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名んだべやあ! 作者:七木ゆづる千鉄

最終回   2
 その翌日、昼になっても「店長室」は暇なままだった。んだべやの奴は大いびきをかいてまだ寝ている。俺は店の方から貰った鋏・剃刀を手に取って、何とか退屈を紛らわせていた。
 そんな時、なりだした内線電話のベル、取ってみると、何だかいちゃもんをつけている客がいるとのこと。早速その客に此処・「店長室」に来るようにと言った。
やって来たのは、茶髪の男三人組だった。突っ張っていそうな奴が二人、気の弱そうな奴が一人である。突っ張ていそうな二人は入って来るなり、
「何でこんなに短く切るんだよ!長くしねえかよ!長くよ」
と、文句を行ってきた。
 するとその声に気付いたのか、
「ふぁあい、わしに何か用ですかあ?」
と、んだべやの気の抜けた返事が返ってきた。「おい、んだべや、何言ってんだよ。客だよ客。寝ぼける場合じゃないぞ」
 俺たちの会話とんだべやの一本毛、もしかしたら俺の鼻毛を見た三人の内の突っ張ていそうな二人は、
「何だこいつら、バッカじゃねえか?」
と、俺たちの事を笑い始めた。思わず「鼻息」で吹き飛ばそうかとした俺だったが、出来なかったのでんだべやを起こそうとした。そこで思い出した透さんの書き置き、引き出しから取り出してその言葉の通りんだべやに向かって叫んだ。
「名あ、名んだべやあ!この一本毛!悔しかったら出て来い!」
 すると、「腑抜け」だったんだべやの顔に気合いが入り、
「何だと、この鼻毛の刧!お前こそその鼻息出してみろ!」
 この言葉に、俺の「鼻息」が突然出てきて、んだべやの「一本毛」の輝きと共に「店長室」全体が黄金色の光に覆われた。この光景に、「な、なんだこの光は?一体あなた達は何者なんです?」
と、気の弱そうな一人は驚きの声を上げたが、後の二人はあっさりとした口調で、
「へえ、こんなひなびた所には勿体ない位の電飾だな」
 こんな台詞を言うだけだった。
「さて、あなたたちが此処へきた理由は・・・」
 んだべやはしっかりとした口調である。
「確か『もっと長い髪形にしてくれ』でしたね」
「え?そんな事ができるんですか・・・」
と言いかけた気の弱そうな男に、
「馬鹿、お前そんなことが出来ると思ってるのか?『このままでいいから散髪代無料にしろ』ってことだよ!」
と、後の二人がにらみ付けるように言った。すると、んだべやはその言われた男に微笑みを浮べながら、
「出来ますよ」
と、あっさりと答え、言った二人の男を椅子に座らせたかと思うと、「一本毛」に気合いを入れ長くしてそれぞれの頭に「すっ」と触った。そして、
「おわ?なんだこの感じは!頭が、頭が熱い!・・・」
 二人の男は同じ叫び声をあげた。その後奴等、そしてこの俺も驚くべき光景を目にした。何と二人の頭髪がいわゆる「ロン毛」位に伸びていたのである。
「さて、これからどんな髪形にしますか?」
んだべやはまるで何事もなかったように平然とした口調である。
 それから二人をんだべや・俺がそれぞれ散髪した。その間、もう一人の気の弱そうな男は俺たちを眩しそうに見つめていた。

 二人の散髪が終わった後、気の弱そうな男がんだべやにこう話しかけた。
「あの、僕の頭、黒く出来ますか?」
え?茶髪を黒に戻すだって?他に同じ奴が二人も居るのに、と俺は思ったが、
「はい、解りました。」
と、んだべやはあっさりと答えた。此処に毛染めの道具なんて無かった筈だが、一体どうするのだろう?
するとんだべやは再び「一本毛」を光らせ、気の弱そうな男の脳天を触った。
その時突然辺りの景色が一変した。「店長室」、部屋の中だった筈が、東京の街のど真ん中になったのだ。一体俺は幻覚を見ているのか?
「劫、これは幻覚じゃ無い。だけど俺とお前以外には見えていない。これは『心の景色』なんだ」
心の景色?一体誰の?と一瞬思ったが、すぐに解った。今んだべやの「一本毛」が触っている、気の弱そうな男のものだと俺の「鼻毛」が感じた。

