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作者:浅上陽一郎

第11回   11
 放課後、いつもの通り発声を終え、さあこれから劇の通し稽古だという時に、小林さんは
「お願い、ちょっと聴いて欲しい事があるんだけど」
 と言った。小林さんは脇目で僕の方をちらりと見た。僕は頷いた。「大丈夫よね」「大丈夫さ」
 これから練習だというちょっとした興奮から部内はざわめき立っていた。落ち着きを失った部員は小林さんの声には気がつかなかったが、佐藤君が
「演出のほうから指示があるみたいだぞ」
 と呼びかけてくれたお陰で、皆が小林さんを見た。
「えっとね、ここの演出の事なんだけど」
 と彼女は全員に演出の意図を打ち明けた後、その全様を筋書きの順番に沿いながら話した。
 説明が続くにつれ、部内からは「無理だよ」「これはちょっとな」「めんどくさーい」といった声が漏れ始める。しかし、小林さんは怯む事無く全てを言い切った。小林さんに言わせれば、この演出は彼女一人のものではないのだ。この演出は僕達が日常の中で生み出したものなのだから、なにも恐れる必要はない。否定された時は、否定されたからこそのものを生み出せばいいだけの事である。
「それは無理よ」
 不意にステージ脇の出入り口から声がした。青海月先生だ。僕は先生の方を向く事は出来なかった。
「それに、そんな演出はかっこ悪いじゃない。そんな風に手前勝手な演出をして、賞を貰えた学校なんか今までなかったんだよ? プロの演劇を見てみなさいよ。そうすれば、分かるから」
 しんと静まり返る部内。
 先生の否定の仕方は間違っている。その否定の仕方では何も生まれないし、そもそも先生には否定する資格なんかない。
「先生、これは僕達の芝居なんです。アドバイスなら喜んで聞きますけど、そういう命令は聞けませんよ。僕達が表現したいものを、一番いいと思った方法で実行したものが僕達の芝居なんです。この芝居は売り物でもないし、競技でもないんです」
 と言ったのは僕だった。自分がこういう事を考えているという事に驚いた。自分が考えている事をこんなにはっきり言えたという事で二倍驚いた。
「あ、えと…」
 佐藤君は僕の事を見ている。なんだか頼もしい。
 小林さんは僕の事を見ている。なんだか優しい。
「僕も同意見です」
 佐藤君はいつもの調子だった。
 小林さんは無言で頷く。彼女の目は赤かった。
 部員はそれぞれざわめき立つ。「どうするよ」「でもなぁ…」「うーん」…という声が端々から聞こえる。
 青海月先生はわなわなと振るえ、そして直ぐに踵を返して行ってしまった。
「もう、勝手にしなさい」
 青海月先生の大声が僕たち以外いない旧体育館内に高らかと響いた。
「で、どうするよ。練習、する? こんな調子で…」
「うーん…」
 佐藤君は頭をわしゃわしゃとかきむしった。「もう一ヶ月ないってのによ」と愚痴をこぼしている。
「あー、もうしゃーないか。今日はもう解散。この劇の演出をどうするべきか各自考えてきトくれ、以上、終わり」
「お疲れ様でした」
 半ばやけくそのようでもあった佐藤君。僕は少しばかりそんな佐藤君が不安であった。
「おい」
 と僕は山川君に呼び止められる。
「正直な話、お前の言ってることはよく分かんなかったんだけどよー、なんつーか、胸の辺りがスカッとしたぜ。まあ、小林さんの演出の事は前向きに考えてやるよ。それに俺、あの先生いけ好かなかったんだ」
 それだけ言うと肩に鞄をかけ、山川君はステージを降りていった。
「おい」
 次は佐藤君に呼び止められた。
「頑張ろうな、芝居、成功させようぜ」
 僕は首を縦に振った。頭が軽くなって、首ごと取れてしまいそうだった。
