「伝説は殺人鬼の怪談となりて」
「ねぇ、知ってる? 五年生の階にある女子トイレのうわさ」 「知ってる知ってる。夜遅くに使うと、殺されるって怪談でしょ……」
僕が担任を務めるクラスの女子生徒がひそひそと話していた。昼食の時間に殺人怪談で盛り上がるれるとは、凄い神経をしている。配られた給食を食べながら、僕はその会話に耳を傾け続けた。というか否応無しに聞こえてきた。
僕が給食を完食するまで続けられた怪談の概要はこうだ。 二十年ほど前、図書室の物陰で居眠りをしてしまった少女が夜半に目をさました。誰もいない夜の学校。彼女は恐怖で尿意をもよおし、最寄りの女子トイレに駆け込んだ。そこで何者かに殺されてしまった……。それ以来、その殺された時間になると泣いている少女の幽霊が現れるようになり、出くわした者を殺してしまうそうだ。
僕は食べ終えた食器を片付けもせず、【背中に汗をかきながら】耳を澄まし続けた。
(実はね、話しには続きがあって、その幽霊は犯人について訴えているらしいの。……そう、ミキちゃんが言ってた。幽霊見えるんだって。ミキちゃんによると犯人は男で、シイタケが嫌いで、絵が上手で、左腕に傷があって、今も学校にいるんだって)
「犯人は教師だ」―――それは推理ではなく、当然の帰結。 事件は二十年前に起こった。そして今もなお学校にいるなら犯人は教師しかあり得ない。脂汗が止まらない。そんなことを考えていると。
「あ〜! 先生、またシイタケ残してるー!」
突然、教え子の加藤君が先生に……つまりは僕に向かって叫んできた。
「加藤君。先生いつも言ってるだろ? 好き嫌いは一つまで許す、と」
僕は舌打ちを上手に隠して教師らしい声色を発した。くそっ、最悪のタイミングだ。
「ねぇ……そういえば先生って、シイタケが嫌いで、絵が上手で、学校にいるよね?」 「うん。うん。そうだよね。……ねー先生! 左腕に傷とかある?」
「は、ははは。いきなりどうしたんだい浦岡さん? ほ、ほら、先生の腕に傷なんてないよ?」
僕はわざわざ腕まくりをして【傷がない方の面】だけ見せ、すぐに腕をしまった。
―――職員室。僕は鋭くなりそうな目を隠しつつ、ひたすらに頭を働かせていた。
彼女たちが言っていた犯人像。さらには僕が教師で……ここの卒業生であるという事実。そんな犯人像と見事に一致しているのは地球上でも僕しかいない。
つまり僕が犯人なのだ。二十年前に夜のトイレで少女を殺したのは、僕なのだ。
「……ミキちゃんが言っていた、だっけ。間違いなくあいつだよな」
横山美希。受け持ったことはないが問題児で有名だ。 しかしあいつ、何故知っているんだ……?
「あら横山先生。どうしたんですか、そんな厳しい顔なされて」
「……いえね、また横山美希が僕を狙って酷いイタズラを仕掛けてきたものですから」
「ふふっ【また娘さんですか】。今度は引き出しにわら人形でも仕込まれましたか?」
―――帰宅して、娘である横山美希に問いかけてみた。 どうしてあんな噂を流したのだ? と。
彼女はすまし顔でこう答える。
「じゃあパパが夜の学校の雰囲気にビビって女子トイレに逃げ込んだ挙げ句、漏らしちゃってて朝まで泣いてたって【事実】を言いふらした方がよかった?」
「ふっ、ふざけんな!っていうか…なんでその事件のことを知っているんだよ……」
「怪談と同じだよ。語り継がれる伝説ってやつ。アレンジした私に感謝しな」
アレンジ以前に、んなもん語り継ぐな! とも言えず、ただただ呆然とする僕。
「あ、それと校長先生に直接聞いて裏もとったよ」「最悪だなあの校長!」
―――それ以来、僕は左腕の傷を隠すために夏でも長袖を着るはめになった。
――――――人の噂は七十五日。怪談は十数年。伝説は、死ぬまで残る。
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