学生であったことは、もう遥か昔のことのように思える。 まだ、ほんの一年前のことであるのに。 オレは大学で、高校のときよりはましな人間関係を築くことができた。 友人も多くはなかったが、何人かつくることができたし、そいつらとは今でも連絡を取り合っている。 ただしその友人の誰にも、オレ病気のことを打ち明けることはなかった。今後も、するつもりはない。 それに理由などない。 藤代に話したことが、特別におかしいことだっただけだ。 「特別……」 そういう言葉が自分から出るとは思わなかった。今更な言葉だった。 どうしようもない言葉だった。 今更、どうしようもなく、オレは気付いた。 「フジシロ」 あいつは、特別だったんだ。 可笑しい。二十数年間生きてきて、こんなに可笑しかったことがあっただろうか。 オレは、どうしようもなくバカな人間だ。
その年、オレは男になった。 もちろん、生まれたときから、オレは男だった。 だから、この場合、正しく言うならば、『オレは男の体になった』だ。 もちろん、それも正しくはない。 遺伝子を調べればXXで、オレの体は女ということになるだろうし。女との間に子供を能力も持たない。 ただ、外見が男のように変わっただけだ。 たったそれだけかもしれないが、オレにとってそれは、特別なことだった。 それまでバラバラだったものが、ピタリとはまった。総てが一致したような気がした。自分も世界のなかの一部であるのだと、実感する。そして、自由だ。 こんなに世界が、優しいと感じたことはない。 今なら、あの冷たい男も、優しく見えるかもしれない。
この数年の、オレの苦悩を残らずあの白い顔に、放ってやろうと、思った。 ヤツはきっと、『俺のせいじゃない』と言うだろう。 そうしたら、オレはこう言ってやることに決めている。 『冷たいな、藤代は』
『おかけになった番号は、現在使われておりません』
ああ、やはり無情な世の中だ。 いや、世の中が悪い訳じゃない。 いけないのは、あの男だ。 連絡をよこさないあいつがいけない。 携帯も、実家の電話も『現在、使われていない』状況にしたあいつが悪い。 本当に、薄情な男だ。 「あいかわらず冷たいな、藤代は」 知らず、笑みが頬をつたって、落ちた。
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