「天才 VS 探偵」
古めかしい洋館で連続殺人事件が起きた。
その場に居合わせた探偵が事件の解決に努めたが、殺人は止まらなかった。 証拠ゼロ。死体だけが転がる殺害現場。
そして、血に染まった洋館で生き延びたのはたった二人になった。
「……貴女が犯人だったんですね」
「そうね。探偵さんが犯人でない限り、殺人鬼は私ということになるわ」
どうしてこんなことを―――。 そう問いかけると純白のドレスを身に纏った彼女は、まるで聖者のように微笑んだ。
「一族の誇りのため、と言っても理解はしてもらえないでしょうね。だってそれは探偵さんにとって意味の無いものですもの。だから動機を語ってもしょうがないと思うわ」
この洋館は現在クローズドサークルにある。 即ち連絡手段無し、交通手段無し、外は大嵐、という具合だ。
ミステリー小説にはありがちなシチュエーションだが、いまの僕にとっては死活問題。何故なら、目の前で殺人鬼が微笑んでいるのだから。
「僕も……殺すんですか?」
「え? どうしてですか?」
怯えながら尋ねると、不思議そうな声が返ってきた。
「だって僕を殺せば……逃げやすくなるでしょう?」
そう呟くと、彼女は手を叩いて笑った。
「あははは。ダメ、全然ダメね探偵さん。あなたの推理力は小学生にも劣る」
「酷い言われようだ。では、これからどうするんですか?」
そう返すと、彼女は背中に隠し持っていた鞘に収められている大振りのナイフを取り出した。人の命を簡単に奪えるような、明確な殺戮のための道具。
「そんなに構えなくて大丈夫ですわ。……ほら」
そう言って白い手袋をはめていた彼女は、そのナイフの柄を僕に差し出した。
「ちょっとこれを見てくださるかしら。…………ねぇ、早く。重たいんですよ、これ」
僕はまゆをひそめたが、結局はそのナイフを受け取った。一応、鞘から取り出して刀身を改める。怖い武器だ。これなら女子供でも大人を仕留められる。
……だがこれは一連の事件の凶器ではない。
なぜコレを? という意味の視線を送ると彼女は微笑んだ。
「私みたいな人殺しと一緒にいるのは不安でしょう? ですから、このナイフは護身用として持っていてくださいな」
殺人鬼が意外な提案をしてくる。 だけどその提案よりも以前に、僕は自分の不安が消えていることを知った。
「……いえ、その必要はありませんよ。これはお返しします」
彼女は僕を殺さないと言ったのだ。
そしてそれは信用に値する。
何故なら、彼女は殺人鬼だけど良い人だから。 僕はこの三日間の調査でそれをよく知ったつもりだ。
「……本当によろしいんですの?」
「ええ。だって、貴方はトチ狂った殺人鬼ではなく、誇り高い人なんですから」
そう言って、ナイフを返す。
ナイフを受け取った彼女は悲しそうな笑みを浮かべた。
「ぜんぜん……期待した返事じゃありませんでしたわ」
「え?」
「ふふっ。探偵さんは探偵としては三流ですけど、人間としてはとても魅力的」
「そうでしょうか」
「ええ。それと―――ごめんなさい」
「? なにがでしょうか」
「あとで気がつくでしょうから、今のうちに言っておきます」
過程は大きく変わりましたが、結果は変わらないんですよ。
それは、彼女はとてもとても邪悪な笑みを浮かべた。
走り出す彼女。まるで風のように素早く部屋から、屋敷から出て行った。
外は暴風雨。追いつけるわけがない。
そして独り屋敷に残された僕の、のろまな推理が完成する。
彼女の動機を考えれば、今から彼女があのナイフで何をするかは容易に分かった。
自殺だ。
この一連の事件で唯一残された証拠。それは僕の指紋付きのナイフ。彼女ならそれを最大限に有効活用するだろう。自殺を他殺に見せることくらい、天才である彼女にとっては朝飯前だ。
『過程は大きく変わりましたが、結果は変わらないんですよ』
あのナイフで……僕が彼女を殺すことを期待したか? あるいは反撃の手段を持っていて、僕を返り討ちにするつもりだったのか?
だけど僕は、彼女を信頼してしまった。
だから助かったのだろう。けれど。殺人鬼の証である凶器は彼女の手の中に。
そして僕は、彼女の言う「誇り」のために、殺人鬼の烙印を押されたのだ。
…………という顛末なんですよ刑事さん。信じてくれますよね?
だいたい僕、探偵ですよ?
た・ん・て・い。推理は仕事じゃない。
分かってくれますよね?
なんで客人を装って浮気調査に行ったのに人殺すんですか。ありえないでしょ。
……全ての現場に「僕が犯人である」という証拠が残されているですって?
いやぁ、流石は天才の仕事だな。抜かりはない、か……。
だったら『誰が犯人か』はおいておいて、裁判員制度に期待するしかないかぁ。
天才の殺人劇か、それとも間抜けな探偵の殺戮か。……どっちが面白いと思います?
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