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冬の花 作者:上原直也

第2回   2
和華ちゃんというのは、僕の大学時代の友人だ。一番最後に彼女に会ったのは、去年のちょうどこれくらいの時期だ。少しずつ冬の寒さが厳しくなりはじめた頃。確か十一月の終わり。友達の結婚式があったときだ。

 一年前の十一月下旬、僕は友人の結婚式に出席するために東京から大阪に向かった。移動手段は鈍行電車。なぜ新幹線ではなく鈍行電車なのかというと、それはお金がないからだ。僕はフリーターで(フリーターでもお金に余裕があるひとはいるだろうけど)お金にあまり余裕がない。一人暮らしをしているので、稼いだお金の大半が生活費に消えてしまう。だから、なるべく安い料金で目的地に向かいたかった。

料金の安さという点に関して言えば、夜行バスを使うという手段もなくはなかったのだけれど、でも、僕はなるべく夜行バスには乗りたくなかった。というのは、夜行バスだと席が指定されていて身動きがとれないからだ。あと、休憩のために頻繁にバスが停車するのも気になるかもしれない。僕は眠りが浅い方なので、どうしてもバスが停車するたびに目が覚めてしまうことになるのだ。それから、カーテンが締め切られていて、外の景色を全く見ることができないというのも苦痛だったりする。

極端な言い方をすると、夜行バスはまるで棺桶に詰め込まれて目的地まで運ばれているような気分になる。

その点、電車は常に外の景色を眺めていることができるし、座席が指定されているわけではないからいくらでも自由が利く。それに乗り換えもあるから、そのたびに新鮮な気持ちになれるというのもいいかもしれない。

 とにかく、僕は電車に乗るが好きだ。電車に乗ってゆっくりのんびりと目的地向かうのが好きだ。その間に色んなことを考えられるし、自分の感情や思考を整理したりすることもできる。それから自分の知らない街や景色を見て、そこで暮らしている無数のひとたちの生活を想像するのも楽しかったりする。
  


                
 結婚式が終わった次の日、僕は梅田駅で和華ちゃんと待ち合わせた。せっかく大阪まで来たのだから、色々話したいねという話になったのだ。できれば他の友人とも会いたかったのだけれど、次の日が平日だったこともあり予定が合わなかった。

和華ちゃんはそれまで勤めていた会社を辞めていて、だから、比較的に時間には融通が利くみたいだった。今は花屋さんでアルバイトをしていると昨日結婚式で顔を会わせたときに彼女は話していた。

 久しぶりに見る大阪駅は大きく様変わりしていた。何もかもが新しく綺麗に整備されていて、僕の知らないビルやお店がいくつもできていた。そのせいか、知っている場所のはずなのに、まるで知らない場所に居るかのような落ち着かない気持ちになった。

 僕がほんとうにここで大丈夫なのかなと不安に思いはじめていると、やがて和華ちゃんがやってきた。昨日は気がつかなかったのだけれど、一年ぶりくらい会う和華ちゃんは以前会ったときよりもだいぶ大人っぽくなったような印象を受けた。

「おはよう。」と、僕は言った。
「おはよう。寒いな。」と、和華ちゃんは少し微笑して答えた。
「これからどうする?」と、僕は訊いてみた。
「そうやなぁ。」と、彼女は呟くように言うと、鞄のなかから携帯電話を取り出して時刻を確かめた。僕も自分の携帯電話を取り出した。見てみると、時刻はまだ午前九時半を少し回ったあたりだった。
「何時の電車で帰るんやったけ?」
 と、和華ちゃんは再び携帯電話を鞄のなかにしまいながら言った。
「一時六分の電車。」
「じゃあ、まだもうちょっと時間あるな。」
 と、和華ちゃんは僕の返答に安心したように頷いた。
「帰りもまた鈍行で帰るの?」
「そうだよ。」
 と、僕は頷いた。
「大変やなぁ。」
 と、言った和華ちゃんの声は面白がっている感じになっていた。つられるようにして僕も微笑しながら、
「でも、結構楽しいよ。のんびりできて。」
 と、言った。
「そうなんや。じゃ、わたしも今度鈍行で東京まで行こうかな。」
 と、和華ちゃんは冗談めかして答えると、
「どっか行きたいところとかある?」
 と、少し改まった口調で尋ねてきた。
 でも、急に行きたい場所があるかと訊かれても何も思いつけなかった。それに時間の問題もあった。一時の電車に乗らなければならないのであまり遠出することはできない。僕がそんなことを頭のなかで考えていると、
「とりあえず、ヨドバシカメラに行こうか。」
 と、和華ちゃんが言った。
 ヨドバシカメラは梅田駅の目の前にある大きな家電製品屋だ。
「結構面白いで。色んな新しい電機製品があって。」
「じゃあ、そうしようか。」
 と、僕は和華ちゃんの提案に頷いた。特にこれといって行きたい場所があるわけではなかったので、行く場所はべつにどこだって構わなかった。



