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異世界メランコリー 作者:義文

第1回   愚者
いきなり他所の世界に飛ばされ、
勇者だの、災厄だの、
と数々の名称で呼ばれる方々へ
これはあなた方と同じく
時空という名の乱気流に巻き込まれた
ごく一例である

異世界でも言葉の通じる方へ
まったく言葉が通じない方へ
元の世界に戻れる方へ
戻れても浦島太郎状態の方へ
一生戻れない方へ
一生戻れないどころか活躍しないまま亡くなった方へ

1.愚者

眩しい光に辺りが覆われることはなかった。
変な生き物が俺を導いたわけでもなかった。
そのとき、暗転らしき暗転はなかった。
俺は瞬きの間に自分がいた世界を、さよならしていた。
ともかく、気が付けば鬱蒼とした木々の中に居た。
「どこだ、ここ?」
と、呟くことなく、俺は辺りを見回して呆然とした。
しかし、木しか見えない。
早々と行き詰って、空を見上げれば、遥か高いところに、ヘンテコなものが浮かんでいた。巻貝みたいな形の――あれは、塔だ。
信じられない話だが、アニメのようなことが俺の目の前で起こっていた。
やはり、あの塔は、特別な石の力で動いているのだろうか。
あまりに非常識な状況に、そんなことを思わずにはいられなかった。
しばらくの間、自分の頬を抓ったり、頭を叩いてみたりしたが、やはり状況は変わらなかった。
それなら、これからどうするべきか。
しかし、これといってするべきことが見つからなかった。 
世に言う「あーるぴーじー」だか「じーえすぴー」だか、「ふぁんたじー」だか、「おーとくちゅーる」だとか言うものに縁の薄い俺は、この「世界」に順応すべき手段というものをまったく知らなかった。なんせ、俺は「お前は本当にネット世代か!?」と言われるほど横文字に弱く、ほとんど本も読まない非文化的な人間だったものだから、仕方がないといえば仕方がない。
とりあえず、何故こんなところにいるかということを、朝の行動から振り返って、分析してみることにした。
まったく知らない土地で安易に動き回ることは、得策ではないような気がしたのだ。だから、たんに疲れるのが面倒くさいとか、動き回って疲れて死ぬより、ここで餓死するほうがいいか、とかそんなことを思っての結果ではない。

朝、俺はいつもどおり六時に起きた。
学校に行くのに片道一時間は掛かるから、それぐらいの時間帯に起き、朝食と弁当を作って身支度をしなければいけない。働ける年頃になった息子の弁当を作るために早起きするのは嫌だと宣言しているので、母が起きる時間はこれより一時間後だ。
もっとも、俺の家は母と俺の二人暮らしで、母は仕事があるので、母の宣言は別に深いではない。高校どころか小学校の高学年から、朝食及び夕食を作るのは俺の仕事になっていたからだ。
六時五十二分。家の最寄りの駅から、電車に乗った。
七時四十五分。学校の最寄りの駅に着いた。そこからは歩いて、学校に行く。
途中で友人に会ったので、他愛のない話をした。その横を、前学年で同じクラスだった乾秋雨が通った。
乾と俺は同じ学校から今の学校に入学した、唯一の人間だ。それまでにも、なんどか同じクラスになったとこがある。しかし、これといって話をしたことはない。乾は乾で友人と話をしていた。
 それが、なんでこんなところにいるんだ。
 分析してみても、何度振り返っても、これといったきっかけがなかった。
 寝るか。
 こういうときは、寝てしまうに限る。
 そして、眠ってしまえば悪い夢から覚めるかもしれないし、そうでなくても良い案が浮かぶかもしれないと考えた。
 俺は、草の茂った地面の上に寝転がった。