それは何とも凄まじい光景だった。二人の茶髪の男が中年のサラリーマンを殴り倒している。いわゆる「親父狩り」だ。
そしてその二人が今「店長室」にいる残りの二人だという事がすぐ解った。
やがて二人はナイフのようなものでサラリーマンを刺して鞄をひったくり、そのナイフを一緒にいた彼(気の弱そうな男)に手渡し、
「こいつはお前が刺したんだ!解ったな」
と、半ば強引に脅すように言い放った。
そして、二人は意気揚々と、彼はビクビクしながら新宿駅から中央線に乗った。
彼は電車の中で思った。こいつらと離れたい、でもそんな事をしたら殺される・・・。
「誰か、何とかしてくれ・・・助けてくれ・・・!」
この彼の「心の叫び」が天に届いて、西山梨駅へとたどり着いたのだ。

彼の「心の景色」が消えた後、三人の様子が少し変わった。残る二人が彼の事を始めて見るような目つきになったのだ。来た時はあれだけ目で縛り付けるようだったのに。
「え?二人とも僕の事忘れたの?」
「忘れたも何も」
「お前一体誰だあ?」
この二人の態度に、彼は明らかに動揺している。忘れたのなら、もう自分は自由の身か?いや、そうしたらこれからどこへいけばいいんだ?解らない、全く解らない・・・。
そんな彼の事を察したのか、んだべやが三人に語りかけた。
「皆さん、これで散髪は終わりでいいですね?お代は皆さんの言い値で構いません」
 この言葉に、
「へえ、言い値でいいのか。そんじゃこれだけ」
と、二人は十円玉一枚を渡して、
「すいません、僕これだけしか持って無いんです」
と、彼は百円玉一枚を渡した。
俺は内心ムッとした。彼がこれだけしか持っていない事は「心の景色」で解っていたが、二人は違う。「親父狩り」でせしめた金があるじゃ無いか!だから、「鼻息」でやつらを吹き飛ばそうとしたが、んだべやに止められた。
「劫、お前がしなくてもこいつらはちゃんと罰を受ける。それから・・・」
と、んだべやは彼を見てさらに、
「彼にもこれから安心した暮らしが待っている。心配は無用だ」
一体どういう事だ?その理由が全く解らなかったが、んだべやの「目」から何か確信しているという事がすぐ読み取れたので、俺は怒りを我慢した。

三人の内彼を除いた二人がこれから何処へ行こうか話している。そして、どこか面白い場所が無いかと俺達に聞いて来た。それに対してんだべやはこう答えた。
「はい、線路の向こうのとある所、彼所は面白いかも知れません。でもひょっとしたら面白過ぎるかも知れませんがね」
かくしてんだべやと俺は、その場所へ三人を籠に乗せて向かった。俺はんだべやに、
「んだべや、その場所ってのは何処なんだ?」
と、聞いてみたが、奴はその事には全く答えず、籠は線路をまたぎ東の方角に向かっている。おや?この道筋、何処かで見た事があるような・・・、そうだ「東山梨駅」の東にある「清白寺」へと向かう時と同じような道筋だ。という事はこれから行く所は寺か?俺の疑問は見事適中、籠は「清白寺」ににたお寺の入り口を入り、そのまま参道を通って本堂の前で止まった。
「はい、着きましたよ。皆さん降りて下さい」
んだべやがそう言って皆を降ろした所、どうやらやらこの寺の住職らしき人が立っていた。
「これはこれはんだべやさん、後ろで担いでいるのは、ひょっとして劫さんですか?初めまして、私の名前は『平凡(へいぼん)』です。今日は三人連れて参られましたか」
「へいぼん」?又変わった名前だなと思ったが、んだべやの「一本毛」から俺の「鼻毛」に刺激が来た。
「平凡って言うのは僧としての名で、本名はな・・・」
「おい!」
二人の声がんだべやの刺激を遮った。
「面白い所っていうから来てみたら、何で寺なんだよ!こんな辛気くさい所に何があるっていうんだよ!」
「まあまあ、皆さん。此処はただの寺ではありません」
と、住職が二人に向かって、
「此処にはあなた方がずうっと飽きない所があるんですよ」
その声と共に、金堂の扉が、ギイッ、と開いた。
そこには眩いばかりの光溢れる、まるで都会のクラブのような光景が待ち受けていた。
「おおっ?こりゃ面白そうだな。ちょっと入ってみるか」
と、二人は入って行ったが、俺の鼻毛から、何か得体の知れない気配が感じられて、俺は入るのをためらった。それは彼も同じらしく、
「ぼ、僕はやめて置きます。此処、何だか恐い・・・」
と、決して中には入ろうとしなかった。
「はい、それじゃ君はこの中には入れない、と」
そう言って住職が何か帳面のようなものを書き付けたのを、その時俺は見逃さなかった。
「そう、劫その目だぞ。その目を大事にしろ」
んだべやの言葉が俺の耳と言うか、鼻毛と言うか、まあその両方に聞こえた。
「おい、お前此処に入れないのか?」
「可哀想なやつだなあ。全く」
二人が彼に揶揄の言葉を投げかける。その度にしょんぼりする彼・・・俺は居ても立っても溜まらなくなり、彼に慰めの言葉を掛けようとした。すると、
「その必要無し!」
住職の口調が突然変わった。
「君は合格だ。この金堂に入った者は不合格、何かを感じて入らなかった者は合格。・・・君は何とかギリギリ踏み止まったのだ。中に入った二人を見てみろ」
その言葉を聞いた彼、そして俺も金堂の中を覗いた。すると、中に入った二人が遊んでいるその最中に、やつれた様子の人達が何人も現れた。
「・・・君たち二人、新入りだね・・・」
その口調はひどくおどろおどろしい。しかし二人はその人達を見ても何も感じない様で、
「おや?あんた達疲れてる様だな。何処かで休んだらどうなんだ?」
と、あっさりとしている。
「・・・君達は何も知らないんだねえ。・・・もっとも知らないから此処に入ってしまったんだなあ。ワシらの様に」
「何を言ってるんだよ、こんな楽しい所に『入ってしまった』ってのは。解らん奴だなあ」
「解らぬのはお前達だ!」
住職が大声をあげた。その響きは地をも揺るがす様に。
「な、何を言ってるんだ?お坊さん」
二人が同時に発した言葉だ。全く自分達の事が解ってない様である。
「お前達の横にいる『もの』を見てみろ」
この住職の言葉の直後、二人の横にいた「もの」が突然妖怪のような姿になった。
「な、な、何だこれは?もういい、お坊さん、俺達をここから出してくれ・・・!」
「それは出来ん。そこから出れるのは、お前達が仏になってからだ」
その言葉の後、金堂の中がまたクラブのような光景に変わった。二人はまた「恐怖」を忘れたかのように踊り始めた。そして金堂の扉が、ギイッ、と音を立てて閉まった。

