翌朝、「饅頭屋・万吉」からはいつもの通りの声が聞こえてくる。 「はい、イチゴ大福五個、毎度ありがとうございます!」 この万亀の声からは、とても昨日の夜の「二人」の事など想像出来ないだろう。あの後万吉と万亀は徹夜して今日の饅頭を作ったのである。そして万吉はその後「時間」を作って万亀を寝かせた。 「いかに『変身』していたといっても、あれだけ動いたんじゃ。たっぷり寝ないとすぐバテてしまうからの」 万亀はまるまる24時間、万吉の「時間」の中で眠ったのだった。 其処に突然千鶴の姿が現れた。手には何か黄金色に輝いた機械を持っている。 「お父さんから来たものなんだけど、一体これは何なんだろう?」 千鶴の「心の声」が万亀に聞こえた。万亀は驚いた。どうして千鶴の「心の声」が突然聞こえて来たのか?万吉は、 「万亀、お前と千鶴ちゃんだが、過去に何かあったかも知れんな。わしの『時間軸三次元目』感知器がそう反応しているぞ。」 「え?親方『時間軸三時元目』って言うと千鶴の『心』ですか?」 万吉の中で寝ていた万亀は、万吉の「時空間六次元説」を聞いていた。この宇宙は空間が三次元、時間が二次元の五次元時空間とされている。しかし、万亀が言うには時間にももう一つ次元があるというのだ。 「それはな、『心』じゃ。二次元の中を時間が動く時、『心』はそれを受け入れ、それぞれの体験をする。記憶として残す者、忘れ去ってしまう者はいるがな、ともかく『心』があれば、時間はただ面の上を動いてるわけではなく、立体として意味が出てくるんじゃ」 ということは、千鶴の心の中にずっと昔に万亀といた記憶があるということになる。 「それはもしかしたら前世かも知れんな。しかし解らん、お前の『心』にはそれが全くない。もしかしたら誰かが奪ったのかも知れん」 「万亀、どうしたの?ずっとじっとしちゃって」 千鶴が不思議そうな顔をして言った。万亀は慌てて、万吉に「呼び出し音」を鳴らしてくれるように頼んだ。 「あ、すまん。すぐに鳴らすぞ」 そして「万吉」から呼び出し音が鳴った。万亀は急いでモニターのフロッピーディスクスロットに入れ、万吉の出てくるのを待った。 「何じゃ?万亀。おお其処には千鶴ちゃんもいるのか」 万吉の演技はかなりうまい。万亀以外にこの態度を「演技」と思う者はいないだろう。千鶴が持っている黄金色の機械を見せると、 「ああ、これは千三が千鶴ちゃんと連絡を取るために送ってきたものじゃな。どうやって使うかはその中にちゃんと書いてあるぞ」 と、あっさりとした口調で言った。 「書いてあるって・・・あ!」 よく見ると、その機械にはモニターがあり、千鶴が其処に触ると同時に千三の姿が現れた。 「千鶴、元気にしてたか?訳があって何処にいるかは言えないが、父さんはこうしてお前と話が出来るようになった。其処にいるのは万亀君と、後は・・・まさか万吉か!?」 千三の顔にははっきりと驚きの色がある。 「ああそうじゃ千三。わしも訳があって何処にいるか言えない所にいるが、そっちの方は上手く行ってるのか?元の仲間じゃから少し気になっていたんじゃ」 「ああ、『オバケ病院』の事件が解決した。だが、誰がやったのかが解らなくて今捜査をしているんだが、まさかあれはお前がやったのか?」 「ああそうじゃ、正確に言うとわしと万亀じゃがな」 「そうか・・・それならこれは俺とお前だけの秘密にしておこう。お前が出ていった時、他の十三人が心配していた。何か自分達の邪魔をするよう画策しているんじゃないかとな。俺は、断じてそんなことはないと言い張って何とかなだめておいた。だから心配するな」 千三と万吉、二人の会話を千鶴は何が何だか解らない顔で聞いている。万亀には全て理解できているが、千鶴に説明は出来ない。