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雪尋の短編小説 作者:雪尋

第2回   3つの間違い。時と場所と、あと1つ



「3つの間違い。時と場所と、あと1つ」



「はぁ……彼女がほしい」

 そんな甘酸っぱくも切ない気持ちを口にすると、同僚はすごく怪訝な顔をした。

「いきなり変な事を言うなよ……」
「変じゃないよ。これは人間の本能だ」

「いや、変だろ。色々と変だろ」

 声を潜めている同僚は、眉間にしわをよせたまま首を横にふってみせた。

「言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず場をわきまえろ。ここはどこだ?」
「お葬式の会場だね」


 BGMはありがたいお経。
 唱えるだけで天国逝きという凄い代物だ。でも耳には優しくない。


「ああ、葬式だ。同じ室内で故人が眠ってるのに、なんてバチ当たりな発言しやがる」
「だって退屈じゃん。うちの会長だっけ? 挨拶すら交わしたことないよ」

 目の前にはズラーリと黒い背中が広がっている。白い祭壇は遙か果て。

 我々のような下っ端が参列するのは『誰かさんの見栄』のためであって、決して故人を偲んでいるわけではない。


「退屈だろうが何だろうが、お前は葬式に参列してんだよ。空気読め」
「空気なら読んだよ。ほら、居眠りしてる人もいるじゃん。みんな退屈なんだよ」

 真っ直ぐに言い切ると、同僚は深いため息をついた。
 そんな彼に持論を展開してみる。


「人はいつか必ず死ぬ。でも何かを遺せる。
 けど後悔は残したくない。だから彼女がほしい」


「………いや、そんな『どうだ!』みたいなキリリとした表情作られても困るんだが」


 彼は眉間に指を当てた。まるで言葉を探しているように見える。

「あのな。えーと、その……お前がそういうヤツだってのは知ってるんだが、流石に引くぞ。なんだってこんな場所でそんな事が言えるんだ? 俺には理解出来ない」


「欲しいのは君の理解じゃなくて彼女。恋人なの。誰か紹介してくれない?」


「彼女は無理だが……恋人なら。………………。つーか、俺と付き合ってくれ」


「え?」


 彼の突然の告白に脳が一瞬ショートした。なんだコイツ。葬式中だぞ。空気読めよ。

 そんなツッコミを入れようかと思ったけど、同僚の顔は真剣そのものだった。


「え……ちょ、あの、え? マジ? あたま大丈夫?」

「俺はお前が好きだ。だからもう一回だけ言うぞ。俺と付き合ってくれ」


 即座に断る理由をいくつか心に浮かべてみた。

 お葬式中だよ。
 オフィスラブはダメでしょ。
 嫌いじゃないけど、大好きというわけでもないし。……っていうか! 


「お、男の人と付き合う気は無いかなぁ……」

「いつも『愛に性別は関係無い』って言ってるくせに、こんな時だけ性差別するのか?」


 彼の素早い返答に、私は思わず自分のスカートのすそを掴んだ。


 しまった。なんて返そう。

 ずっと私の目を見たままの彼。視線が痛い。

 ああ神様、仏様、会長の御霊。助けて……!





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Novel Editor by BS CGI Rental
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