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雪尋の短編小説 作者:雪尋

第26回   金よりも銀よりも

「金よりも銀よりも」

「あなたが落としたカードは金色ですか? 銀色ですか?」

 それは完全に手違いだった。某国の観光名所で、クレジットカードを落としてしまったのだ。それは「精霊の住まう泉」という名所で、おとぎ話で有名な「金の斧・銀の斧」と酷似した伝説が残されていた。

 しかしまぁ、なんと言えばいいのか。真夜中の散歩をしていて、ひっくりこけて、財布が懐から飛び出して以下略。ようするにカードだけが泉にダイブしたのだった。

「……あの。もしもし? 聞こえてます? どっちのカードを落としたんですか?」
 そして精霊様が出てきた、と。うーん。メルヘン? ファンタジー? それとも幻覚?そして僕が落としたカードの色は?
 僕は悩んだが、とりあえず素直に答えることにした。
「どっちでも無いです。僕が落としたのは普通に緑色な感じのクレジットカードです」

 そう答えると精霊は満足そうに微笑んだ。……凄く可愛らしい笑顔だ。

「貴方はとても正直な方なのですね。ご褒美にこの金と銀のカードをあげちゃいます!」
 え? と困惑する僕を差し置いて、精霊はカードをこちらに手渡し、即座に消え去った。
 手元に残った二枚のカード。おいおい。ちょっと待て。

 ……誰のカードなんだよ、これ。
 二つとも違う名義の、見知らぬ誰かのカードだった。

 いやいやいや使えないよ。犯罪だよ。
 僕は即座に二枚のカードを泉に投げ入れ、再び精霊が登場するのを待った。
 あ、出た。
「あなたが落としたのは……って、またあなたですか」
「こ、このさい幻覚でも精霊でも何でもいい。今の二枚じゃなくて、僕のカードを返してくれ」
「へ? で、でも……こっちの金と銀の方が」
「それは僕のカードじゃない! ……他の誰かのものだ。使えるわけないだろ」
 焦りながらそう答えると、精霊は感極まったように素晴らしい笑顔を浮かべた。
「なんと善良な方なのでしょう。私、感激してしまいました。こちらをあげます」
 精霊が渡してきたのは、黒いカードだった。限度額無しですか。っておい!
「だからこれも要らないんだってば! そもそも誰のカードだよこれ!」
「良いのです。良いのです。正直者であり善良なる貴方に素敵な未来があらんことを。ばい♪」
 精霊は可愛らしく親指を立てて、ウィンクまでして、消え去った。
 ちくしょう。勘違いさんめ。ブラックカードなんて始めて見たぞ。実在するんだな。しかしコレも使えないのだ。僕は少しだけ躊躇いながらも、カードを泉に投げ入れた。また精霊が出てくる。
「……なんで? 貴方は聖人か何か?欲望とか持ってない?悟りを開いちゃった系?」
「…………何でもいいから、とにかく僕のカードを返してください」
 
 疲れた様子でそう答えると、精霊は尊敬と疑念の入り混じった表情を浮かべた。
「不可解です。人間は……人間とは、あなたのように生きられないはずなのに」
 うぬぅ、とうなるお茶目さん。カードを返してくれる雰囲気はまるでない。困った僕は、とりあえず彼女を泉から引きずりだした。
「え、ちょ、なにするんですか」なんて問いかけは無視。

 そして――――僕は無言で彼女を泉に叩き込んだ(紳士的に)。

 可愛らしい悲鳴が辺りに響く。やがて恨めしそうな表情で現れた彼女に、僕はニッコリと笑いかけた。
「僕が落としたのは、素直にカードを返してくれない困った精霊さんです」
 だから素直にカードを返してくれる精霊になってくれ、と思ったのだが。僕の台詞を聞いた彼女は急に顔を赤くして、もじもじし始めて。

「あ、あなたが落としたのは私なんですか……?」と尋ねてきた。
 うん? 精霊さん、なんで照れてるんですかあなた。あれ? 

「とっ……とっても正直なあなっ、あなたには、素直なわ、わわ、私をあげます……」

 凄すぎる勘違いだった。思わず僕は笑ってしまい、そのまま精霊さんを抱き締めた。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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