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シャープペンシル 作者:ウィン

最終回   シャープペンシル
 カチカチカチカチカチカチカチカチ
 隣の野田の癖は、シャープペンシルの芯を出し続けて、最後にはポキッと折ることだ。全く、芯を出すにシャープペンシルの上部をノックする音は、かなりの騒音である。迷惑極まりない。しかも、それだけでなく芯を折ると、たまに俺のところに飛んでくることだってある。一度、まゆげの辺りに芯が当たったときには、さすがに怖かった。もう少しで目の中に入るところだった。
 カチカチカチカチカチカチカチカチ
 テスト中もこの音が静かな教室中に響き渡るのである。その音は野田のテスト終了とともに鳴り出す。まだできてない俺たちからすると、集中できずに大変迷惑だ。試験官の先生からうける注意にも聞く耳はもたない。適当に返事だけして、またシャープペンシルの上部をノックし出す。
「少しその音止めてくれないか。結構うるさいんだよ、それ」
 俺はさすがに我慢できなくなり、テスト中にも関わらず野田にそう言ったことがある。
「うん、わかった」
 しかし、野田はそう言い、まだ同じことを繰り返し始めた。俺の言ったことは全く無意味なことであった。
 さすがに、堪忍袋の緒が切れた俺はテスト終了後に野田を捕まえて言った。
「テスト中に俺の言ったことがわからなかったのか?」
「ちゃんと分かってたよ。あ、いいもの見せてあげる」
 全く意味が無い。俺の中からは野田に対して怒る気力さえ失われようとしていた。そんな呆れ顔の俺の手を引っ張り、野田が案内してくれたところは、野田研究所という表札がつけられた小さなドーム型の研究所らしき家だった。薄い青色の壁の、その家の周りには俺の見たことの無いようなキレイな花や気持ち悪い花が、無数に植えられた広い庭が広がっていた。
「ここ、お前の家か」
「そうだよ。とは言っても、ほとんどがオヤジの研究所で家族が暮らせるような場所は全然無いんだけど」
「それで、お前が見せてくれる、いいもの。ってのはこの家か?」
「いいや、とりあえず中に入ってよ」
 俺は野田の言うままに家の中に入った。野田が家のドアを開け、俺に中に入るように言ったので、俺は遠慮なく入った。すると、靴が大量に散らかってはいるが、俺はその玄関の広さに驚いた。この玄関の広さだけで、俺の部屋の広さには勝っているだろう。
「靴が散らかってるけど、適当に空いてるところ見つけて靴ぬいであがってくれよ」
 野田は、この散らかってる靴の中に、自分の靴の脱ぐスペースを日頃から確保しているのか、空いているところを探すことも無く、いつも脱いでいるところらしきところを見つけ、靴を脱いでスリッパを二人分出し、一つは自分で履いた。
 俺は、野田のようにはうまく行かず、靴を脱ぐスペースを見つけるのに苦労し、数十秒後にやっと靴を脱いでスリッパを履くことが出来た。
「僕についてきて」
 俺は野田の後ろについていき、広い家の中をグルグルとずいぶん回った。やがて、自分がいったいどこに居るのか分からなくなったとき、野田が俺たちが歩いていた廊下の奥にあるドアを指差していった。
「ここだよ、父の研究室だけど、今はいないから勝手に入ってもバレないでしょ」
 野田はドアのノブを回し、俺とともに部屋の中へ入った。その部屋は野田の父の研究室とだけあって、どういうものなのか理解できないようなものばかりがそこら中に置いてあった。野田は、その多くの理解できないようなものの中から、一つの大きなシャープペンシルのようなものを手に取り、俺に言った。
「これさ、ただのでかいシャープペンシルのように見えるだろ。でも僕からすると、これはかなりの快感をもたらしてくれるんだよ」
「また、芯を折って楽しもうってのか」
「それもあるんだけど、その楽しみはうかつにやることはできないんだよ。父のこの研究品の開発目的は芯を折る楽しみのためではなくて、地球を救うためなんだって。僕にはよくわからないんだけど。だから、芯を折るようなことをしちゃだめだ。って言われてるんだよ」
 俺は別に、折ろうぜ。なんてはしゃぐつもりはなかった。せっかく、いいものを見せてあげる。と野田に言われ、連れてこられて見せられたのが、こんなにつまらないものだと知り、それまでに費やした無駄な時間が、もう戻らないものだと思うと悲しくなってくる。
 思えば、俺が野田にここまで連れて来られた中で唯一驚いたのが家の外観のみだ。後はというと、迷路のような家の中を野田とともにグルグル回るだけの非常につまらない時間を過ごしただけだった。
「なんか、もうどうでもいいや。帰るから、玄関まで案内してくれよ」
 体中から力が抜け切ったような気持ちの俺は、同じく力の抜けきったような声で野田に言った。
「……うん」
 ドでかいシャープペンシルを見せたときの俺が自分の思っていたほどのリアクションをしなかったので、野田も結構落ち込んでいるようだった。自分で見せたくせに、俺のせいで落ち込まれても困る。
 結局、俺たちはお互いに力が抜けたり、落ち込んだりしたまま玄関で別れ、俺はそのまま家へ帰った。
 俺が野田に見せてもらったドでかいシャープペンシルのすごさを知ることになった事件が起こったのは、その次の日だった。母に布団をひったくられて起こされ、寝起きが悪く不機嫌なままテーブルクロスのかかったテーブルの上に用意されたトーストをほおばり、テレビの朝のニュースを見ていると、「宇宙人襲来。予想外の出来事に国連の対応は」