一体どうしたものかと思った時に、 「千鶴、これから話すことは誰にも言ってはならないことだ。だから・・・」 千三の言葉に、万吉も万亀も頷き、 「千鶴、それじゃ俺達は引っ込むよ。千三さんとじっくり語り合ってくれ」 と、車に乗りその場を去った。それにしても、千三は千鶴に何を話そうとしているのだろうか? その夜、万亀は久しぶりに夜の町に出た。千三が千鶴に何を話したのかが気になって、悶々とした気持ちを振り払おうと、行きつけの「例の風呂屋」へと足を向けていたのである。 「おや、万亀さん今晩は。久しぶりですね、今日はどんな娘がいいですか?」 「そうだなあ・・・最近入った人がいいなあ、写真見せてくれます?」 「風呂屋」の店員が見せた写真を見た時、万亀は「お!」という気持ちになった。中の一人に妙に「来た」娘がいたのだ。さっそくその娘に来て貰うように頼んだ。 そして入浴開始。その娘は何かいつもの娘とは違う感じだった。何だか後ろめたい気持ちを抱えているようで、「プロ」にしては純情な娘だなと万亀は思った。 「あの、すいません。私『下』はいけません。キスだけにしてもらえませんか?」 「え?構わないよ。うん、珍しい娘だね、君って。」 そして二人の唇が重なる、このとき万亀は何か「吸い取られる」感じがした。しかしキスをやめようとはしない、この娘のためにもう少し「吸わせてやろう」と思ったのだ。そしてどれくらい時が過ぎただろうか、 「だめ!これ以上したら、あなた死んじゃう」 と、彼女の方から唇を離した。そして万亀を見て、驚いた顔をしながらこう言った。 「え?あなたまだ大丈夫なの?信じられない」 「こう見えても精力にはかなり自信があってね、此処の娘達を何人も失神させたことがある位なんだけど、君聞いてなかった?」 「かなり元気のある男とは聞いていたけど、まさかこれ程とは・・・。又来て私を指名してくれます?」 そのあまりの純情な口調にほだされた訳じゃないが、 「うん、これからは君だけを指名するから」 と答えていた万亀だった。 帰りの道の途中で「万吉」から呼び出し音がなった。万亀は「万吉」に手をかざした。今ではモニターを使わなくても話が出来るようになっている。 「万亀!お前の目は節穴か!さっきのあの娘、あれは・・・」 「解ってますよ親方、あの娘はサイボーグなんでしょ、それも男の精気を吸い取って自分のエネルギーにする」 「何じゃ、解っていて敢えてそうしたのか。それなら良いんじゃが、もしあの娘がお前に本気で惚れた時、一体どうなるか・・・わしはそれが心配じゃ」 心配?ひょっとして、それは・・・千鶴?万亀の心の中に不安の風が吹き始めていた。 今日も万亀は「例の風呂屋」へ来た。来たと同時に店員も、 「ああ万亀さん、今日も『あの娘』ですね」 と、もう当たり前のように応対する様になった。しかし今日はいつもと違って、 「あの娘、今までおれ以外の客を取ったこと、ある?」 と、万亀は店員に聞いてみた。この問いかけに店員は最初、え?と驚いた顔を見せたが、 「ええと、万亀さん以外には全く相手をしていませんね」 と答えてきた。万亀は、ああそうかと言ってその娘を来るのを待った。そしてこう言った、 「彼女に言っといて。今日は本番、行ってみるからって」 そして彼女がやって来たが、かなりこわばった顔つきである。この時万亀の上着のポケットに入っている「万吉」が彼女の「記憶」を密かに探知し始めていた。 彼女の記憶には、さんざん悪い男に利用されるだけ利用された、不幸な過去が焼き付いていた。そして男に胸を刺されて生と死の境を彷徨った時、ある女性科学者に改造手術を受けていたことも鮮明に刻まれていた。 「万亀、この娘は男に復讐しようとして生き延びたんじゃないか?だが男を見る目はあるようだな。