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池田を巡る恋愛。 作者:上原直也

第6回   6
          ☆
 

 店を出たときには、時刻はもう午前三時を少し回っていた。結構長居してしまったな、と池田は思った。
 帰りの車のなか、あまり会話は弾まなかった。お互いに、それぞれの思考のなかに沈み込んでしまっている感じだった。

 藤崎さんが口を開いたのは、あともう少しでさっきのビデオ店に着くという頃になってからだった。
「さっきはごめんな」と、藤崎さんは謝った。何のことなのかよくわからなくて、池田は横目でちらりと彼女の方に視線を向けた。

 すると、彼女は、「…久しぶりに会ったのに、ちょっと重かったよな。あんな話するつもりじゃなかってん」
 と、言い訳するように言った。

 池田は咄嗟に言葉が出てこなかったけれど、「べつにそんなことないで」と、できるだけ優しい口調で言った。「俺も彼女に振られた話ししたんやし」
 池田がそう言うと、藤崎さんは何が可笑しかったのか、少し小さく笑った。そして、「お互い色々上手くいかへんよな」と、弱い声で言った。「仕事のこととか色々…」池田はちょっと考えてから、「確かにな」と、頷いた。

「…わたしな、いつもはそうでもないんやけどな、ときどき落とし穴に落ちたみたいに寂しくなってしまうことがあるねん。それはべつに彼氏と別れたからとかじゃなくてな、もっと漠然とした、対象のない寂しさやねん。それですごく落ち込んでしまったりする」

 信号待ちで止まったときに彼女の方に視線を向けてみると、彼女は車の窓に頭をもたせかけて、哀しそうな顔をして外の景色を眺めていた。
「でも、それは誰でも同じやで」と、池田は言った。
 すると、藤崎さんは意外な言葉を耳にしたように、振り向いて池田の顔に表情のない視線を彷徨わせた。信号が青に変わったので、池田はアクセルを踏んだ。

「俺もたまにめっちゃ寂しくなったりすることあるで。…やっぱひとりでずっと勉強してるとな、なんかしんどくなったりすることがあるねん。絶対結果出せるとは限らへんしな。…そういうときはすごく寂しくなったりするで」

 彼女は黙って池田の顔に視線を注いでいたけれど、ふっとその口元を緩めて、「池田くんもそんなこと思ったりすんねんな」と、意外だというよりは感心した様子で頷いた。

 池田はちらりと彼女の方に視線を向けて、「俺、結構寂しがり屋やったりするしな」と、冗談めかして言った。
すると、藤崎さんは可笑しそうに口元を綻ばせた。

「でも俺はそういうときは無理に逆らわんと、流れに身を任せることにしてんねん」と、池田は正面に視線を戻しながら言葉を続けた。
「流れに身を任せる?」と、藤崎さんは繰り返した。
「…なんて言うんやろ」どう表現したらいいのかわからなくて、池田はちょっと眉をしかめた。「落ち込んでるときってな、ついつい落ち込んでしまってる自分を責めてしまうやん。何こんなことで俺は落ち込んでるんやろって。でもそんなことしてもな、よけいに気持ちが沈んでしまうだけやと思うねん。だからな、そういうときは何も考えんと、落ち込んでしまえるだけ落ち込んでしまうことにしてんねん。その方が、底から浮かびあがってくるのも早い気すんねん。…まあ、ひとにもよるんやろうけどな」

 藤崎さんは池田の言葉にしばらくの間黙っていたけれど、「そうかもしれへんな」と、何か考え込むような表情を浮かべて頷いた。

「とにかくな」と、池田は言葉を続けた。「俺はこう思うことにしてんねん。何かめっちゃ哀しいことがあったあとにはな、それと同じくらいめっちゃ嬉しいことがあるんやって。…世の中そんな単純じゃないと思うけどな、少なくともそう思うことによって、気持ちがちょっと楽になんねん。ああ、こんなひどい目にあったんやから、また次いいことはあるわって」

 そう言ってしまってから、池田はちょっと照れくさくなって笑った。すると、つれられるようにして藤崎さんもちょっと笑った。
 

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Novel Editor by BS CGI Rental
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