水色の雨が、窓の外の景色を静かに濡らしていた。見ようによっては淡い水色の花びらがいくつも空から舞い落ちてくるように見えなくもない。
店内には押さえたボリュームでピアノの曲がかかっていて、そのピアノの音と雨音は宙でやわらかく溶けあっていた。
ケータイの画面で時刻を確かめてみると、もう約束の時間は過ぎてしまっていた。
僕は喫茶店の出入り口の方へ視線を向けてみた。でも、まだそこに彼女の姿が現れる気配はなかった。
・・ひょっとすると、彼女は来ないつもりなのだろうか、と僕は心配になった。約束の時間を過ぎたといっても、まだせいぜい10分程度のことなのだけれど、あるいはもしかすると、彼女は意図的に僕のことを避けて、このまま約束を破るつもりなんじゃないか、と不安になった。
彼女がそんなことをするようなタイプではないことはよくわかっていたけれど、でもついつい悪い方向に想像を膨らませてしまうのはどうしようもなかった。
だけど、彼女がこのまま来ないのなら、それはそれで構わないという気がしないでもなかった。
というのは、僕はこれから彼女に告白するつもりでいるからだった。このまま彼女が姿を現さなければ、もともとない勇気を振り絞って、彼女に想いを告げる必要もなくなる。
・・つまり、僕は告白する以前に、彼女に振られてしまうことになるわけなのだけれど、でも返ってそっちの方が楽なのかもしれない、と半ば投げやりに思ったりもした。
僕はコーヒーカップを手にとって、コーヒーを口に含もうとした。でも、それはもう空になってしまっていた。僕は手にしていたコーヒーカップをソーサーの上に戻すと、変わりにお冷やを少し口に含んだ。でも、その水にはどうしてか洗剤の味が混じっているような気がした。・・緊張しているせいかもしれない。僕は手を上げてウェイターを呼び、また新しくコーヒーを注文した。
新しくコーヒーが運ばれてくるまでの間、僕は何となく隣りの窓の方へ視線を向けていた。
窓の外に広がる景色はもう見慣れたものだ。手前にアスファルトで舗装された狭い道路があり、それを挟んだ向かい側には古ぼけた家が一軒建っている。
洋風建築の二階建ての白い家で、家のところどころには涙の流れたあとのような青黒色の染みが薄く滲んでいる。
よく見てみると、その家の閉じられた問の隙間から、花が覗いて見えるのがわかった。名前の知らない、淡い水色の花だ。白いプラスチックの鉢植えでその花が栽培されている。あんなところに花が咲いていたなんて、今まで知らないでいたことだった。
遠目に見ても、その花はとても美しく感じられた。何よりもまず惹きつけられてしまうのは、その色彩の美しさだった。目に冷たいような透き通った水色をしている。目を閉じれば、その花の色彩が瞼の内側で静かに溶けていきそうな気がした。
間もなくすると、新しいコーヒーが運ばれてきた。ウェイターは古いコーヒーカップを下げていった。僕は新しいコーヒーを口に含みながら、また花の方へ視線を向けた。
理由はわからなかったけれど、とにかくその花に強く興味を惹かれた。・・記憶は最初、輪郭を失った曖昧な形でぼんやりと思考の表面に滲み出してきて、やがてそれは水気を帯びたような映像と伴に、本来の形へと復元されていった。
|
|