 頭がかゆかった。
 美容院にいたなら、右手を上げているところだ。かゆいところありませんかー?はーい、かゆいでーす。そんなファンタジー。
 ただ、正確に言うと俺がかゆかったのは頭の中であって、頭の表面でない。
 頭がかゆいなんて信じられないだろう?でも本当なんだ。
 脳みそに電極突っ込んだって、頭が痛くなるわけないのに。だからこれは、とてもおかしなことなんだ。
 そんな違和感に悩まされ、うなされながら目蓋を開いた。
 そいつには、つるつるの頭に、横に伸びた尖った耳、海洋哺乳類のような目があった。白いところのない目が俺のことを見ていた。
 俺の前に膝をついているそいつは、白い身体をしていていた。腹の辺りが赤みの混じった茶色で、そこが縦にパックリと割れていて、唇のような皺があった。手の指は三本あって、異様に長かった。
指は、俺の頭に向けられていた。
いや、向けられているんじゃない。
頭に入り込んでいた。
「怖がらないでください」
「お前何なんだよ」
怖がるなって言われて、素直に怖がらない馬鹿がいるか。
「ええ、そうですね。ごめんなさい」
「まったくだ」
 ………は?
 さて、このとき俺が疑問に思ったことは次のうちどれだ?
一、 奇妙な生物が日本語をしゃべっている。
二、 なんだか心の中を読まれたような気がする
「……二、ですか?」
「いや……」
 一も二も正解だ。
「お前は何だ?」
 そして、こんな怪しげな生物Xを目に前にして、平然と会話をしている俺は何だ?どこかおかしいのか?こいつは妄想なのか?俺は夢でも見ているのか?漫画の読みすぎか?
漫画の読みすぎだとしたら、俺は間違いなく主人公になれない。
主人公タイプA。主人公というのは、たいていが読者の代弁者であり、異質のものに対して常識人として激しいツッコミをし、ときに鼻水をたらし、怯えたりするものだ。成長が見られるかは、その作品の本質に関わるので言及はしない。
主人公タイプB。主人公が明らかに読者の視点にはない。はじめから最強だったり、天才だったり、奇人変人だったりする。この場合はツッコミをするより、ツッコミを入れられる率が高い。
と、言うのは冗談だが、俺は毎回出てこないが、何故か読者に気に掛けられる脇役辺りが似合うとは思う。主人公が好きな女に恋をしたり、そのくせ主人公と女の恋を応援してしまったり、主人公にビンタしたりするんだ。ああ、きっとな!!
まぁいい。
 それにしても、なんでこいつは俺の話すことがわかるのに、俺に答えないんだ?それとも俺は答えにくいことでも言ったか?
「なんだか一気にたくさんのことをあなたが言うので……タイミングが」
 そうだった。こいつは俺の心の中が読めるのだ。
「わたしは、シュミルシュマリシュ。種族はネーロスです」
 ネーロス?
 聞いたことがない。
「ええ、そうだろうと思います。わたしもヒトなんて種族は知りませんでした」
「ああ、じゃあお互い様だな。俺は清水憐」
 
 なんとなく互いが危害を与える生物ではないと認識した。
 そもそも、そうでなければ最初の段階で、会話をすることもできなかっただろうし、俺は夢を見たまま天国に行っていたことだろう。
 しかし今にして思えば、俺はきっと寝たまま殺されていたほうが幸せだったに違いない。
そのとき、きっと俺はまともな神経じゃなかった。
 まったく何もかもが理解不能なことになって、イカレていたのだ。
 往々にして、おかしくなった人間は自分のことをおかしくなったとは思わない。ただ、何かが変だ、ということのみがわかる。そこには具体的な感情や言葉になることはない。落ち込んだり、逃げ惑ったり、発狂したりするほどの高級な能力は消えうせるのだ。

