■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

雪尋の短編小説 作者:雪尋

第25回   安らかな死に際、ご提供いたします

「安らかな死に際、ご提供いたします」


「ええと、吉沢次郎さん。御年九十八歳。……合ってますよね?」
 病室のベッドの上で曖昧な余生を過ごしていると、死神を名乗る青年が現れた。まず私は詐欺師を疑い、次に周囲にいる看護婦が彼の存在に気がついていないことを確認した。……どうやら本物らしい。彼は死神だった。

(この大往生一歩手前の老人に、なんのようかね? お迎えか?)

 喋れなくなって久しい。私が心の声で語りかけると、死神くんはニッコリと笑った。
「ええ。お迎えです。では――コホン、我々死神は人々に対し、気持ちよく死んでいただくよう便宜を取りはからう者です。要するに、魂に対する最期のサービスを提供しているわけですねぇ。そこで今回吉沢さんにご用意したのが三つのプラン」

 死神くんはパンフレットのような物を取り出して、楽しそうに説明してくれた。

「まず一つめ。二十四時間限定で二十歳の身体に戻れるサービス『あの日々よもう一度プラン』続きまして二つめ。会いたい人に必ず出会える・死者でもバッチコイ! 『あの人にもう一度プラン』最後に三つ目。神様がどんな質問にも一つだけ答える『例えば宇宙誕生の秘密とか知りたくないですかプラン』別名アカシックレコードにタッチ! 以上の三つになっております!」
(…………若返るか、誰かに会うか、世界の秘密に迫るか、というわけだね)
 私は呼吸器を通して小さな笑い声をあげた。長く生きたが、このイベントは完全に予想外だ。
「ちなみにご参考までに申し上げますと、若返りを選ぶ人は満足して死に、再会を求める人は安らかに死に、神に問いかける人は納得して死ぬことが出来ます。さぁ、どのプランに?」
 それを聞いた私は久々に気持ちの良いため息をついて、死神くんに微笑んだ。

 私は――――どれも選ばないよ。

 そう思考すると死神くんは笑顔を凍り付かせて、絶句した。

「な…………何故? どうしてですか? せっかくのチャンスなのに」
(だって君は嘘をついているじゃないか。死神くん)
 凍り付いた笑顔は溶けて、代わりに彼は悪魔のような微笑みを浮かべた。
「さて、さて、さて……わたくしが嘘をついたですって? なにを根拠に?」
(満足して死ぬ者、安らかに死ぬ者、納得して死ぬ者……そんな者、いるわけがない)
「これは、これは、これは……いやはや」
(二十四時間の生に意味はあるか? 死が怖くなるだけだ。再会して何を語る? 切なくなるだけだ。神に問いかけるというのは魅力的だが、一つじゃ足りんよ。人の知識欲をなめてはいけない) 
「お見事。ご慧眼でございます吉沢様。ですが、そのまま死ぬのを良しとするので?」
(後悔はあるさ。やりたいことも、会いたい人も、知りたいこともまだある。だけど……私は自分の人生に満足し、安らかに、納得して死ぬんだ。一つでも満たそうとすれば全てのバランスは崩れて、私は泣き叫びながら死ぬことになる。それだけはごめんだ)

 だからサービスは要らないよ。
 そう思考すると死神くんは、嘘つきの悪魔は苦笑いを浮かべた。

「……やれやれ。高潔な方だ。その領域に達することが出来る人は極めて珍しいのですよ? ちなみにわたくしは貴方の泣き叫ぶ魂が欲しかったのですが」

 でも、まぁ、いいか。久々に気分が良い。
 死神くんはそう言って笑い、パンフレットを放り捨てた。

 そして彼は私が息を引き取るまで私の臨終を見守ってくれた。その立ち姿は現れた頃とうって変わって、敬意に満ちたもの。私は認められた、報われたと感じて死への恐怖が薄らいだ。

 こうして私の人生は幕を引いた。

 ――そう。彼は見事、私を安らかに死なせてくれたのだった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections