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メカ饅頭 作者:七木ゆづる千鉄

第1回   師弟コンビ誕生
 日本に国民総背番号制が導入されてから、もう何年が過ぎただろうか。
   *     *      *
 ここはとある街にある「饅頭屋・万吉」という店。従業員は見たところもう初老のような姿形をしている店主と、若い店員である。「親方!いつまで寝ぼけているんですか。俺一人じゃこれだけの客、さばけませんよ」
 見たところ、店には長い行列が出来ているが、店主は、
「・・・ううむむむ。米を粉にして入れて『米加饅頭』を作るんじゃあ・・・ううむむむ」
と、寝言を言いながら一向に起きようとしない。それを尻目に若い店員は、
「全く、饅頭に米なんか入れても美味いものなんて出来るわけがないって言うのに・・・おっと、そんな事を言ってる場合じゃないや、急いで待ってる人の分の饅頭を作らなきゃ」と、素早い動きで次々と饅頭を作り、ならんでいる客達に売りまくっていた。
 一日の営業が終わり、若い店員が店主を起こして今日の反省、と言うより全く働かなかった店主への文句を並べ始めた。
「親方、今日も寝ぼけてて一体何考えてるんですか?客の方は今日も俺一人でやっとさばけたけど、俺ももう限界ですよ。明日からは親方もちゃんと働いて下さいよ」
「それだけわしの教育がよかったって言う証拠じゃろ。大丈夫、万亀よ、明日からもお前一人で店の切り盛りは出来る」
「お、親方あ。この店の名前は『万吉』、親方の名前じゃないですか!主が何もしない店なんて、店と言えるもんじゃないと・・・」
「おい、万亀。」
と、店主・米加万吉は若い店員・米加万亀の言葉を制して、
「わしは何もしていない訳じゃない。『米加饅頭』ともう一つ・・・」
「『米加饅頭』?そんなもん売れる訳がないですよ。・・・まあそれはともかくとして、もう一つってのは一体何なんですか?」
「あ、ああ、それはな、まだ言ってなかったが『元饅頭』じゃ」
この万吉の言葉に、万亀は、
「『元饅頭』?・・・まあ、良く解んないですけどねえ」
と、完全に呆れた表情をしながら、
「そう言えば、親方って大学出だっていってましたよねえ。まあこんな小さな店の主をやってる位だから、大した所じゃないでしょうけど」
 万亀の言葉に、万吉は突然真面目な顔付きで、
「そう言えば今まで言ってなかったな。実は、わしは東京大学を卒業しているんじゃ。」
「ええ!東京大学?」
 万亀の目は完全に点になっている。
「い、一体何処を受けたんですか?」
「理科「類じゃ。」
「理科「類?なあんだ、そんな事か」
と、万亀が呆れた顔になったところを万吉は怒った。
「こら万亀!『そんな事』とはどういう事じゃ!」
「泓゙・類・。類なら解るけど、『「類』なんてある訳がないじゃないですか。『天才バカボン』のパパの『バカ田大学』と同じ類ってことですね。」
「信じないんだったらそれでもいい」
万吉は、半ば憮然とした表情である。
「でも、この店の建物とか、みんな親方が自分で作ったっていうから、まあそれなりの所は出てるんでしょうけど。・・・おっ、もうこんな時間か。じゃあ、ちょっと行ってきます」
と、時計を見ながらの万亀に、
「また例の風呂屋か?今日は何人のプロを失神させるんじゃ?やはり、わしの息子じゃのう」
と、万吉は少しばかりにやけた顔で言った。それに対して万亀は、
「息子って言ったって養子じゃないですか!・・・全く、今の時代で実の両親が不明だってのは、俺ぐらいじゃないかなあ」
と、夜の盛り場へ出かけて行った。
 その夜万亀は不思議な光景を見る事になった。例の風呂屋から帰る途中、目の前に突然強い光を感じた万亀は、
「ん?一体何だ?」
