「来週の漫画の続きが気になるから」
西暦二千五百年。人類はコールドスリープ技術を完成させた。
「この装置に入って眠ると、未来で目覚めることが出来るのです!」
一晩の眠りで十年の時を、というちょっと洒落たキャッチコピーと共に、コールドスリープ技術は一般に開放された。
治療法が見つかっていない難病奇病にかかった人達は未来に希望を託してその装置に入り、延命技術の発展に全てを賭けた金持ち達がその装置に入り……。
そして俺は来週の漫画の続きが気になるから、という理由でその装置に入った。
「……は? 漫画の続き?……あの、お客様。この動機って本気ですか?」
書類を前にしてコールドスリープ屋が苦笑いを浮かべている。きっとコールドスリープ技術に頼る人々の大半がシリアスな事情を抱えているのに対し、俺のスッ惚けた志望動機が珍しかったからだろう。
そりゃ笑うよな。そう思った俺は受付に軽い説明をした。
「実は最近、遺産を相続しまして。お金ならあるのです。それこそ七代遊んで暮らせるくらいのお金が。でもイマイチ使い道が見いだせなくて。家族もいない恋人もいない夢も無い。することない。ないないない。だから来週のジャ○プでも読もうかなー、と」
我ながらしょーもない人生観だが、これが俺なのだ。
自信満々で答えると、職員は「うーん」とうなった。
「はぁ、なるほど。それで漫画の続きですか。しかし一週間のご利用となると……」
費用的にも健康的にも全然お勧めしません。
なんて職員は言った。酷い誤解だ。金ならあると言っているのに。
「いえ、一週間じゃないです。来週の漫画の続きが気になるということはその次の週もやっぱり気になるはずなんです」
「だからドーンと、こう、百年くらい眠りたいんです」
どーん、と言いながら、俺は机の上を人差し指でペチペチ叩いた。
「ひ、百年ですか? しかし凍結睡眠の性質上、ご契約は最長でも十年になるんですよ。十年を超える凍結睡眠をご希望される場合は、間に休養期間をおいていただくことになっております」
「キャッチコピーの【一晩で十年の時を】ってやつですね。了解。じゃあそれで」
即決である。こうして俺は十年契約、諸経費込みの八千万円で凍結睡眠についた。
装置の中に入って、薬で気持ちよく意識をカットして、目が覚めたら十年経ってた。
「ほほう。これが未来、か」
目覚めから3時間後。 俺はメディカルチェックと現代情勢についての講習を受けて、社会に復帰した。
十年後の未来。俺が一番驚いたのは「十年前とあまり変わらない」ということだった。劇的な、大きな変化は無いようだ。世界は相変わらず。俺も相変わらず。煙草の値段が二倍以上になっていたが、莫大な遺産がある俺には関係無い。さっさとジャン○読もう。
「あーキミきみ。そこのきみ。ちょっといいかな」
声に反応すると、警官がいた。二人組で…………俺に職務質問をしかけている?
「こんな昼間から何してるの? 仕事は? ちょっとID見せてくれるかな」
俺はIDを提示した。ついでにコールドスリープから目を覚ましたばかりだ、とも。
「…………………そうか。凍結睡眠か。わかった。もう行っていいよ。気をつけてね」
警官はIDを一瞥しただけでそう言い、すぐに立ち去って行った。
ずいぶんと簡単だな。
俺はすぐにピーンと来た。ここは西暦二千と五百十年。こういうことは結構あった。
『コールドスリープ被験者は、目覚めたあとで睡眠を取ると死亡してしまう』
そんな情報を手に入れるのに時間はかからなかった。ネットで調べればすぐだ。
10年前の技術は不確かなもので、政府はそれに対して真摯にナントカカントカ。
現在のコールドスリープは確かなものらしい。
そりゃ結構。それだけ分かれば十分だ。
俺はあくびをかみ殺しながら、再び病院を目指した。
どうせ百年は眠るつもりだったから問題無い。
今度の動機は漫画の続き+治療法が見つかっていない難病奇病にかかったから、だ。
「……誠に申し訳ありません」
事情を話すと、職員は申し訳なさすぎて死にそうだ、という表情を作った。
「なに。なんか問題でも?」
「氷結睡眠を連続で行うと、脳細胞が死んでしまうので……」
心底申し訳なさそうに答える職員。
職員はコールドスリープのことを凍結睡眠ではなく、氷結睡眠と呼んでいた。
何か色々と問題があったのだろう。日本人はとにかく表現に気を遣う。
しかしそんなことは些末な問題だ。どーでもいい。
俺は笑って「じゃあそれもどうにかなる技術が確立するまで眠らせてくれ」と答えた。無論、支払いは病院が負担しろ、とも。
「……かしこまりました」
やったぜ。八千万で百年の眠りが保証された。
目が覚めたら一生を賭けても読み切れない漫画が俺を待っている。
それは夢にまでみた、未来人の生き方。
過去の書物を延々と読みふける、神の生き様だ。
というわけで目覚めてから6時間後。俺はウキウキ気分で装置の中に入った。
一瞬の眠りを通り過ぎてば、ありとあらゆる創作物が俺を待っている。
ただ、不安が一つあった。
それは眠りにつく直前、職員が言った台詞。
「………………………………このまま永眠させちまえば、後腐れは無いよな」
そりゃ凍結だからな、なんて精一杯の皮肉を思い浮かべながら、俺は目を閉じた。
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