二人を金堂に「押し込めた」後、彼が住職に向かってこう言った。
「あの・・・僕もこの寺で修行させてください。お願いです!どうか・・・」
住職は笑いながらこう返した。
「いや、それは出来ないんだ。この寺は、あいつ等のようなどうしようもない者のために有るんだよ」
「でも、僕はこれからどうすれば・・・何処に行けば良いのか解らないんです・・・」
この彼の言葉に、んだべやがこう言ってきた。
「君のこれからの場所はちゃんとあるよ」
「え?それは一体何処なんです?・・・そんな所、本当にあるんですか?」
この彼の言葉、俺は「無理もない」と思った。何しろただ天然の茶髪だったって事で、東京であれだけの目にあったんだから・・・。
「劫、お前にも教える。そこはこの寺から東の方にある所だ。『西山梨郡』の一番東にあるんだ」
何?「西」の一番東?方角が逆さまになってるなんて、まるで池袋駅の東口の西武・西口の東武みたいだなと思ったが、んだべやの言うがまま彼を籠に乗せてその場所まで行く事にした。
そして、んだべやが「着いた」と言ってきたところは見渡す限りの田畑が広がっている場所だった。
「此処で君は農業をやるんだ」
「え?でも、僕は農業なんてやった事有りません。一体どうすればいいのか・・・」
そんな「彼」の言葉を、
「心配する事はないぞ、若いの」
と、畑にいた中年風の男が遮った。
「俺も最初はそうだった。東京から逃げて来てここに来たばっかの時はな」
「え?あなたも東京から此処に来たんですか?」
「そうだ、此処は東京に合わなかった俺や君のような者達が暮らす所なんだ」
「わ、・・・解りました!宜しく御願いします!」
「彼」から初めて喜びの声があがった。

んだべやとの帰り道、俺は奴に質問した。あの寺は一体どういう所なのか、「彼」が行った場所は一体何なのか・・・。
「あの寺の名前は『濁黒寺』、もうどうしようもない奴の性根を叩き直す所だってのは聞いたよな。それでな、あの住職の俗名だけど、
『たいらのぼん』て言うんだ。」
んだべやの言葉に俺は驚いた。「たいら」だって?てことは、あの人は平家の・・・
「そう平家の落武者の子孫だ。それから『彼』が行ったあの場所だけど、『西広門田』って所は知ってるよな?」
そういえば聞いた事がある。「かわだ」って読むんだよな。難しい地名だから覚えている。山梨県の塩山市に確かあったっけ。
「あそこは『東広門田』って言うんだけど、読み方はな、・・・」
読み方が何なんだ?
「『やまだ』って言うんだ」
な・・・何?「やまだ」だって?此処、「西山梨郡」ってのは一体何なんだ?そんな俺の疑問を知っていたかのように、んだべやはこう言った。
「此処は山梨県の、或いは日本の裏側なんだよ。そして透さんは、此処を世界の裏側にしようと計画しているんだ」
なんと、透さんが見据えているのがそんなことだったとは・・・それにしてもその計画が完成するのは何時なんだろう?それはその夜解ることになった。

