「天国にいく方法はありません」
死者が列をなして歩いている。それは交通事故で死んでしまった僕も同じだ。まわりには幽霊と、それを管理・誘導している天使と鬼と死神と坊主頭の修行僧みたいな人達。列は途方もなく長くて、僕は他人事みたいにその光景をながめつつ、のんびりと歩いた。死んでしまったことは残念だけど、こうして意識が続くのなら死に意味はないような気がする。
『みなさーん! こちらの道へお進みくださーい! 慌てず、騒がず、堂々とー!』
天使さんがにこやかに道を指し示した。そこは左右に分かれた道で、全員が左の道を通っていった。赤い鬼が書類と死者の顔を交互に見ては『はい、左にどうぞ』と声をかけている。 だが、僕がその分かれ道に立った時、赤い鬼が驚愕の顔を作って、行進が途絶えた。
『天国逝きだと!? 嘘だろ、何千年ぶりだよ!』
え? と思うヒマもなかった。『どうしたどうした』と天使や僧侶が集まり、鬼が手にした書類を見ては全員が驚愕していた。そして『成人してて天国逝き!? マジで!? どんな聖人だよ!』と同じ言葉を口にする。僕は思わず書類を手にした鬼に声をかけた。
「あの、天国に行ける人ってそんなに珍しいんですか?」 『え、えぇ……ここ数千年、天国に逝けるような人はほとんどいなくて』
なんてこった。世界はそこまで腐っていたのか。しかしそうなると、なぜ自分が天国に行けるのかが分からない。悪いことをした覚えは無いけど、僕はけっこう普通に生きてきたつもりなんだけどなぁ。……まぁいいや。天国に行けるというのなら有り難く逝かせてもらおう。うっきうきで右方向を向くと、天使がそれを制止してきた。
『ちょ、ちょっと待ってください。実は天国は最近ほとんど利用されてなくて……その……ちょっと管理の方が…………その……多少お時間を頂いてもよろしいですか?』 「うん? 何か問題でも?」
『死者の列を見てわかる通り、ほぼ全ての人間が天国以外に逝きます。おかげで地獄は毎年改築や増設、施設の充実が図られています。でも天国は違うんですよ。利用者がいないんです』 はぁ、という生返事。僕は天使が何を言いたいのか理解出来ないでいた。 『だもんで、その、ぶっちゃけて言えば掃除すらサボっている状態でして……』 ヒデェな。 僕が天界の腐り具合に苦笑いを浮かべると、鬼達が相談している声が耳に届いた。
『おい、天国のカギってどこに置いてたっけ?』『バラ園とか枯れてんじゃねーの?』『川とか湖とか絶対干上がってるよ……』『放牧してた動物とか全部地獄の食堂に回したんじゃなかったっけ?』『天国逝きだって? そりゃレアだねー』『逆に迷惑だよな』等々。
――――僕は目を閉じて想像してみた。寂れた楽園。無人の天国。それはある意味、地獄なのではないだろうか。しかも『迷惑』とまで言われた。切なすぎて死にそうになる。それどころか『空気読んで地獄に逝ってくれないかなぁ』なんてチラ見されながら言われた。死んでやる。 やがて相談が終わったのだろう。一人の天使がおずおずと声をかけてきた。 『あの、申し訳ないのですが……ちょっと、こう、拍手してもらっていいですか?』 意味の分からない指令だ。とりあえず拍手。 パチパチ(プチ)パチパチ。あ。手の平に蚊が。
『はい、貴方は罪の無い虫を殺しました。なので地獄逝きです。なに、一番優しい地獄ですよ』
天使はしたり顔だった。 だから僕は、全力でソイツを殴った。 蚊が可哀相だったからだ。蚊も幽霊なのかどうかなんて関係無い。 ただその卑怯なやり方にムカツいた。そして天使は叫ぶ。
『こっ、公務執行妨害だ! 重罪だ! 絶対地獄に送ってやる!』
鬼のような形相になった天使。 僕は「やれやれ」と呟き、自ら地獄への道を歩き始めた。
生まれ変わったら不老不死を研究しよう。 ―――それが地獄に落ちない唯一の方法だろうから。
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