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フジシロ 作者:清夏

第5回   自由
 学生であったことは、もう遥か昔のことのように思える。
 まだ、ほんの一年前のことであるのに。
 オレは大学で、高校のときよりはましな人間関係を築くことができた。
 友人も多くはなかったが、何人かつくることができたし、そいつらとは今でも連絡を取り合っている。
 ただしその友人の誰にも、オレ病気のことを打ち明けることはなかった。今後も、するつもりはない。
 それに理由などない。
藤代に話したことが、特別におかしいことだっただけだ。
「特別……」
 そういう言葉が自分から出るとは思わなかった。今更な言葉だった。
 どうしようもない言葉だった。
 今更、どうしようもなく、オレは気付いた。
「フジシロ」
 あいつは、特別だったんだ。
 可笑しい。二十数年間生きてきて、こんなに可笑しかったことがあっただろうか。
 オレは、どうしようもなくバカな人間だ。







 その年、オレは男になった。
 もちろん、生まれたときから、オレは男だった。
 だから、この場合、正しく言うならば、『オレは男の体になった』だ。
 もちろん、それも正しくはない。
 遺伝子を調べればXXで、オレの体は女ということになるだろうし。女との間に子供を能力も持たない。
 ただ、外見が男のように変わっただけだ。
 たったそれだけかもしれないが、オレにとってそれは、特別なことだった。
 それまでバラバラだったものが、ピタリとはまった。総てが一致したような気がした。自分も世界のなかの一部であるのだと、実感する。そして、自由だ。
 こんなに世界が、優しいと感じたことはない。
 今なら、あの冷たい男も、優しく見えるかもしれない。


この数年の、オレの苦悩を残らずあの白い顔に、放ってやろうと、思った。
 ヤツはきっと、『俺のせいじゃない』と言うだろう。
 そうしたら、オレはこう言ってやることに決めている。
『冷たいな、藤代は』


『おかけになった番号は、現在使われておりません』

 ああ、やはり無情な世の中だ。
 いや、世の中が悪い訳じゃない。
 いけないのは、あの男だ。
 連絡をよこさないあいつがいけない。
 携帯も、実家の電話も『現在、使われていない』状況にしたあいつが悪い。
 本当に、薄情な男だ。
「あいかわらず冷たいな、藤代は」
 知らず、笑みが頬をつたって、落ちた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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