と、疑問を感じながらも道路の右端に寄った。すると、大型の自動車のような機械が音も立てず目の前を通り、それを追いかける同じような機械がサイレンをあげながら通り過ぎて行ったのである。
「今のやつ、一体何だ?」
 そんな疑問と同時に、何か自分の体が「燃える」ような感じを覚えた万亀であった。
翌日の朝、場面は店の中のトイレへ。そこで万亀は自分の男性自信をまさぐる、つまり「マスをかく」行為をしている。
「うおおーーーおりゃあ!」
と、万亀は雄叫びと共に精液をさながらロケット噴射の如く発射して、
「ようし!今日も一丁上がり!」
と、トイレを出た。そこで朝立ちをしている万吉とすれ違い、その男性自身を見ながら一声かけた。
「親方、毎回思うんですけど、大きいですね、それ。親方もそれだけ元気があったら、たまには抜いてみたらどうですか?」
「いや、わしが抜くのは死ぬまでにあと一回だけじゃ。」
万吉の以外な一言に、万亀は少し変な気持ちを覚えたが、それは面には現さず、
「そういや、今日は材料の調達の日でしたね。また、あそこへ行くんでしょ?もう俺も場所は覚えたから、今日は俺一人で行きますよ。親方を一所に行かすと、また店で昼寝をしちまうかもしれないから・・・」
「いや、今日も、いや今日はわしが一所に行く。」
万吉が万亀の言葉を制して喋り始めた。
「昨日やっと米加饅頭の材料が出来上がった。その場所をお前にも教えて置かないといけないからな」
「え?親方?昼間寝てばっかりいたのは、夜その材料を作っていたからだったんですか?でも、いつごろ・・・」
万亀が問い掛けようとすると、
「そんな事はどうでもいい。さあ、行くぞ」と、万吉は店の倉庫の一番奥にある、非常に大きなシャッターを開けた。
「材料は、この中にあるんじゃ。」
と、万吉は万亀をガラス温室の中にある、猛収穫段階を迎えている田圃へと連れて来た。田圃の横には大きなタンクがある。
「材料じゃが、このタンクに入ってる籾・一粒じゃ」
万吉の言葉に万亀は耳を疑った。
「親方?籾一粒ですって?そんなんでどうやって饅頭を作るってんですか?」
「籾一粒を粉にして、饅頭の中に練り込めばいいんじゃ」
「はあ、そうなんですか・・・おや?」
周りを良く見ると、小型カメラのような機会が一つ田圃の脇にあるのが見える。
「親方、何ですか?あれは」
この万亀の問い掛けに、万吉はこう答えた。
「あの『眼』はわしの分身じゃ」
万亀はびっくりした。機械が分身だなんて、この田圃は、この米は、いや親方は、一体・・・?
「ああ、そうじゃ忘れていた。。元饅頭の作り方じゃがな」
と、万吉は懐から硬式野球のボール大の機械を取り出して、
「この中にお前の精液を入れて、十秒ぐらい時間が経てばアラームが鳴るから、中から塊を取り出して粉にして饅頭の中に練り込めばいいんじゃ」
「はあ、そうなんですか・・・おや?ちょっと待てよ!親方、いまいった饅頭二つ、何の為に作るんですか?俺にはとても売り物になるとは思えないんですけど」
万吉に次から次へと饅頭二つの作り方をただ聞いていた万亀だったが、やっと自分を取り戻したようである。すると万吉は、
「確かに、売り物にはならん」
と、あっさり万亀の言う事を認めた。そして、こう言った。
「しかしな、この二つの饅頭は、これからお前がやって行くべき事のために、絶対に必要なものなんじゃ。」
「これから俺がやって行くべき事?一体それは何なんですか?」
 万亀の問いに万吉は答えず、シャッターの中から万亀を出して仕込みを始めた。
その日は「饅頭屋・万吉」の様子は、いつものそれとは全然違っていた。いつも居眠りをしている万吉が、万亀と一所に饅頭作りをしていたのである。
「あれえ?今日は万吉さん、起きてるのね。一体どういう風の吹き回し?」
と、客の一人がそんな声を掛けている。
「いやあ、皆さんがそう言ってくれると、わしも少し照れますな。実は明日からちょっと遠出をするんで、お客の皆さんにお別れのご挨拶をと思いまして、こうして久々に出ているという訳なんですじゃ」
