■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

此処に兆一・始動章 作者:七木ゆづる千鉄

第2回   応援団の練習・元山市・兆一の初恋
午後の授業も終わり、応援団の面々は再び部室へ集まった。そして再び「天通拍手」。全員校舎の屋上へと移った。
「時間がない訳じゃないのに、何でいちいちこれをやんなきゃいけないんだ?昼休みの後も、もうしんどいったらありゃしない・・・」
「それだけ喋れるだけの余裕があるんだったら十分だ!善三郎、甘えてんじゃねえ!」
善三郎の愚痴に答えたのは「タク」こと卓である。口調にも態度にも、強引さが満ち溢れている。そしてこれから茂野河高校応援団の「平日練習」が始まるのである。
「平日練習」の最初は発声練習である。「フレー茂野河」とか、「がんばれ茂野河」とか、「負けない茂野河」とか、一年・二年の全員が腹の底から声を出す。しかしただ声を出すのではない。声を出すと同時に、背中に回した手のひらをぐっと握りしめるのだ。これは「空間拳」の中の「無打」という技で、自分の全身全霊に力を込め、全身を鋼のように堅くする時に使うものなのだ。応援団が「空間拳」を学ぶ時、最初に習うのがこれである。朝兆一が鶴田中に使ったのも、この「無打」だった。
その後の練習は腕立て伏せ200回、足上げ腹筋2分を10回、それから「手上げ」20分、そしてダッシュ「永遠」など様々なものを合計2時間の中でやっていく。そしてその2時間が経ち、
「よし、これで今日の練習は終わりだ。全員整列・・・」
と天河が言いかけた時、兆一の地獄耳がある「異変」を捉えた。
「テンさん大変です!何か空から、飛行機のようなものが、ここに向かって落ちて来ています。早く『天指し』をしないと・・・」
「そうか兆一、解った。全員用意だ」
この天河の言葉と同時に、全員が右手を直角に曲げながら空に向かって人差し指を指し、右手の力こぶを左手で叩くと同時に、
「天!」
と叫ぶ「空間拳・天指し」をした。
すると、落ちかけていた「飛行機」が空へと舞い上がった。応援団一同は皆「やったー」と喜び合う、一年間の練習の成果が思わぬ所で出たからである。
「それにしても、今の『飛行機』は何だったんだ?」
「多分元山に向かってたんじゃねえか?もしかしたらUFOかもしれないぞ」
兆一のこの答えに、一同は「何?」という顔をしたが、元山だったら有り得るなとお互い目で確認をした。
 元山、元山県の県都である元山市は茂野河の源、丸打峠を越えた「元山高原」にある、茂野河市が市になる前から市になっていた大都市で、大きな空港まであり、その空港にはUFOまで来ているという噂がある。そんな所だから其処の高校、億次郎が通信制で通っている元山高校も非常に大きな学校で、学校の運動部も全国でほとんど一番になっている。片や茂野河高校はと言うと、昔から夏に行われる元山と茂野河の「対抗戦」もある時まではいつも元山の圧勝だった。そのある時とは、万和と億太郎が応援団を作った時、それからはいつも対抗戦の全てが引き分けとなってきたのである。
さて、「天指し」で「飛行機」の墜落を防いで喜んだ後の応援団の面々、全員の顔には明らかに疲労の色が見受けられる。いつもだったらマネージャーの「水」が出てくるのだが、広美も順子もまだ来ていない。一体何処で油を売っているんだ?たまらず兆一が雄叫びをあげた。
「見ずや見ざるや、水の水たる所以を。・・・みじゅうぅぅぅぅ!」
すると、ピーン、と「天通拍手」の音とともにやかんを持った広美と順子が現れた。
「な、何だ?何で二人ともやかんを持ってるのに『天通拍手』が出来るんだ?」
と、しわがれた声で驚きの声を上げた善三郎に、広美がこう答えた。
「兆ちゃんよ。あの声がやかんをここまで運んでくれたのよ。それにしても凄いわね。本当に出来るなんて」
「よし、マネージャーの二人、合格だな」
と、天河の声。なんと、この「遅刻」は団長の天河も承知の上の事だったのだ。
それから一同はやかんの水を代わる代わる飲み干した。うめえうめえと言いながら。そして、
「よし、給水終わり。これから最後の型に入るぞ」
と、天河の声である。一同は整列し、天河の型の後、全員の声が響く。
「フレーー、フレーー、モノー、カー、ワーーー」
「フレッ、フレッ、モノカーワー、フレッ、フレッ、モノカーワー」
この声が学校中に響くと、それまで少し疲れていた全部の部が、
「お、又今日も聞こえて来た!この声を聞くと、疲れなんか吹っ飛ぶんだよな。よしみんな、もう少し気合い入れていこうぜ!」
と、再び練習に励むようになる。これも「空間拳」の力なのだが、もう暗くなった学校に元気がこだまする、茂野河高校の放課後のひとこまである。
「平日練習」も終わり、家へと帰っている兆一、広美も一緒に歩いている。
「もう!テンさんったら困っちゃうわ、何かと理由をつけて学校に残るんだから」
広美の口調には明らかに「不満」がこもっている。それに対して兆一はなだめすかすようにこう言った。
「コーちゃんしょうがないよ。だって応援団の団長とマネージャーが出来てるんだから、みんなも何かしらやっかむって」
この一言に広美は猛烈にかみついた。
「何よその『出来てる』って言葉は。兆ちゃん、そんな事言うんだったらキスした事があるの?」
「え?いやあ無いよ。それじゃコーちゃんはあるの?」
「え?私?・・・あるわよ」
広美のこの言葉に、兆一はふと昔の事を思い出した。
それは一年前のちょうど今頃、広美は兆一にこう切り出した。
「兆ちゃん、私テンさんの事が好きだって事が解ったの。どうしたらいい?」
この言葉を聞いて兆一は、はっ、と気付いた。自分が広美の事が好きだと言う事に。でも、
「ああ、そうだったんだ。なら俺がテンさんに伝えるよ。コーちゃんとテンさんとなら、きっとお似合いのカップルになるよ」
と、自分の気持ちを殺して、広美と天河の恋のキューピットになる事にしたのだった。
そうか、テンさんとコーちゃん、もうそこまで行ったんだ、良かったなあ・・・と感慨に浸っている兆一に、広美が突っ込みをこう入れて来た。
「兆ちゃん、何ぼんやりしてるのよ。何か秘密にしている事でもあるの?」
何も知らない広美は、兆一の「秘密」に近付いてくる。まずい、と兆一は決心してすっとんきょうにこう言った。
「秘密?ヒミツの味は蜜の味、嘗めてしまえばナチュラル・ハイ!」
広美は、又これ?全く話にならないわ、と呆れ顔を見せた。コーちゃんとテンさんは理想のカップル、俺なんかが横恋慕したらまずいと、完全にやせ我慢の兆一である。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor