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此処に兆一・始動章 作者:七木ゆづる千鉄

第4回   大河兄妹・父億太郎の死・対決しろと言われた兆一
兆一にヨロズが語りかけてきた。
「兆一、今『大河家』を見てみろ。これからお前がやるべき事、その一つが解るぞ」
「『見る』って、あれをやるのか?結構疲れるんだよなあ、あれは」
そう言いながら兆一は両手の親指と人差し指で8の字を作り、残りの六本の指を揃えて指の頭をつける「不定の定の印」を作り、薬指と小指の間に開いた穴を凝視した。そこに浮かんでくる映像、印を作った者が見える遠くの光景、今は丸打峠にある「大河家」の様子を見始めた。
「おや?億太郎さんが布団の中だ。それから億次郎、こいつ本当に臆病者・・・やべ!『臆』次郎ってあだ名、善三郎に喋っちまった。これからあいつに何をされるか・・・まあいいか。それから一緒にいる女の子、これが京さんか。初めて見るなあ」
そうなのである、昔から兆一は良く億次郎と会って、そのたびに「臆次郎」とおちょくっていたが、その妹の京とは一度も会った事がなかったのである。
「いつも億太郎さんとあいつか、或いは『分身ガンダ』が来てたっけ。あれって鎧を着た子供のように見えるけれど、あれを出していたのはあいつだったのか、それとも億太郎さんだったのか・・・まさか、昔からあいつが?」
兆一ははっとした。昔から億太郎には少し体調が良くないような印象を持っていたが、今布団に入っているのは、それが悪化して?
だったらどうして今まで医者に掛からなかったんだ?
「兆一、ぼさっとしてないでよく見てろ」
と、ヨロズの声。兆一は気を取り直して見続けた。
茂野河の源流、丸打峠。その近くにある「大河家」。そこで父、大河億太郎が床に臥せっている。息子の億次郎、そして娘の京がその傍らにいる。京はもう泣き崩れているが、億次郎は全く無表情、堪らず京が叫んだ。
「兄さん、何でそんなに冷たいのよ!いくら仲が悪いって言っても、お父さんは私たちのたった一人のお父さんじゃない!」
「いいんだ京、俺は億次郎にずっと働かせていた駄目な親だったからな」
億太郎の声は弱々しく、まるで蚊の鳴くような声だ。それを聞いた億次郎は、右手の掌から青い石のような物、「ガンダ石」を出し、握って光らせて億太郎の胸のあたりにかざした。
「兄さん・・・」
京は思わず涙ぐみ、言葉を失った。すると億太郎はこう言い始めた。
「億次郎、有り難う。でもそんな事をしてももう無駄だ。もっともその『ガンダ石』を俺の額に埋め込んで、お前の意のままに操れるようにしたら別だがな」
「お、親父・・・何て事を言うんだ」
億次郎が初めて言葉を発した。そして更にこう続けた。
「それだったら解るけど、今まで親父は『ガンダ』を使った事が無いじゃないか。確かに使い方は教わったけれど、何で今まで何もして来なかったのにこんなに元気がなくなったんだよ!・・・」
「億次郎、今までは黙っていたがな」
と、億太郎は億次郎を見つめながら更にこう言った。
「俺は今まで何もしていなかった訳じゃないんだ。俺は、そう今でも『ガンダ』を使っている。俺が操っているのは、『オリジナル・ガンダ』なんだ。もうすぐ俺が死ねば、『オリジナル・ガンダ』はあの場所に居られなくなって、腐黄色者(くされぎいろ)たちが『ガンダ祠』からこの茂野河に出て来るようになる」
「腐黄色者だって?俺達がずっと闘って来た奴らが?出て来るようになるって、もうとっくに出て来てるじゃないか!一体どういう事なんだよ、親父?」
この億次郎の問いかけに、
「あ、すまん。もう一つの時間での事を言っちまった」
と、答えた億太郎。更にこう続けた。
「俺はな、二つの時間の中でいつも生きていたんだ。一つは今、こうしてお前時計と一緒にいる時。もう一つは・・・もう話せる力も残っていない」
「お父さん、だったらずっと黙っていて。そしてもう一度起きられるようになって」
京の声はもう半泣きである。そんな京に向かって、そして億次郎にも億太郎は最後の力を振り絞るようにこう言った。
「京、今までずっと何処へも連れて行けなくて済まなかった。お前を腐黄色者から守る為にはそうするしかなかった。でも俺が居なくなったら此処ももう駄目だ。だから、これからお前達二人は万和の所へ行け。もう元山の通信制に行く事はない。そして億次郎、これからお前は奴ら腐黄色者から京を守るんだ。兆一君と一緒にな・・・」
そして億太郎は黙って目を閉じた。その様子が少しおかしいと思った二人は、億太郎の心音を確かめた。
「あ!と、止まっている」
大河億太郎、享年三十六歳だった。
この光景を「見て」いた兆一はあまりの事に驚いてしまった。
「ま、まさか億太郎さんが死んじまうなんて、一体何故なんだ?」
そんな兆一に、ヨロズがこう声をかけた。
「兆一、下流を見てみろ」
その言葉のままに下流を見ていると、何かに取り憑かれているような男が、丸打峠の大河家に向かっているのが見えて来た。
「何だか臭いような気がするけれど、ひょとして腐黄色者か?」
だとしたら危ない!直ぐに行かなくちゃと立ち上がりかけた兆一を、
「その必要はない」と止める声が聞こえた。
誰だ?ん?・・・親父か?