「お、親方?遠出をするなんて、俺聞いてないですよ」
突然の万吉の言葉に、万亀は驚いた。そして同時に、
「だから親方は今朝、俺にあの饅頭の作り方を教えたのか?」
と、今朝の万吉の言動に思いを馳せていた。そしてしばらくして、
「おい万亀、お前しばらく店を出ろ」
と、万吉が小さな声で言ってきた。え?何でだ?と思った万亀だったが、外を見てその訳がすぐ解った。たくさん並んでいる客の向こうに、一人の娘が立って自分の方を見つめていたのである。万亀は思わずつぶやいた。
「ち、千鶴じゃないか・・・」
千鶴、元千鶴・・・万亀がただ一人心を寄せている娘である。プロ、例の風呂屋で仕事をしている女を星の数ほど相手にしている万亀だが、素人の女になると途端に純情になってしまい、千鶴とは手すら握った事がない
「ち、千鶴。い、一体どうしたんだ?」
と、万亀は少し吃り気味である。やはり本気で惚れた女相手でと緊張してしまうのだろう。「万亀、今日は万吉さんも起きているのね」と、千鶴は少し明るい口調で、
「これから、やっと万吉さんと父子二人で仕事が出来るね。良かったね」
「あ、ああそうだな。ま、まあお前の所のケーキ屋に比べれば、ち、小さいもんだけれどな」
と、万亀の吃りは相変わらずとれない。
「有り難う。万亀、あなた相変わらずケーキは駄目なの?」
「あ、ああ。お、お前も饅頭、相変わらず駄目なんだろう?」
「うん、ごめんね。」
「い、いや俺の方こそ」
この二人、互いに互いを好いている仲なのだが、「饅頭」・「ケーキ」、この二つに関しては全く好みが違い、仕事のほうも万亀は饅頭屋、千鶴はケーキ屋で働いているのである。しかも千鶴は店の幹部クラスなのだ。万亀はそんな千鶴の立場から、さらに話がし辛くなっている。
「そ、そう言えば、お、お前の親父さんの、せ、千三さん、ま、まだ帰って来ないのか」「あ・・・お父さん?・・・多分もう帰ってくる事はないかも」
千鶴の表情が突然暗くなった。
「え?・・・ま、又どうして?」
そんな万亀の問い掛けに、
「うん・・・」
と、千鶴はそう言ったきり、何も言おうとはしない。
「あ・・・悪い、言えなかったらそれでもいいや」
と、慌てて問い掛けを取り消す万亀だったが、そこに、
「おおい万亀、そろそろ帰って来い」
と、万吉の呼び掛けが来て、
「わ、悪い。じゃ、じゃあな千鶴、ま、又今度な」
と、急いで千鶴と別れて店へと戻った。
閉店時間も過ぎ、万吉・万亀の二人は再びシャッターの奥の田圃の所にいた。
「万亀、千鶴ちゃんとどんな話をしたんじゃ」万吉の口調は何処と無く明るい。しかし千鶴の昼の暗い表情を覚えている万亀は、
「親方、茶化さないで下さいよ!」
と、万吉を怒った。すると、
「む?そこまで怒る所を見ると、ひょっとして千三の事をお前聞いたな?」
と、万吉は万亀の心の中を覗く様な一言を返した。
「お、親方?何でそんな事が解るんですか?」
明らかに万亀は動揺している。更に万吉は、
「お前も知っての通り、千三はわしの無二の親友じゃ。そして・・・」
と、何か重要な事を言う様な面持ちをしてきたので、
「そして何です?親方。」
と万亀は聞いてみた。すると、
「そしてわしは何故千三が千鶴ちゃんの所へ帰って来れないかも知っている」
という得体の知れない答えが返ってきた。
「お、親方?・・・それは一体・・・?」
そんな万亀の問い掛けに万吉は、
「これからやる事をやれば教える。と言うより自然に解る」
と、手元にタンクの中に入っていた籾を一粒万亀の前に見せた。そして、
「これからわしのやる手順を良く見ているんじゃぞ」
そう言いながらその籾を粉にして、懐に盛ってきた饅頭の記事の中に練り込み形を整えて、こう言った。
「これで、米加饅頭の出来上がりじゃ。ところでお前、元饅頭の準備はしたか?」