お前と今まで『しなかった』と言うことは」 「親方、でも」 万亀は万吉の言葉に半分頷きながら、 「気になりませんか?この『科学者』は。何か企んでいるような気が・・・」 「うむ、わしもそう思う。だから今日お前は『する』んじゃな」 万吉のこの問いかけに無言で頷いた万亀、ついに今日彼女と「する」のである。 彼女は万亀に何か恐る恐るとした面持ちでこう言った。 「万亀さん、今まで私といて何か『疲れた』なんてこと感じなかったの?」 「だからいつも言ってるじゃないか?俺は精力絶倫だって」 この万亀の「何も感じてないぞ」という言葉にも、 「それは解ってるけど、でも・・・だけど・・・『本番』なんてしたら一体どうなるか・・・死んじゃうかもしれない、あなたが」 と、彼女の不安げな口調は変わらない。 万亀は構わず準備を始めた。と同時に、「万吉」に機械の反応を全部チェックするよう頼んだ。万吉も準備は万端のようである。 不安げな彼女を万亀は終始リードして、いざその時、彼女のあえぎ声と一緒に「何か」が変わって行くのを万吉は感知した。 「む?吸われたエネルギーが何処かへ流れていくぞ?行き先は・・・『科学者』の所か。・・・何か作っているぞ?これは彼女のコピーロボットか!万亀、これで目的がはっきりしたぞ!おい、万亀・・・聞いているか?」 万吉の問いかけに万亀が応答しない。ひょっとしてエネルギーを吸われ尽くしてもう意識がないのか?彼女も万亀を抱きかかえて、 「しっかり、しっかりして!」 と泣き叫んでいる。やっぱりしない方が良かった・・・その目には後悔の色が強く現れている。自分の所為で初めて会えた優しい男を死なせた!こんなことなら自分が男の精気を吸い取るサイボーグだということを伝えて、そして拒めば良かった・・・そう項垂れている時に、 「ふぁ〜あ、気持ち良すぎて思わず寝ちまったよ。あれ?どうしたの、何だか泣いているみたいだけど」 と万亀の声。彼女は思わず、 「し、死んだと思っちゃったじゃない!もう、馬鹿、馬鹿ぁ!」 と、泣きながら万亀の胸を叩いていた。そして、 「こら、万亀!わしの言葉も無視して、一体何をやっとんたんじゃ!」 と、万吉も起こった口調で万亀を一喝した。それに対して万亀はこう答えた。 「親方悪い悪い。ちょっと持って来たい物があったんで、少し『時間』を彷徨って来たんですよ。詳しいことは後で」 時間を彷徨って来た?持ってきたい物?一体それは何なんだ?万吉に疑問を持たせたまま、「例の風呂屋」を後にした万亀であった。 饅頭屋「万吉」に帰ると同時に、万吉は「一体どういう事じゃ?」と万亀に詰め寄った。それに対する万亀の答えはこうだった。 「親方、実はあのときメカ饅頭を食った訳でもないのに、俺は『時間』の中を彷徨っていたんですよ」 「何?何故そんなことが出来たんじゃ、・・・まさか?」 「そう、そのまさかなんです。彼女のメカ部分に触ったら、突然俺の中で反応が起こったんですよ。これからその一部始終を転送したいんで、ちょっと」 メカ饅頭を食べた万亀は、親方さあどうぞ、と万吉に自分の見た彼女のありのままの記憶を万吉に全て転送した。 「こんな事が・・・こんな事が公になったら東大理科「類が出て来てしまう。その前に彼女を元に戻さなければ・・・」 「戻さなければ、どうなるんですか親方」 「彼女は・・・処分されてしまう。日本政府に対する不安分子として」 え!と万亀は急いで元饅頭を作り始めた。しかし自分の精液を使ってではない。時間を彷徨っていた時に持って来たその「もの」を使って。 万亀が去った後の「例の風呂屋」で異変が起こっていた。彼女が全身に燃えるような感覚を覚え、いつしか全身が真っ赤な炎で覆われていた。 「こ・・・これは一体・・・私、どうしちゃたの?う!うぐわぁあああああ!」