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作者:浅上陽一郎

第3回  
 授業が終わり、教室が安堵感を得、ざわつき始める。僕は鞄を肩に掛け、教室を抜け、玄関に向かう。そこで、呼び止められた。
「いよぅ」
 芥川だった。
「お前、これからどこへ行く気だぁ? 部活があるんだろうが、部活がよ」
「なんで、お前に説教受けなきゃなんないんだよ」
 芥川は何故かいつも、部活をサボろうとする僕の行動を見越してでもいるかのように僕を玄関のところで待ち伏せている。
芥川と知り合った最初の日からそれが続き、僕はトイレの裏口や職員玄関を使っての学校からの脱出を試みたりもしたのだが、芥川が僕を捕まえなかった日は無い。
そして何故かいつも「部活に行け」と説教を垂れるのだ。かなり変わった奴である。
「今度やる劇の脚本が出来たらしいぜ。今日は部活に出た方がいい」
「なんでお前がそんな事まで知ってんだよ」
 それに、こいつが「部活に出た方がいい」というのは毎度の事だ。
「風の噂で聞いた」
「はぁ…」
 僕はため息を吐きながら、やはり今日もこうなってしまったかと思いながら、外履きを再び靴入れの中へと戻す。勝ち誇った顔が小憎らしい。
「さぁさぁ。今日も頑張ってこい」
「余計なお世話なんだよ。全く…」
 と僕は口に出しながらも、どこか芥川に惹かれていた。どこか頼もしい。本当なら、「今日は歯医者」だの、「風邪気味」だの嘘を吐いてやり過ごすのもよかった。しかし、僕は芥川にだけは嘘は吐きたくなかった。
 それが、高校二年の心細かった時期に、気さくに声を掛けてくれた新しい友人への僕のせめてもの感謝の気持ちである。

 この学校には体育館が二つある。本来取り壊されて然るべき二つある体育館のうちの一つ―旧体育館は。県の予算の都合上、取り壊すことが出来ないという理由で、築三十年以上にもなる旧体育館。そこで僕達は活動を続けている。おかげで僕達、S高校演劇部はその旧体育館のステージ上を根城にする事が出来ている。もしこの県に沢山の予算があったなら、僕たちは今頃狭い視聴覚室かなんかでの練習を強いられる事になっていただろう。こもった密室である視聴覚室よりも、やはり開放された空間である体育館のほうが発声練習の都合にもいいし、何より上手下手に掃けるという舞台の感覚がとても掴みやすい。
 いつものように練習に勤しむ僕らの前にその人は現れた。
 転校生―佐真瀬さんだ。脇には如月君が背中を丸めてついている。
「や、やあ」
 と如月君は震える声でそう言った。音が籠もり、聞き取りづらい声だ。
「どうしたの? 入部希望?」
 演劇部一同、練習の手を休め、そのお客さんを迎え入れた。
「い、いや僕がじゃなくて、こ、この佐真瀬がさ」
「へぇ」と僕は思った。演劇部部長であり、みんなのまとめ役でもある佐藤
拓也が、如月君と佐真瀬さんの応対をした。同じクラス、という事で僕も佐藤君の隣に並んだ。
「転校生なんだよ、佐真瀬さんは」
 僕は佐藤君に言った。
「よろしくお願いします」
 と佐真瀬さんはにこやかに笑った。多分彼女は誰にも笑っていない。
「か、彼女は演劇部員というせ、設定なんだ。ぼ、僕は彼女を演劇部まで送って、ぼ、僕はサッカー部で、ぼ、僕が佐真瀬の発表会をみ、見に行ったり、さ、佐真瀬が、ぼ、僕のサッカーの試合を見に来たりするんだ」
「あ、あれ? 如月君ってサッカー部だったっけ?」
 演劇部員の一人、メガネを掛けた女子―井上千尋がそう言った。
「い、いや、これはあくまでも、せ、設定だからさ。か、彼女が、ぼ、僕の事をサ、サッカー部のエースだと、思っているから、そ、それでいいのさ」
 佐藤君が、ステージ脇に据えられた放送室の中にある三つある机のうちの一つの引き出しから、入部希望用紙を取り出して来て、彼女がそれに氏名を記入し、(用意のいいことに)既に持参してきていたハンコを彼女はその用紙に押し、佐真瀬さんの入部が決定した。
 演劇部の皆は彼女を歓迎し、彼女も笑顔でこの旧体育館ステージという空間に溶け込んだ。
 如月君は何度も後ろを振り返りながら旧体育館を後にし、佐真瀬さんはそんな如月君が旧体育館から出て行くまで笑顔を崩さずにまるでメトロノームのように寸分の狂いも無い規則的な調子で手を振り、彼を見送った。僕は思った。如月君は確認している、佐真瀬さんが彼の願いどおり自分の手元を離れても自分の事を思っていてくれるのかを。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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