 解散した後、何人かの部員が残った。
「はい、ここまで」
 脚本を見ながら、佐藤君は手を大きく叩く。僕達は結局、残ったメンバーだけで練習する事にした。確かに、今後の演出の方針いかんでは、この練習も無駄になってしまうだろう。だからといって僕達は、練習をしないわけにもいかない。焦りという目に見えないものが僕達を責め立てるのだ。
「皆本光は、まだ動き固いな。前から比べると大分良くなってるけど」
「比良野静香はいつもの通り調子いいよ」
「ようし、もういっちょいくか」
 今度は違うやり方でやってみよう、一回の通し稽古が始まるたびに僕は何度もそう思った。
 帰り道、いつもの事ながら練習は夜中までかかってしまい、外は真っ暗だった。心地よい疲れの中、僕らは学校近くのお好み焼き屋による事にした。
 玄関前で集合し、いざ店に行こうとした時にそそくさと帰っていく二人の佐真瀬アイがいた。
「一緒に行こう!」
 僕は二人に向かって言った。
 二人は惑っている風でお互いに顔を見合わせ「どうしようか」と相談している感じだった。僕は待っていられなかったので、
「反省会も兼ねてさ、たまにはいいだろ。僕、佐真瀬さんに相談したい事とか色々あるし」
 二人の拮抗状態が少し崩れた。
「ほら、さっさとしろ。そんなんじゃ店が閉まっちまうぞ」
「ほら、佐真瀬さん、早く」
 二人は呼びかけに応じてくれ、佐真瀬さんを連れた僕と佐藤君と井上さん、小林さんに加えて下級生一年生四人の計十人はまだらな街灯も気にもせず真っ直ぐに店に向かった。
「かんぱーい」
 と言いグラスを合わせる僕らだが、その中身はもちろんソフトドリンクである。佐真瀬アイさんはウーロン茶を、僕と小林さんはメロンソーダを、井上さんはコーラ。佐藤君は、牛乳。
「えー、僕達、S高校演劇部の成功を祈ってー!」
 などと騒ぎ立てる僕達。お酒を飲んでいないのにこんなにもハイになれるのは、演劇部員の特異体質によるものかもしれない。分かる人にしか分からないだろうが、演劇は人を変える。一度芝居をするとタガが外れる。僕達はそれを堕落するとか言いながら、よく互いを罵ったものだ。
「小林さんってさー、入部した時と比べると大分変わったよねー」
「えー、何言ってんの、あんたになんか言われたくないよ、あんたすごいじゃん。笑い声がさ、“うぇ、あっはっはっは”とか訳わかんないの、おまけに煩いの」
「俺、昔はまともだったんだけどなぁ」
「うるせぇ、人間は皆馬鹿だー」
 誤解の無いように言っておくが、僕達は本当にアルコールを口にしていない。僕と小林さんは体に悪そうな緑色のメロンの味のしない炭酸水、佐真瀬さんは滅茶苦茶薄いウーロン茶、井上さんは気の抜けたコーラ、佐藤君は牛の乳。
「佐真瀬さんもさ、大分変わったよね」
「え?」
「うん、変わった変わった」
「なんか、二人に差が出てきた。それに、色んな顔をするようになったし」
 二人の佐真瀬アイは互いを向き合って、それからどうしたらいいものかと黙っていた。
「まあ、気にすんな。ほら、豚玉来たぞー」
 頭に手ぬぐいを巻いたおばちゃんが、湯気を立てた大きな皿を器用に三枚も腕に載せてやってきた。
「あれ? いつもより大きくない?」
「大会近いんでしょ、頑張ってよ。これはいつも利用してもらってるサービスだよ」
「やりぃ」
「じゃあさ、お酒も頂戴よ。先生には内緒でさ」
「こら、調子にのんじゃない」
 そう言っておばちゃんは奥の厨房に引っ込んだ。そして、残りの注文の分も持ってくる。
「おお、えび玉だ。えびが入ってる。すげぇ」
「当たり前じゃ、ボケ」
「知ってる? えびってね水死人の肉を食べるんだよぉ」
 小林さんは本当に博識である。しかし、おばちゃんに小突かれた。
