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雪尋の短編小説 作者:雪尋

第1回   世界を救うわたし。世界を滅ぼす割り箸



「世界を救うわたし。世界を滅ぼす割り箸」



 割り箸を眺めていてふと思った。『これで世界を救えるのではないか』、と。

 もしもわたしがコレを綺麗に割ることが出来れば、世界に平和が訪れるのだ。
 えーと、ほら、あれ、中国の蝶々の羽ばたきで米国に嵐が起きるとかなんとか。
 混沌理論だっけ? よく知らない。

 とにかく綺麗に割ればいいのだ。そうすればわたしは救世主になれる。

「……いざ」

 ラーメンを前にして、わたしは精神を集中させた。

 潔く、勢いよく、すっぱりと、素早く。
 わたしは力を込めて、世界平和に挑んだ。ぺしっ。


「あ」


 箸は割り切られず、途中で醜く折れてしまった。どうやら力みすぎたらしい。

「へぶしっ!」

 隣の席に座っていたオジサンがくしゃみをした。



 つまり風が吹いたのだ。変に折れた割り箸の木片が風に乗って、店内を舞う。
 やがて隣のオジサンの鼻に突入し、くしゃみを誘発させたのだろう。

 微弱な振動が世界を動かす。オジサンのくしゃみはとても大きくて、店中の人目を引いた。中にはくしゃみに驚いて財布を落とした青年もいた。

 不運が重なり小銭がチャリーン(×複数枚)と地面に散らばる。青年は慌ててそれをかき集めたけど、一枚の百円玉が見つけられなかった。

 そしてその百円玉は閉店後、店を清掃していた店員によって発見される。

 店員はその百円でチョコレートを購入。

 そして帰宅した直後に地震が起きるのだ。関東大震災クラスだ。

 店員は倒壊した家に閉じこめてしまったが、チョコを細々と食べて生き延びた。
 彼の命はこうして救われたのである。


 えーと、それからどうしよう。うーん……。


……そして百年後。店員の子孫は外国人と結婚。更に百年後。店員の子孫は某国のトップに君臨し、ある日、核ミサイルの発射ボタンを押すのであった。地球滅亡。


「地球が滅んだ……」

 3秒ぐらい妄想していたわたしは、使えなくなった箸をそっとテーブルの上に置いた。


「ちくしょう、世界の平和はわたしが守る」

 二本目の割り箸に手を伸ばす。

 ぺしっ。

 また失敗した。付け根の部分が綺麗じゃない。


「いただきまーす」


 世界平和とラーメン。どっちが大切かと問われれば間違いなく前者と答えるだろう。

 だが、一時が万事。目の前の問題を一つ一つ片付けなければ、大きな事柄は達成出来ないのである。つまり世界を救うためには、ラーメンが伸びつつあるという問題を解決しないといけないという論理的な考えだ。


「へぶしっ!」 

 またくしゃみの音が聞こえた。ついでに、小銭が散らばる音も。

 まだ大丈夫。ラーメンを食べる時間はたっぷりと残されている。


 当分の間、世界は滅びない。






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Novel Editor by BS CGI Rental
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