 ネーロスは寄生種なんです、とシュシュ―シュミルシュマリシュは長いので、こんなふうに略して呼ぶ―は言った。
 いや、言いはしていない。
 俺とシュシュは頭で会話をしていた。
 相変わらず俺の脳は、シュシュの指が入れられていた。
 ただし、さっきまでとは違い、俺は身体を起こして、木にもたれて座っていた。
 わたしたちはイフィムという種に寄生し、彼らを操ります。
 操る?
 怖がっていますね。どうか恐れないで。
 恐れるさ。寄生ってあれだろ?頭をおかしくするんだろ?
 誤解です。わたしたちはイフィムの中で繁殖するかわりに、彼らを危険から遠ざけ、また彼らの繁殖を助けるのです。
 ……イフィムってどんな生き物だよ?おまえが寄生できるぐらいなら、ずいぶんでかいんだろうな。
 そうなのでしょうか?ただ、イフィムはわたしたちがいないと、とても無欲なのです。食欲・性欲・睡眠欲、そのどれをもまともに満たそうとしない。そして外敵に対してとても無抵抗なのです。ですから、わたしたちはイフィムの脳に働きかけ、助けるのです。いま、あなたとお話しているのは、あなたの言語器官に働きかけているからなのです。
 無抵抗で欲のない生き物、陳腐なSFみたいだな。そんなかんじの生き物が出てくる小説読んだことある。……ほとんど本は読まないんだけど。
 ところでSFというのは「すぺーすふぁんたじー」と「すこしふしぎ」と「さいえんすふぃくしょん」と、どれが正しい意味なのですか?あなたの中で意味が混乱しているようです。
 どれも一緒だ。頭文字がSとFじゃないか。
 それでは「すかいふぃっしゅ」はどうなるのですか?
「それはそういうものなんだ」
「……そうなのでしょうか?」
 ところでさっき俺の言語器官に働きかけていると、言ったのよな?
 はい。
 他の部分に働きかけることも。
 はい、可能です。イフィムでできることは、できます。ただ、シミズ。あなたたち人というのはイフィムより数段複雑です。言語中枢の解読は、ひどく時間がかかりました。
 そりゃ、ごくろうさん。
 あまり嬉しくないみたいですね。
 シュシュ。人というのは、自分の心を理解して欲しいとは思っても、すべて聞き取って欲しいとは思わない生き物だ。
 では、このように会話することは不快ですか?そのようにも取れないのですが……
 不快?不快ではないな。だって、お前と俺は脳内で会話していて、お前にわからないよう考える隙はない。だとしたらお前と俺は、ただ思考のない会話をしているだけじゃないか。お前に読まれているとわかっていて、ズリネタ考える余地があるとすれば、それは一種の露出狂だろ。
 ……なるほど。
 ところで、お前に聞きたいことがある。
 なんでしょうか?
 一つ、此処が何処かということ。二つ、俺がなぜ此処に来たのかということ。三つ、どうすれば元の世界に帰れるかということ。わかることがあれば教えて欲しい。
 ………結論から言いますと、わたしには何一つわかることはありません。
 は?お前はこの世界の生き物じゃないって言いたいのか?
 そうです、そうなります。少なくとも、イフィムはこの世界にいないようですし、わたしは此処に来る前、イフィムの中にいました。その中には、わたしと同じネーロスがいましたが、なぜかわたしだけが此処に、気が付いたらいました。ですから、わたしはなぜあなたが此処に来たのかということを知りませんし、この世界を脱出する方法も知りません。知っていたら、わたしは仲間の元に帰っています。それどころか、あなたのように高い知能を持った生命体にあったのも初めてです。

往々にして違う世界に飛ばされた者には、「これこれこういう理由で、あなたは此処に呼ばれたのです」だとか、「これこれこういうときに、たまにあなたのような方が現れるのです」だとか、説明してくれる道案内役が出てくるはずである。
しかし現実というのは、このように無情だった。
 だが、このとき俺はまだ、希望は持っていたと思う。
 シュシュが俺と同類項だっただけで、探せば必ず道案内役が出てくるだろうと、根拠もなく思っていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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