「営業妨害だよ、そりゃぁ」
「あー、おばちゃんごめんなさーい。ああ、待って、お皿持っていかないで」
「えっと、これは餅か? チーズか?」
「チーズだったら、俺んだ」
「ぐはぁ、井上さん。それ違う。それソースじゃないよ。ドロドロしてないじゃん。さらさらじゃん。醤油じゃん」
「うるせぇ、今流行の新食感!」
「わけわかんねー」
 そんな風にもみくちゃになる僕ら。そして、そんな僕達を見て、二人の佐真瀬アイは笑い出した。今まで、同じ人間が二人いることに不気味さを感じていた僕だったが、今は二人の見分けがつくようになっている。よく見れば、目の大きさも、癖も大分違う。
 佐真瀬アイが初めて笑った事に気がついた僕らは一瞬きょとんとしたが、直ぐに調子を取り戻した。
「青海月がなんだー、芝居は心だー」
「司馬懿は中国人だー」
 そう、僕達はこうやって笑い合える事が出来る。お酒なんかなくったって、僕達は十分に楽しかった。
 お酒なんかいらないだろ、と僕は思う。心はもともと笑うためにあるようなもんなんだから、とその時にふと思った。
「じゃあな、また」
「またー」
「明日からもよろしくねー」
「おうよ」
「バイバーイ」
 こうして別れた僕ら。いつもとは違う帰り道、少し先に佐真瀬アイの影を二つ見つけたので、僕は駆け寄って声を掛ける。
「よっ」
「あ、こんにちは」
「こんにちは」
 二人の佐真瀬アイは同時に僕に気づく。夏の今夜もいつもと同じ調子で虫の声がどこからともなく響いている。森の中にいても家の中にいても、虫の音はいつまでもその響きを変えない。だから僕達は懐かしい気持ちになる。
「今日は、楽しかった?」
 佐真瀬さんは店の中ではあんまり喋らなかったので、彼女達が本当に楽しんでいたのか不安になったのである。
「ええ、今日はとっても楽しかった」
「また、誘って下さいね」
 ほら、二人の佐真瀬アイは違う事を言えるようになった。
「あー、星が綺麗だー」
 美人二人と一緒に歩いて僕は少しばかり恥ずかしくなる。
「ええ、ホント」
 そういえば僕の部屋のカーテンはこんな感じの夜空の絵が描かれていた。今では色あせてしまし、生地が濃い藍色から薄い水色に変化してしまったが。
「あたし、少し不安なんです」
 俯き加減で佐真瀬アイは言う。もう一人の彼女も似たような表情を作る。僕はその時、彼女達共通の事を言われるのだな、と思った。
「あたしは一体何者なのでしょうか」
 二人同時にそう言ったため、声がシンクロした。
「うーん…」
「あたし達は一番最初の頃はこんな風に皆と一緒に笑っていたような気がするんです。でも、どこか遠くの国にそれを置いてきてしまったような気がするんです」
「大丈夫だよ、そりゃ転入してきたばかりの頃はどこか冷たい感じがしたけれど、最近は他の皆と同じように笑えてるじゃん」
「ええ、そうね。でも…」
 彼女の暗い調子は変わらない。僕は純粋に、彼女達の苦しみを軽減してあげたいと思った。壁の向こう側の少女の過ちはもう二度と繰り返したくはなかった。
「この笑いはここで手に入れたものなんです。皆さんー佐藤君や井上さん、小林さんにあなたに…。皆とこんな風に過ごしているうちに覚えた笑い方なんです。これは、私の本当の笑い方じゃ…」
 とまで言い、彼女はハッと息を吐いた。
「いえ、私は決してこれが悪い事だとは思いません。皆さんのお陰で笑い方を知る事が出来た。これは凄く素晴らしい事だと思うんです。でも、また昔みたいに笑い方を忘れてしまう。そんな日が来てしまうと思うと、とても不安で…」
 羽虫が街灯の熱にやられ、焼かれる音がする。