まだ午前中だということもあって、訪れたヨトバシカメラはガラガラに空いていた。僕たちはとりあえずという感じで店内に置かれている様々な家電製品を見て回った。なかでも特に興味を惹かれたのは、新しい機種のパソコンだった。

それらの商品は僕が五年程前に買ったパソコンと比べて全くべつの商品のように思えた。当然機能は格段にレベルアップしているし、デザインも一新されていた。僕が買ったデスクトップパソコンはやたらと大きくて不恰好な姿をしているのに対して、最近のパソコンは大きさもいくぶんスマートになり、デザインもほれぼれと見とれてしまうような洗練された形になっていた。

「これで十万円は安いね。」
 と、僕は特売で売り出されているソニーのパソコンの前で立ち止まって言った。
「僕が持ってるパソコンよりも遥かに性能がいいのに、値段がずっと安いって、何か哀しくなるね。」
 僕の科白に和華ちゃんは少し可笑しそうに口元を綻ばせると、
「わたし、ちょっと前に新しいパソコン買ったで。」
 と、得意そうに言った。
「そうなんだ。」
 と、僕はちょっと驚いて言った。
「でも、和華ちゃん、一台ノートパソコン持ってたよね?」
 と、僕が訊くと、和華ちゃんは軽く頷いて、
「そうなんやけどな、前働いていた会社で仕事するのにふたつないと不便でな、だから新しく買ってん。」
 と、答えた。
「やっぱり薄型の液晶のやつ?」
 と、僕が訊くと、
「そうやで。」
 と、和華ちゃんは当たり前のように頷いた。
「いいなぁ。」
「じゃあ、吉田くんも新しく買ったらいいねん。」
「そんなこと言っても、お金ないからね。フリーターだし。」
「そっか。」
 と、和華ちゃんは僕の返答に頷くと、何秒間の間何か考えている様子だったけれど、
「吉田くんは就職はせえへんの?」
 と、やがて言った。
「そうだね。」
 と、僕は曖昧に頷いた。

僕はそのことを訊かれるのが苦手だった。というか、嫌いだった。僕が大学を卒業してから就職しないでフリーターでいるのは、小説家になりたいからだった。もちろん、就職して働きながらでも小説を書くことはできるだろうし、実際にそうしているひとがいることも知っているけれど、でも、そうなると書く時間が圧倒的に限られてくるし、僕はどちらかというと書くペースが遅い方なので、比較的時間にゆとりの持てるフリーターでいたいという気持ちがあった。

しかし、大学を卒業してからもう三年半くらいが経ち、未だに結果が出せていないのだから、そろそろべつの道を模索すべきなのかもしれないなと思ったりもする・・。あるいはきっぱりと小説のことは諦めてしまうとか。・・そのことはずっと考え続けて今に答えが出せないことだった。いや、単に答えを出すのを先延ばしにしているだけなのかもしれなかったけれど・・。


 そのあと、僕たちはMP3プレーヤーのコーナーを観てまわり、それから、プラズマテレビ等の巨大な液晶テレビを観て回った。欲しいものはたくさんあったけれど、どれもこれも高くて手が出せないものばかりだった。

お金があればな、と、僕は思った。もう少しお金があったらいいのにな、と、切実に思った。べつにこんな高額の商品を買うことはできなくていいから、せめて、たとえば飲食店等に入ったときに、お金のことを気にせずに好きなものが食べられるくらいの贅沢ができたらいいのにな、と、思って、妙に哀しいような気持ちになった。

でも、今のお金のない現実を選んだのは自分なのだし、だから、それは仕方のないことだった。それに考えてみれば、僕なんかよりももっともっとお金がなくて困っているひとたちだっているのだ。だから、そんなことを思うこと自体間違っているかもしれなかった。でも、そうとわかっていても、心のなかに湧き上がってくる、何か青色の色素を含んだような感情は、どうすることもできなかった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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