出来たりする?」

「やめといた方がいいわ。結婚じゃなくて、片思いに毛が生えた程度の恋心から結婚を意識するのは、って意味で。あと性交も諦めなさい。人間とわたし達は身体が違いすぎるから」

 母は容赦が無かった。おのれ宇宙人め。なにしにこの星にやってきた。

「趣味。お父さんもお母さんも宇宙人ってか地球人に興味があったから。現地観察ね」

 両親の趣味のために生涯童貞の宿命を背負わされた僕。酷すぎる。こいつらアホだ。

 僕は家出ならぬ星出の計画を立てた。

 ――――でも星を出ると佐奈さんに会えないなぁ。


 そんなわけで、僕は明日も地球人をやるつもりだ。

 ……空を飛ぶのはもう止めておこう。 


 

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Novel Editor by BS CGI Rental
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