「自分の存在がすごく不安なんです。皆さんのお陰で笑う事が出来た。それはつまり、自分が自分じゃなくなってしまったのじゃないのかという今の自分に対する不安と。そして、それとは逆に今までの私は本当の私じゃなかったんじゃないのかという過去の自分に対する不安があるんです」
 それじゃ、板ばさみじゃないか。それに、その不安は救いようがない。グーを出そうとすれば、パーに負けてしまうから不安。チョキを出そうとすれば、グーに負けてしまうから不安だから、私はジャンケンが出来ませんと言っているようなものだ。
「大丈夫だよ」
 僕は遠くの星を見つめながら言った。
 彼女に向かって言うのではない。自分に向かって言っているのだ。多分、人間が星を眺めるというのはそういうことなのだと思う。
「あのさ、上手く言えないけどさ。あ、あとさ変にカッコつけちゃうけどさ。笑わないで聞いてくれよ?」
「ええ、大丈夫ですよ」
 と二人の佐真瀬アイはそれぞれの笑い方でクスリと笑った。ほら、笑ったじゃん。
「えっとさ…、別にそういうことには問題ないんだよ。成長とか、適応とか、進化とか、学習とか。そういう事じゃないんだよ」
 上手く言えないな、そんな自分がもどかしく星から目を反らして、佐真瀬アイの方を見た。真っ直ぐに僕の事を見据える彼女の瞳には、僕の顔が映っていた。「自分と向き合え」という声がどこからともなく聞こえた。ああそうか、逆に僕の瞳にも佐真瀬アイが映り、彼女達はそれを見ているんだ。
「んとね? 俺でもよく分かっていないんだけどね。“変わった自分”はさ、結局、“変わろうとする必要があったから”“変わったんだよ”。つまりね、“変わろうとした自分”も“自分”だと認める事が大事なんじゃないかな? 上手く言えないけれど」
 今はなるべく小賢しい事は考えないように努めた。常日頃読んでいる本の事なんか忘れて、自分の今までの十七年間で今勝負するときなんだ、戦うときなんだ。
「変わった自分を変わる前の自分が認められるような自分に、更に変わればいい」
 無理やり閉じてみた。でも、箱に押し込められなかった部分が蓋の隙間からちょろちょろと漏れ出ている。無理やり蓋を閉じようと押し込めば、それが勢いを増して噴き出すのは日を見るのよりも明らかだった。
「ああ、もういい、もういい、もういいよ」
 しゃにむに僕は首を振る。突然上げた僕の奇声に、佐真瀬アイはビクっと肩を震わせたようだった。
「大丈夫だよ。悩んだって悩まなくたって明日は来るよ。笑ったって笑わなくたって明日は来るよ。
 もう、なんつーかな。言葉に言葉を重ねたってしょうがないじゃん。だからさ、もういいよ。振り返る事も大事だけど、向き合うっていうのは言葉ばかりじゃないよ。」
 気がつくと僕達は道の真ん中で立ち止まっていた。そんな僕たち三人に、偶然そこを通りかかった一台の車が、クラクションを鳴らした。そのクラクションの響きに、やっと僕達は自分が道の途中で立ち止まってしまっていたらしい事に気がついた。
 結局はそういうことなのだ。
「歩きながら一生懸命考えようぜ。それとも走ろうか? 電車に乗り遅れちまう」
 僕は佐真瀬アイを急かし、駅までの道のりを走っていった。
「げ…」
「あ」
「あ」
 駅に着いたのはよかった。しかし、僕達が乗るはずであった電車は五分前に行ってしまっていた。今日も一時間ほど駅で待ちぼうけ。
「まあ、しゃーねぇか」
 でも、それはつまり、佐真瀬アイと話す時間がまだ少しあるという事でもあるのだ。
 悩む事もそれほど捨てたものじゃない。
 僕達はそうやってまだ生きて十七年しか経っていないのにも関わらずに精一杯に生意気に人生について考えてみたりした。
 もう僕は佐真瀬アイを怖いとは思わなくなっていた。それは果たして、彼女が変わったからなのだろうか? それとも僕が変わったからなのだろうか?