万亀は、「しまった!」と思った。今朝は万吉が久し振りに店に立つ、その嬉しさで毎朝の恒例の「一人抜き」を忘れてしまったのである。
何も言えない万亀を見て万吉は、
「やはりそうか。準備を忘れたか。それならこの装置に、」
と、あのボール大の機械を取り出して、
「わしが元饅頭のタネを作る。むん!」
万吉の気合いの入った一声と共に、その男性自身は非常に大きくなった。万亀はその大きさを見て、
「これじゃ俺のと大して変わらない。親方は今まで精力をセーブしていたのか」
と驚いた。
その時、異変が起こった。雄叫びと共に機械に自分のそれを挿入していた万吉が、突然倒れたのである。
「お、親方?一体どうしたんです!」
と万亀が介抱しようとすると、
「わしの事はかまうな。万亀、早く米加饅頭を食え」
と万吉はか細い声で今作ったばかりの米加饅頭を指差した。
「わ、解りました。じゃあ」
万亀は米加饅頭を万吉の言われるがままに口にした。
すると、全身の血流が激しく凄まじく流れる感覚に覆われた。
「な、なんだこれは?うわああーーー!」
やがて万亀は自分の全身が黄金色に輝くのを感じた。そしてその輝きが消えたとき、なんだか体が小さくなったような気がしたので、鏡を見たら、
「な、なんだ?俺、一体どうしちまったんだ」
何と万亀の体は背丈が子供ぐらい、全身が紺色のロボットになっていたのである。
「え?俺ってロボットだったのか?」
それにしてはおかしい。昔病院で検査を受けたとき、全くそんな事は言われてなかったはずである。
「万亀、それが米加饅頭の力じゃ。記憶スイッチをONにしてみろ」
万吉のか細い声に、万亀は一体どうしたらそんな事が出来るんだ?と、少し戸惑ったが、
「何もいらん。『思い出せ』と念ずるだけで出来る。やってみろ」
と、万吉の言われるがままに「思い出せ」と念じてみた。
 すると、目の前に万吉の大学時代の出来事や、自分の出生の秘密が次から次へと映像として現れたのである。
日本に国民総背番号制が導入されるに当たって、政府はこの情報をいかにして管理するかを考え、その結論として東京大学に特別に理科「類を設け、そこに集まった人材の頭脳をスーパーコンピューターに移すという政策を秘密裏に実行した。
そこに集まったのが米加万吉・元千三を初めとする総勢十四人だった。それぞれが何らかの理科系のエキスパートであり、かつ精力絶倫の強者逹で、入学の際の試験は、各々が自ら作った人造卵子製造機に自分の精子を受精させ、胎児を生み出すというものであった。 しかし、十四人の内見事授精に成功したのは、万吉・千三の二人だけで、しかも千三の受精卵は胎児になる前に死んでしまった。
そして万吉の種をしこまれた受精卵は、人造子宮に移され、やがて新生児となり様々な実験を受ける予定だった。
しかし、いざ新生児になった時、その実験体は行方不明になってしまったのである。
「それが万亀、お前じゃ」
と、万吉。受精卵が成長する間、万吉はひたすら米の栽培に励んでいた。周囲からは、
「何で今更米作りなど」
と、けなされていたが、千三だけは、
「お前の研究、うまく行くといいな。それから逆も考えているんだろう?」
と、万吉の真意を汲み取ってくれた。
「そう、わしの研究とは、ロボットと普通の人間のどちらにも変身出来る『もの』を作るという事だったんじゃ」
と、ロボットとなっている万亀の電子頭脳に万吉の「声」が響き渡る、更に、
「その時わしは、赤ん坊に飲ますミルクの中に溶かすだけで、人間体からロボット体に変身出来る粉を栽培した米から作った。いわば米加、つまり『メカ』饅頭の初めじゃな。その粉を溶かしたミルク飲ませてロボットにしたお前を実験室から連れ出し、元饅頭の初めである別の粉を溶かしたミルクを飲ませて人間に戻し、此処の区役所に『実父・実母不明』の子供として届けたという訳じゃ」
