「・・・元気だしてな。」と、わたしが黙っていると、わたしに気を使ったのか、かよちゃんは優しい声でそう言ってくれた。わたしはありがとうと答えたけれど、そう答えたわたしの声は、彼女の言葉が嬉しかったのと、彼のことを思い出して悲しくなってしまったのとで、泣き笑いのような変な声になってしまった。
そのわたしの声を聞いてかよちゃんは少し可笑しそうに口元を綻ばせると、それからすぐに優しい笑顔で、「わかちゃんにはまたすぐにいいひと見つかるって。」と、明るい声で慰めてくれた。
「ありがとう。」と、これで何回目になるともなくわたしは彼女にお礼を言った。 「かよちゃにもすぐにいいひと見つかるで。」と、わたしがお返しのようにそう言うと、かよちゃんは軽く笑って、「そうなってほしいもんやわ。」と、おどけて答えた。
かよちゃんも一年くらい前に付き合っていたひとと別れてからずっとひとりでいるみたいだった。 「・・・お互いなかなか上手くいかへんもんやな。」 と、わたしは少し間隔をあけてから苦笑まじりに言った。すると、かよちゃんもつられるようにして小さく笑って、そうやね、と、頷いた。
また沈黙ができて、テレビの音がやわからくその沈黙の輪郭を縁取っていった。ふと部屋の時計に目をやってみると、いつの間にか、時刻は夜の九時半を回ろうとしていた。
「かよちゃんは明日仕事?」 と、わたしはかよちゃんの横顔に視線を向けてからなんとなく尋ねてみた。すると、かよちゃんは口にしていたマグカップをテーブルの上に戻してから、「うん。」と、短く頷いた。
「明日は九時から仕事やね。」と、彼女はちょっと憂鬱そうに言った。
かよちゃんは大学を卒業したあとアロマテラピー関連の会社に就職したのだけれど、人間関係のごたごたとか色々あってその会社を辞めて、今はアルバイトで入った花屋さんで契約社員という形で働いていた。 「わかちゃんも明日は仕事?」 と、かよちゃんはわたしの方を振り返ってそう尋ね返してきた。わたしは彼女の言葉にうん、と頷いてしまってから、急に明日働くことが億劫になってきた。わたしは大学を卒業してから、植栽関係の会社で働いていた。
わたしの働いている会社はまだ比較的きちんと土日休みがもらえる方ではあるけれど、それでも毎日のように残業になってしまうし、義務とか目標とか、そういうことに追われて、ときどきうんざりしてしまうことがあった。
「・・・もっとゆっくり時間があったらいいんやけどなぁ。」 と、わたしが冗談まじりに言うと、かよちゃんは軽く微笑して、そうやね、と頷いた。そしてそれから、「もしゆっくり時間があったら、またみんなでどっか旅行に行きたいよな。」と、静かな口調で言った。
「そうやね。」と、わたしは曖昧に微笑して頷きながら、でもきっとそんなふうにゆっくりできる時間は、これから先どうぶん来ないんだろうな、と、諦めるように思った。そしてそう思うことは、何がどうということもなく、少し、寂しいような気がした。
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