 多分、両方だ。僕達の人生の中には悪も善もありはしない。ただ、川のように流れる時間があり、その川底に足をつけたまま流される事もままならない途方に暮れる自分という存在があるだけなのだ。
 ああ、でもやっぱり間違っているのかもしれない。そもそも答えなんかないのかもしれない。だってまだ僕達は十七年間しか生きていない。これからも途方もない時間が巡り来る。僕達はここで別れる。また明日、という言葉の圏外に出る。そう、来年僕は大学受験のため多忙に追われる日々を送るのだろう。時間もあっという間に過ぎる。
 受験期間中は、多分、今日の事を笑うのだ。あの程度で人生語るなんて馬鹿だった、と過去の自分を笑い飛ばすのだ。それからも色々あるのだ。社会人になっても、やはり、今日のことを笑うのだ。いつまでも、笑い続けるのだ。昔の自分を笑い続けるのだ。
 でも、目を背けちゃいけない。笑っちゃいけない。過去は揺ぎ無いけれど、未来は遠く向こう側に見えない。今までが僕の全てだから、「あの頃」の自分を笑っちゃいけない。受験期間中の僕が、今の僕に「よく頑張った」と言えるよう、社会人になった僕が、今の僕に「よく頑張った」と言えるように。
「だからさ、今はこの芝居、頑張ろうぜ」
 規則的に揺れる電車の中、僕は二人の佐真瀬アイに言った。
「そう、だね」
 少しだけ彼女は強くなった気がしていた。
 佐真瀬アイは僕達が降りる駅よりも手前の駅で電車を降りた。
「またね」
 と電車の中の方の佐真瀬アイが言い
「うん、またね」
 と今、電車を降りた方の佐真瀬アイが言う。
 そう、彼女達は降りる駅だって違うのだ。
「あのさ、佐真瀬さん」
「はい、なんでしょう」
 電車を降りた佐真瀬アイが電車の中の僕達に振り向く。鞄を両手に持ち、膝の上にあてがうように彼女は真っ直ぐに立つ。
「今日、よかったよな」
「ええ」
 ドアが閉まり、電車が発進した。僕と佐真瀬アイは、佐真瀬アイが見えなくなるまで電車のガラス窓に張り付いていた。
 やがて僕達が降りる駅につき、電車から降り、田んぼの脇道を歩いた。そして、僕と彼女の別れ道まで僕達歩いた。
「お芝居、必ず成功させましょうね」
 彼女は別人のように笑って右手でピースサインを作った。それは彼女が今までした事のない動作だ。そして僕は、この動きはこちらの佐真瀬アイにしか出来ないという事を知っている。なぜならこれは、劇中、彼女が演じる方の比良野静香がする動きだからである。
 彼女は普通の人とは逆なだけなのだとその時に気がついた。普通の人は、日常を芝居に持ちこむ。日常で仕入れたネタを自分の演じる役になりに、自分が作成する脚本なりに反映させる。しかし、佐真瀬アイは自分が演じる役から仕入れた情報を、日常に反映させているのだ。それが、二人の佐真瀬アイの違いになり、個性となったのである。
「なんかさ、佐真瀬さんと話しているとさ、自分と向かい合っているみたいな気になるんだ」
 僕は彼女の瞳の向こう側に向かってそう言った。
「ええ、私もです」
 彼女も無邪気に笑いながら、僕の瞳をじっと見据えていた。
 気恥ずかしさはなく、目を反らす必要はなかった。
 そして彼女は闇に消えていった。僕も自分の帰り道を進んだ。

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