そして万吉は「東京大学理科「類」の大学院を中退して、「饅頭屋・万吉」を始め、万亀が一人前になり饅頭作りが一人でも充分出来るようになると、昼間は寝た振りをしながら「眼」を使ってメカ饅頭・元饅頭の改良をした。また、万吉以外の千三を含む十三人は、予定通りその頭脳をスーパーコンピューターに最近移し、千鶴も父・千三と会う事が出来なくなってしまったのである。しかし、千鶴本人はその事を知らされてはいない。ただ、「二度と帰ってくることはないかもしれない」という言葉だけを聞かされただけだった。
万吉の記憶を全て「見た」万亀、もう虫の息の万吉を前に、
「親方!死なないで下さい、くそ、一体どうしたらいいんだ!一体どうしたら・・・」
と、自らの電子頭脳をフル回転してこの「事態」を解決しようとしている。しかし万吉の「意識」は、
「無理じゃ万亀、メカ饅頭でもしわしがロボット体になれるなら、それも出来ようし、それが唯一の方法じゃ。しかし、メカ饅頭で変身出来るのは『メカ』と『人間』の合いの子、お前のような者だけじゃ。わしは持っているもの全てをお前に託した、もう死んでも悔いはない。思えば最初にお前を人間に戻した時、装置がまだ未完成じゃったからわしの精力は極端に無くなって、今の装置でタネを仕込んだら生存が無理にまでなってしまった、だからもうこれは覚悟している。万亀、もういいんじゃ・・・」
と、万亀に「何もするな」と言い聞かせている。しかし万亀は、
「いいや親方、俺は諦めません!」
と、元饅頭を食らい人間に戻り、急いでメカ饅頭を作り、
「親方だって・・・、親方だって立派にメカと人間の『合いの子』じゃないですか!」
そう叫んで万吉の口にメカ饅頭を入れた。
すると、万吉の全身が銀色に輝き始め、その光がだんだん小さくなり、光が消えた後にフロッピーディスクのようなものが現れた。
「む?これは・・・」
万亀は最初その物体をいぶかしげに見ていたが、
「あ!ひょっとしてこれは!」
と、それを近くにあったパソコンのフロッピーディスクスロットの中に入れた。
すると、スイッチがOFFになっている筈のパソコンのモニタが光り出し、画面に万吉の顔が映った。
「ま、万亀」
画面の中の万吉がそう話しかけると、万亀は、
「や、やった!良かった、親方生きてる!」と、両眼にいっぱいの涙を浮かべながら歓喜の声を上げた。
万亀に「元饅頭」のタネを仕込み、命が風前の灯になっていた時、万吉は見覚えのある光景を見ていた。
「む?これは・・・」
それは昔、まだ東京大学理科「類にいた頃の、人造卵子製造機に自分の精子を受精させようとしていた頃のものであった。
「過去の事がこうして見えてくるとは、本当にもうすぐ死ぬんじゃな、わしも」
しかし、それにしては様子がおかしい。良く言われているように過去の事が走馬灯のように浮かんでくるのではなく、見えてくるのはその光景だけなのである。
「い、一体どうしたんじゃ?これは・・・」
万吉はいつしか、人造卵子製造機と今の自分の精神がシンクロしていることに気付いた。 やがて、自分の精子が受精されるその時、周りの時間の流れが極度にゆっくりになった、と言うより万吉が自分でゆっくりにさせたのを感じた。
「む?ひょっとして今わしは『心』を待っているのか?この受精卵に宿る魂を・・・」
そして、その受精卵に魂が、金色に輝いた魂が入って来た時、万吉は自分で時間を越えて万亀の前に現れた。そして自分がフロッピーディスク大の小さなコンピューターになっていることに気付いたのである。
「な、何じゃと?何故わしがメカ饅頭で変身出来たんじゃ?」
万吉の中に深い疑問が沸き上がっていた、が、万亀の顔を見て、やはり喜びの方が数段上になり、
「ま、万亀」
と、声を上げたのであった。
場面は再び万亀とパソコンのモニタに映っている万吉の所へ戻る。万吉は、