 というニュースが報道されていた。宇宙人がこの地球にやってきただなんて、俺にはとても信じられないことだった。まだ寝起きだったため、驚くことに時間がかかった。しかし、宇宙人なんてものが、なぜいきなり地球にやってきたのか俺には到底理解できなかった。おそらく、宇宙全体から見れば、まだまだ発展途上なこの星に何をしにきたのだろう。
「臨時速報です。UFOから降りてきた宇宙人たちは、この地球を植民地にする。と今、各国の首相、大統領に伝えました」
 テレビに映されていた宇宙人は、体中が緑色で目は三つ、足は四本、手がないという非常に不思議な生物であった。できれば、こちらが捕獲して動物園に置いて欲しいくらいなのだが、今は逆の状況だった。この地球を植民地にするということは、もしその返事として首相や大統領がノーと返事をすれば、信じられないほどの激しい攻撃がはじまるんだろうと思った。
 テレビ画面に吸いつけられたようにニュースを見ていた俺は、母から友達が来ていると言われ、ドアを開けると、そこには野田が立っていた。野田はあのドでかいシャープペンシルを重そうに抱えていた。
「どうしたんだ、こんな朝早くから」
「宇宙人が来た。とかニュースでやっていたみたいだから、ちょっとこのシャープペンシルを試験的に使ってみようかなあと思ってね。昨日言ったろ? 地球を守るために父が作ったって」
 俺には野田の言っていることがよく分からなかった。こんなでかいだけのシャープペンシルに地球が救えるだなんて、とても信じることが出来ない。とりあえず俺は、口にほおばっているトースターを無理やり口に入れ飲み込んだ。
「このシャープペンシルでどうしようって言うんだ」
「実は僕も使い方が分からなくて、父に聞かないとわからないんだよ」
「じゃあ、なぜ持ってきたんだよ」
「こういうときに使うんだよ。という説明をするために」
 俺は呆れた。宇宙人が来た。だなんていう事態に、のんきに研究品の説明なんてされていたら、たまらない。俺はそれどころではなかった。政府の返事次第で、俺たちは宇宙人に殺されるかもしれないのだ。野田にはそういう緊張感はないらしい。必ずこのシャープペンシルが世界を救うんだと、バカみたいに、唱え続けていた。まるで、インチキ宗教のようだ。
 俺が野田の言うことも無視し、テレビの方に目を奪われている間に、野田の方も俺の目の前から消えており、のんきに俺の母から朝飯をもらっていた。
「こんなに、朝早くから来て、ご飯も食べてないんでしょ? こんなのばかりだけど、おなかいっぱい食べてね」
 野田にこんなことを言っている、俺の母ものんきなものだ。だいたい、俺の家族は宇宙人に対する恐怖感や不安などというものが一切無い。全く、俺を除いていつもどおりの日常である。
 テレビからはさらに新着情報が報道されていた。
「再び臨時速報です、各国の首相、大統領は宇宙人たちと徹底的に戦うと発表しました」
 俺の恐れていた事態が現実となった。どうやら、宇宙人たちと戦争をするというような無謀なことをするようだ。このニュースに、さすがの父や母も驚いたようだ。しかし、野田は相変わらずのんきである。
「すみません、誰かいますか。あけてください」
 玄関のドアを強く叩く音がした。俺の母は不審者かしら。なんて言いながら、おそるおそるドアに近づいていった。
「あ、オヤヂだ」
 野田は少し恐れながらドアに近づいていっている俺の母の横を走って通り過ぎ、ドアを開けた。そこには、大量のあごひげをたくわえた変態顔の中年の男が息を切らしながら立っていた。どうやらこれが野田の父親らしい。
「お前、勝手にシャープペンシルを持ち出したな」
「ごめん、オヤジ。ちょうどいい機会だから使ってみてよ」
「仕方ないな……」
 すると、野田の父はあのドでかいシャープペンシルを持って外に出て、その上部をノックして芯を出した。俺には一体そうすることで何が起こるのか全く予想がつかなかった。野田の父は、あまりの不思議な光景に口を開けて突っ立っている俺にも気付かず、作業を進めた。
 カチカチカチカチカチカチカチカチ
 いつもの野田の出す音以上に大きな音が出る。そして、野田の父は芯が適当な長さまで出てきたら手を止め、シャープペンシルを全員で持ち上げてくれ。と俺たちに頼んだ。それは意外と軽かったが、シャープペンシルを持ち上げるだなんて何だか変な感じだった。
「シャープペンシルの下部を持っている人は少ししゃがんでくれ」
 下部を持っていた俺の父や野田は少ししゃがんだ。すると、野田がいつもシャーペンの芯を追っているように、ドでかいシャープペンシルの芯も見事に折れ、一直線にどこかへ飛んでいった。
「さあ、これで終わりだ」
 野田の父は、そう言い遠慮も一切無く、俺の家へ勝手に入っていった。一体さっきしたことはなんだったのか、俺にはとても理解できなかった。しかし、呆然と口を開けたまま家に入った俺はテレビを見て驚いた。そこには、さっき折って飛ばしたシャープペンシルの芯らしきものが宇宙人のUFOに突き刺さっている映像があった。
 そして数十秒後、そのシャープペンシルの芯は大爆発し、宇宙人のUFOの周りで戦争をしていた宇宙人の兵士、人間の兵士や、戦争を上空からヘリコプターで見守っていた各国の首相、大統領、そして位の高い宇宙人たちもろとも爆発に巻き込み全滅させた。後に残ったのは焼け野原だけであった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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