そう、男の歩いている下流に万和の姿があった。手に何か持っている、何だろう?ひょっとして、億太郎さんのガンダ石か?
「これからお前が『見る』事は、お前達の『やるべき事』の始まりだ。手を出す事はないが、目ん玉おっぴろげてよく見ていろ」
ヨロズの言葉に、兆一は更に集中してみようと、印に更に「気」を入れた。
父・億太郎が亡くなってしまい、悲しみに暮れていた大河家に、突然怪しい雰囲気が忍び込んで来た。
「誰だ?・・・ひょっとして、腐黄色者に取り憑かれた奴か?」
億次郎の目に敵意がみなぎった。
「奴が死んで、やっとここへ来る事が出来た。さあ、大人しく京を寄こせ!」
男の口から異臭混じりの声が響いて来た。億次郎は両手に「ガンダ石」を握り、そこから「分身ガンダ」を出し、青い光を輝かせて光を男に向かって放射した。男は「ぐぅわー」と声を上げながら倒れ、それと共に異臭が消え、辺りに緑色の光が漂うようになっていた。
「どうやら取り憑き方が浅かったようだ。この人は『ガンダの祠』に連れて行くから、京、お前は此処で待ってろ」
と言い残し、億次郎が出ている間に、大河家へ万和がやって来た。
「今晩は、あ・・・そうか、億太郎の奴、もう逝っちまったか」
「あの、兄さんなら『ガンダの祠』に居ますけど・・・」
「解ってる解ってる。だから今日はこれを持って来たんだ」
万和が見せたのが、億太郎の「ガンダ石」。京と一緒に「ガンダの祠」へと向かった。
二人が着いた時、億次郎が何か困った様子でうろうろしていた。父を送ろうと祠まで来たが、祠に「オリジナル・ガンダ」のガンダ石が無くなっていたのだ。
「億次郎君、心配は要らん。『ガンダ石』なら此処にある」
と、万和は持ってきた「ガンダ石」を祠に入れ、三人で億太郎の「ガンダ葬」をした。
その時、億次郎の中に何か大きな「力」が入り込んだ。兆一もこれを「見て」、
「これは、億次郎が『オリジナル・ガンダ』になったって事なのか?」
と思った。それは実際そうだった。まだ元気だった頃の父の石を見た途端、自分の石の力が格段と上がったのである。
しばらく、万和・億次郎・京の三人は沈黙の中にいた。その沈黙を破ったのは、億次郎のこの一言だった。
「万和さん、今まで俺達『ガンダ使い』が奴ら・腐黄色者と闘ってきた訳はどうでもいいです。でも、何故奴は京を連れ出そうとしたんですか?」
この問いかけに、万和はこう答えた。
「それを言うことは今は出来ない。けれど時が来れば解る。京さんを奴らがねらう訳、それはこれから君達が此処を出て、家に来た時にそのことがはっきりと解るだろう。兆一、お前にもな」
「え?兆一?あいつ?」
「え?兆一?俺?」
その場にいた億次郎だけでなく、「見て」いた兆一も驚きの表情を出さずにはいられなかった。さらに万和は続けた。
「億次郎君、そして兆一。お前達が茂野河高校で出会った後で、『対決』をしろ。どちらが勝つと言う訳ではなく、ずっと引き分けになるように」
「万和さん(親父)、ずっと引き分けってことは力を押さえろてことなんですか?(ことなのか?)」
この二人の問いかけに万和は首を横に振り、
「いや、二人が全力を出しきって、初めて引き分けになるだろう。そしてその時、大きな力が目覚める。そしてこの茂野河を皆で綺麗にするんだ」
と答えた。
「大きな力?それはいったい・・・」
「その時が来れば解る。今は深く考えるな」
万和の強い口調に、二人ともそれ以上何も言えなくこの日は終わった。しかし、兆一の「目」には、何かが気に障っていた。京さんの顔、何処かで見た事がある。一体何処だ?何処なんだ・・・?

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