一日もすっかり暮れ、夕食をすませた兆一は横になってヨロズと何かを語り合っている。 「ヨロズよ、あんたはいったい何なんだ?この地球を作ったのもあんただって言うし、俺達小山の血筋に『空間拳』を伝授したのもあんたって話だ。あんたは俺達に何をさせようと言うんだ?」 この兆一の言葉にヨロズの返事はこうだった。 「兆一よ、それはこっちの言いたい事だ。確かに俺は万和までの男達には『空間拳』を、そして『ヨロズの言霊』を教えてきた。しかしそれは万和までだ。お前はその『言霊』を自分の手で身につけた。お前はいったい何なんだ?」 そう、兆一は「ヨロズの言霊」を誰からでもない、自分自身の手で身につけたのだ。 大天才・小山万和の息子にしては、兆一は特に際だった才覚を見せなかった。ただ一つ、「言語」を覗いては。物心が付く頃は全世界の主な言語を自由に操り、中学二年の頃にはこの地球上で使われた・・・全時代の言語を身につけていたのである。 そして、兆一とヨロズの最初の出会いはある珍客が小山家に来た事がきっかけだった。 帰って来た兆一は、客間にどうやら黒人らしい男の姿を見て、「また親父に客か」と、二階の自分の部屋へ行こうとした。すると万和が、 「おい兆一、この人はお前の客だ。降りてこい。」 と兆一を呼び止めた。「一体俺に何の用なのかなあ」と思いながら降りてくる兆一、客間に顔を出すと同時に、 「お願いです兆一さん、私は一体何処の国が祖国なのか教えて下さい」 と、黒人が流暢な日本語で両手を強く握られた。一体どういう事なのか、事情を良く聞いてみると、彼は生まれた時から船に乗って暮らしていて、しかも生まれた時に乗っていた船は幼い彼が物心着く前に沈んでしまい、両親ともその時犠牲になって、その後はたまたま居合わせた日本人に助けられて、船の上でずっと祖国を知らずに来てしまったと言う事だった。 兆一は困ってしまった。船の上で暮らしていたなら言葉には困っていない筈だ。でも祖国となると・・・一体どうしたらいいのか・・・。 「すいません、ちょっと上で考えさせて貰っていいですか?」 そう言うのが精一杯だった。上に行って何が出来るかなんて解らない。でも取り敢えず色んな辞書を読みまくってみようと思ったのである。 そしてまず開いたのが国語辞典、選んだ理由なんて特にない、ただ彼は日本語を話せるから先ずはこれだ。しかし一体どこから開こうか?困った困った・・・そうだ、「こ」の段にしてみよう。と辞書を読み始めた所、兆一は或る運命的な言葉と出会った。 「ええと、うん、『言霊』?」 この言葉を目にした時、兆一の中で何かが目覚めた。全身の血流が激しく感じられ、思わず両手を、ぐっ、と握りしめた。(これは「空間拳」の「無打」。兆一はそれとは知らずに本能的にした)この感覚はいったい何なんだ?そうだ、この「言霊」を使えば何とかなるかもしれない。兆一は一階へ猛スピードで降りて、彼に色んな言葉を話して貰い、その時の表情・身振り・手振りなどをつぶさに観察し、メモもした。そしてそのメモを見ながら、 「このメモの内容から見ると、貴男の御両親は純粋なアフリカの方ですね。祖国は、えーと南アフリカかな?名前も解りますよ。×××××××・・・・」 彼は兆一に深々とお礼をして、小山家から出て行った。 その後万和は兆一に、 「兆一、お前はいつからヨロズと話し始めたんだ?」 と、少し険しい顔をしながら言った。兆一はそれに対してあっさりとこう言った。 「え?ヨロズって何?それが何かあるの?」 「何?ヨロズを知らないでお前あんな事が出来たのか?」 この時、二人の会話に突然空から響く声が聞こえて来た。 「その通りだ万和。兆一は俺の助けなしで此処までやってのけたんだ」 何だこの声?天から降りて来るような、地から響いて来るような・・・まさかこれが? 「そうだ兆一、俺の名はヨロズ。万和の代までずっと小山家に『ヨロズの言霊』と『空間拳』を教えて来た。万和は俺の知っている事を全て知っているから、俺がお前に教える事は何もない。しかしこれからやらなければならない事のために、俺はお前と話をする」 かくして兆一はヨロズと会話するようになった。それにしても「やらなければならない事」とは一体何か?それは今はまだ解らない。 それからついでに、その黒人、ローディン・ニドーからお礼の手紙が来たのは一週間後、祖国の南アフリカから親戚に会えたという内容だった。
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