「万亀、何故わしがメカ饅頭で変身出来ると思ったんじゃ?」
と、万亀に自らの「疑問」をぶつけた。それに対して万亀は、
「だって、親方はあの眼を使ってここをずっと見ていた、・・・『機械』と肉体をつないでいた訳でしょう?」
と、万吉が使っていた小型カメラの事を言い、「それに、人造卵子製造機に自分の精子を受精させるなんて、それだけでもう機械と人間の『合いの子』って言っていい事じゃないですか。絶対そうだと思いましたよ。これで親方の命も安泰、『遠出』なんて言い訳も必要なくなりましたね」
と、元饅頭のタネを仕込みに装置を持ってトイレへ行こうとしたが、
「いや万亀、それは無理じゃ」
万吉の言葉に万亀は、え?と、一旦その意味が解らなかったが、さっき見た万吉の変身した形を思い出して、あ!と、気が着いた。
「お、親方には、く、口が無い」
どうやら余りにも命が消えかけたためか、変身した万吉の「姿」には、何処にも口の代わりが出来る「物」が無かったのである。
「お、俺、一体どうしたら・・・」
うなだれる万亀に、
「おい万亀、元饅頭を作れ」
と、万吉が声をかけた。
「親方、何言ってるんですか・・・。いくら作ったって口がなかったら食える訳が・・・」「違う!わし用じゃなくてお前用じゃ!」
「え?俺用?・・・」
万吉の言う意味が解らなかった万亀だったが、言われるがままに元饅頭を作り、万吉に差し出した。すると万吉はこう言った。
「よし、じゃあメカ饅頭を食え」
万吉の言う通りメカ饅頭を食べた万亀、今度の「変身」は二度目ということもあって、比較的楽な気持ちで出来た。すると万吉は
「んんんーーー、ふん!」
と、気合いの入った声を上げ、パソコンのフロッピーディスクスロットから空中に出て、銀色の光の中に元饅頭を溶かした、とでも言えそうな感じで視界から見えなくさせた。
「お、親方?俺の元饅頭は?」
「心配するな。わしがちゃんと持っている」
万吉はそう答えて、今度はロボットになっている万亀の頭に密着して、再び銀色の光をはなった。
「あれ?親方何を、何を今やったんですか?」
万亀は自分の頭の辺りが何か変わった事に気付き、さらに万吉が何処にいるのか解らなくなった。
「親方!何処にいるんですか?親方あ!」
「何を言ってるんじゃ万亀、わしはここじゃ」
「え?ひょっとして、まさか!」
何と、万吉はロボットになった万亀の頭の、ちょうどフロッピーディクが入るようなスロットの中に入っていたのである。
万吉は万亀に、
「これでいい。これからわしはお前の『頭脳』になる」
と、はっきりと、それでいて穏やかな口調で囁いた。
「ところで親方、俺これから何をしていけばいいんですか?まさか『東京大学理科「類』と戦うなんて・・・」
と、元饅頭を食べて人間に戻った万亀に、
「いや、それは違う。『東京大学理科「類』は決して悪の軍団じゃない。むしろその逆じゃ」
と万吉。そして更にこう言った。
「『東京大学理科「類』は、今この日本で起こっているある『問題』を解決する為に作られたんじゃ」
「ある『問題』?もう日本は国民総背番号制が導入されて、何の問題もないはずじゃ・・・あ!ひょっとして、この前見た、あれか?」
万亀は、千鶴と会った時に見た、正体不明の「機械」の事を思い出した。
「そうじゃ。今日本中で正体不明の『機械』が暗躍している。『東京大学理科「類』はその解決をしている『官』の機関といってもいいじゃろう。しかし、『官』ゆえに、どうしても全ての事件に対処が出来ない。だから、わしとお前は『民』のそれとして、これからそんな事件を解決して行くんじゃ。忙しくなるぞ、これからわしらは」
 かくして此処に、日本の平和を守る為のコンビが出来上がった。これから一体どんな事件がこの二人を待ち受けているのだろうか?

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