今、僕の隣にいるのは、ちょっと変わった女の子。
そして、僕の大好きな人。
出会いは春だった。桜の木の幹に耳を押し当てて、桜に話し掛けている女の子を見つけた。
「今年も花を咲かせてくれてありがとう。去年の花よりきれいな気がするわ。」
不思議な子だと思った。桜に話し掛ける彼女を、他のやつらは妙な目で見ていた。
彼女はクラスでも浮いていた。授業中にぼーっとしていて、先生によく起こられていた。
「花村、話聞いてたか?」
「ごめんなさい。あの雲の向こう側に、空飛ぶお城がある気がして。」
こんな会話はしょっちゅうだ。彼女の心は、常に教室の黒板に書かれる白い無機質な文字ではなく、外の広い世界に向けられていた。
彼女は、いじめの対象だった。男からはバカにされ、女からは嫌がらせを受けていた。
それでも、彼女は学校にきて、教室にきていた。そんな彼女を僕は強いと思ったし、尊敬した。
でも、彼女をいじめから救う事はなかなかできなかった。
僕は、普通の一男子生徒で、彼女と同じ世界を見る事は出来なかった。
空の雲も、花も、当たり前に存在するものと思っていたし、それ以外に考えられなかった。
そんなある日、彼女と2人で話す機会があった。
面倒な委員会活動の後、忘れ物を取りに教室に戻ると、彼女が1人、窓際の席から夕焼けを眺めていた。
「花村さん?」
思い切って声をかけた。
彼女は驚いたように振り返った。このクラスで彼女に声をかけるやつなんていなかったせいだろう。
「まだ、帰ってなかったの?」
「えーと、うん。あの…誰だっけ。」
「小林。」
「あ、ごめん。あの小林君は、どうしたの?」
「僕は、委員会の後忘れ物を取りにきただけ。」
「そうなんだ。」
「で、花村さんは何をしてたの?」
「え、ああ、夕焼けが…。」
彼女はすこし黙ってから、窓の外を見て言った。
「夕焼けがね、ここからすごくよく見えるの。それで、ここからおひさまに、お休みのあいさつをしてから帰ろうと思って…。」
そう言って、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
その時、僕はその言葉がすごく彼女らしいと思った。それと同時に、少し、少し胸がときめいた。
「それじゃあ、僕も、折角だからおひさまにお休みを言ってから帰ろうかな。」
僕は彼女の後ろの席に座った。彼女は意外そうに僕を見た。
その日から、僕らは一緒に帰るようになった。彼女は僕に色々話してくれた。
星の名前や花の名前。それに住む神様や精霊の名前。
僕には見えないと思っていた世界が、僕の前に広がっていった。
それからしばらくして、僕もいじめの対象になった。彼女と一緒に帰っていることが気に食わないらしい。
それでも僕は、学校にきて、教室にきて、彼女と一緒に帰った。
季節は巡って、もう冬だった。
クリスマスも近いある日の帰り道。彼女が突然僕に聞いてきた。
「ねえ、天使っていると思う?」
彼女にしては、ごく普通で当たり前の質問だった。
「昔、何かの絵本で読んだの。初雪と天使は一緒に降りてくるんだって。」
僕は相槌をうちながら、話を聞いていた。
「でもね、見た事ないから、いるのかなぁって。」
僕は彼女の横顔を見た。今にも雪が降り出しそうな空を眺めながら、彼女は言った。
「天使っていると思う?」
「いるとおもうよ。」
僕は答えた。僕より背の小さな横顔を眺めて僕は言った。
「少なくとも、僕は見た事があるよ。」
「えっ!本当に?」
彼女の目がキラキラ輝いた。本当に、本当に天使なんじゃないかと思った。
すると、ちらちらと白い物が空から舞い落ちてきた。
「あ、初雪。」
彼女が言った。僕も空を見上げて彼女に言った。
「いま、鏡を見てごらん。僕の天使がきっと映るから。」
彼女は慌てて、手鏡を鞄から取り出した。そのなかを懸命に覗き込む。
「ねえ、何も映らないよ。」
「映ってるじゃない。天使の姿が。」
「私には見えないよ。」
「君にも見えてるはずだよ?」
彼女はさらに懸命に鏡を見つめる。そんな彼女に僕は言った。
「鏡には何が映ってる?」
「何も。私の姿しか映ってないわ。」
「ほら、見えてるじゃない。天使の姿が。」
「どういうこと?」
「鏡に映ってるその人が、僕にとって天使だってこと。」
少し考えた後、彼女は頬を真っ赤に染めた。
今、僕の隣にいるのは、ちょっと変わった女の子。
そして、僕だけの天使…。
あとがき
この分野には初挑戦です。なんか恥ずかしい話になってしまいました。 夢見がちな女の子と、普通の男の子の、ちょっとうぶな初恋物語が書きたかったんですが…。なんだか、よく分からない仕上がりに…。 これからはこの分野にも、どんどん挑戦していきたいと思います。 最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。
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