叫び声をあげ始めた彼女の側から「風呂屋」の全員が逃げた。しかし其処に女が一人現れた。その姿に振り向いた彼女が一言、 「あ・・・貴女は・・・先生!」そう、それは彼女を改造した女性科学者だったのである。 その女性科学者はある装置を開発していた。様々なメカを自在に操り、挙げ句の果てには破壊してしまうものを。しかしそれだけをおもてに出したら直ぐに警察に捕まってしまう。そこで科学者は彼女の命を助けると見せかけて、その改造手術の偶然の失敗と見られるよう策略を立てたのである。 可哀想なのは何も知らない彼女。自分に何が起こっているのか全く解っていない。だから彼女を見て、 「何て事!こんな失敗をするなんて」と驚き気が動転していると見せかけて、内心ほくそ笑んでいるのだ。それが十分解っている万吉は「この、嘘つき女!」と叫んでいるがその声は万亀以外誰にも聞こえない、いや、ひょっとしたら東京大学理科「類の千三には聞こえているかもしれないが、それはともかく万亀は出来た元饅頭を握りしめ、「万吉」を頭のスロットに入れ、時空を超えて彼女の間近に飛んだ。 「あ・・・あなた一体誰?」彼女の「心」はまだ辛うじて身体から離れていなかった。そこで口の中に「元饅頭」。すると赤い光が突然青に変わり、彼女の姿がその場から消えた。 「え?一体どういう事?」女性科学者の声、今度は演技ではなく本気で動揺している。そこへ現れた警察の特別隊。着くなり何もなくなっている状況を見て、女性科学者に向かって声をかけた。 「そこのあなた、今消えたサイボーグだが、あれはあなたが手がけたものだな?」 「え?サイボーグ、何のことですか?私には全く・・・」解りませんと言おうとした時、 「何をしらばっくれてるんだ!この設計書に何もかも書いてある。これ以上しらを切るとただ逮捕だけじゃ済まないぞ!」警察が見せたその設計書は、実は万吉が流したものだったが、そんなことを知らない女性科学者はただ警察の言うことを聞くしかなかった。 その頃、消えた彼女は万亀・万吉がいる「饅頭屋・万吉」の車の中にいた。 「・・・此処、一体何処?あなた・・・一体誰?」この自分のしゃべり方にサイボーグ的な所が完全に消えていることに二度びっくりしている彼女である。 「あなたはもうサイボーグじゃない。普通の人間だ。だからこれからは堂々と生きて行けばいい」この声を聞いた彼女は三度びっくりした。ひょっとして、あなたは万亀さん? 「それは違う。米加万亀は普通の人間だっただろう?」 「た、確かにそうだけど、でも何故私、普通の人間に戻れたの?」 「それは私にも解らない。でも戻ったのは事実。だから良いじゃないか?」 「でも、・・・でも私、普通に生きて行くっていっても、相手がいない。万亀さんには好きな人がいるし・・・」何と、「彼女」は気付いていたのだ。「千鶴」の存在に。 「男というものなんて、それこそ星の数程いるぞ、万亀なんて欲情の固まりは止しとけ。何だったら儂が今探すからの」万吉が突然話に入ってきた。そして、突然のファンファーレのような音、その後に車のカーナビ画面から出てきた顔、その顔を見た「彼女」は、 「こ、これは・・・まさか・・・」まるで「信じられない」といった表情を見せた。 「そうじゃ、あなたの初恋の男。昔悪振ってあなたを遠ざけていたのう。じゃが、それはあなたを好いての裏返しだったんじゃ」そして車は停車し、「彼女」がドアを開けたその場所に「初恋の相手」がいた。 「それじゃ、俺達の役目は此処まで、『彼』と幸せになるんだぞ」と言い残し、車はその場所から姿を消した。「彼女」がこれからどうなるか、もう万亀にも万吉にも手を出す必要は無くなっていた。
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