夜が来て、「代々木理容店」の客・店員は共に店に一人もいなくなった。そして更に驚くべきことは、んだべやがその儘「気が入っている」状態でいる事だった。
「おい、んだべや。今日はどういう風の吹き回しだ?ずっとそうしてるなんて。いつもだったら『腑抜け』になるか寝ているのに」
「今日、『あいつ』が来る。遂にあいつが」んだべやの目から、涙が溢れている。
「おい、『あいつ』ってのは敵なのか?怖いのか?」
「いや、敵じゃない・・・むしろ味方だ・・・だけどどうしよう、俺は『あいつ』の、俺は『あいつ』の・・・」
「『あいつ』の何なんだよ?そいつ、お前の何なんだよ?答えろ!んだべや」俺は驚いた。こんなんだべやを見るのは初めてだ。んだべやは何時も「腑抜け」か「冷静」だった筈。それが此処までなるなんて、「あいつ」って一体誰なんだ?一体んだべやの何なんだ?
その時、西山梨駅の自動放送から「上り列車が来る」と聞こえてきた。今までこんな事があったか?此処に来てから聞いた事がない。
その時、んだべやの「一本毛」からまるで花火のように次から次へと光が打ち出された。相変わらず涙目のままで。
やがて上りホームに列車が到着し、誰かが降りてきた。二人組だ。一人は・・・ああ透さん。もう一人・・・何だ?黄金色の神をした和服の美人だ。だけど目は青い。ひょっとして透さんの娘か?
「んだべや、うちの来る事が解って、祝いの花火、上げてくれたの?」話し方が関西弁だ。一方んだべやは泣きながらなおも花火を上げている。
「そないうれし泣きせんでもええ。『ジューン』て名前呼んでくれたらええから・・・」
「そうだった。お前の名前『ジューン』だったなあ」この言葉にジューンの態度が一変した。
「What!名前忘れた?No!」それからジューンの髪が逆立ち始め、んだべやめがけて金色の光線が放たれた。「こりゃ、んだべやの一大事」と「鼻息」を出そうとした俺を、透さんが止めた。
「劫君、その必要はない。ただ私たちが浴びないようにバリアを張ってくれ。それだけで十分だ」
そんな事言われても、と慌てていた俺だが、良く冷静に見ていると、二人の「光」の側にいる犬が一匹、全く反応していない。
「昔から言うだろう?『夫婦喧嘩は犬も食わない』って」
え?それじゃんだべやが昔守ったのはジューンだって事?それに「夫婦」と言う事は・・・。何時二人は結婚したんだ?
「劫君、それは二人が産まれて直ぐだ。二人は産まれた時から既に『大人』だったんだ」
更に透さんの話は続く。「大人」だった二人が合意の下で直ぐ「合体」、ジューンのお腹には直ぐに子供が出来て、透さんが開発した「成長促進剤」で急成長し、翌日にはもう誕生したいうのだ。そしてその子供というのが、何と俺?んだべやは俺の父親だったのか?そしてジューンは、母親?

やがて、「夫婦喧嘩」も終わり、ジューンが俺の鼻毛を見て驚きの声をあげた。
「Oh、貴方ひょっとして『劫』?」その後俺を抱き締めて「My son」、しみじみとした口調だった。
その後は四人揃ってささやかな祝宴。濁黒寺の講堂を借りて四人で「Green world」の成り行きを語り合った。どうやら「黄金狩り」をしていた連中はほぼ拘束されたとのことで、又黄金色の髪を持つ者が世界中に3人だけに、つまり俺とんだべやとジューンだけになって、その場所も「西山梨郡」と言う特殊な所だと言うことなので、もう俺達は狙われている存在じゃなくなったと言うことだそうだ。「Green world」と「黄金髪一族」の戦いはこれで幕が下りたのだ。
それにしても、同い年の「親子」って言うのはなあ・・・。

そして翌日から、「代々木理容店」のスタッフが一新した。「店長室」に俺とんだべやの他に、何とジューンまで加わったのだ。今まで「一本毛」・「鼻毛」だけだったのが、「ふさふさの髪」まで。それにしても同い年の「親子三人」が揃ってしまうとは・・・。ん?又店の方から連絡が来た。
「はい、店長室。What?パーマが上手くできない人がいる?OK、うちがやります。すぐ連れてきて!」ジューンの弾む声、そして、
「ジューン、その前に俺の『一本毛』で髪の長さの調節だぞ!」とんだ部屋の声、俺も「鼻息」と道具一式を揃えて待機をする。そんなこんなで西山梨郡の一日が又始まる。

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