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風の辿り着く場所 作者:月瀬カヲル

第5回   第5話 銀の魔女は恋をする -第一編「旅立ちを告げる銀」番外-
たった今住人を失ったばかりの廃墟が広がる。
ただ一人で余韻に浸る。
それは決して、勝利の余韻などではなく、
単なるやり終えたという感慨だった。

「うぅ…、この魔女めが…」
まだ呪詛を吐く元気のある生き残りもいるらしい。
「ううぁぁーーー!」
力をしぼり、ようやく自分を立たせて、
ただの棒切れを手に私に向かってくる。

だから、刺した。
「あ・・・が・・・・」
私に敵意を向けてきたから、刺した。
目をこちらに鋭く向けたまま息絶える。

もうここの村の殲滅は終わった。
だから去ることにする。
きっと帰ればまたすぐに次の命令が待ってるだろうから。

この村はいい場所だな、と思う。
彼らは同士を殺されて、逃げないから。
一人を殺すと、次々とみんな私に向かってきた。
大切だったんだろう、彼らにとって互いと互いが。
きっと強く繋がっていたものを、
無感情に断った私が許せなくて仕方なかったんだろう。
自分の身のかわいさなんかよりも、
その憎しみが優先したのだ。

たとえば、私が殺されたらこうやって復讐に燃える者はいるか?
答えは決して肯定できない。むしろ、喜ぶ者が多いかもしれない。
私を扱っているあのお偉いさん達も、便利な道具を失ったと慌てるだけ。
彼らは私が死んで悲しいのではない、残念なだけだ。
けれど、この身でその自分と言う存在を親しむものを見つけるのも無理だ。

私は初めて人を殺した10年前から、忌まれるべき魔女となったのだから。

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魔力が尋常ではない。
それだけで私は学校で、特別扱いされた。
先生達は声をひそめながら、「すごいね」と繕った笑顔。
友人は私を「魔女」と馬鹿にする。
子供はいつも、感じたままに異物を拒絶する。
そんな毎日を何も感じずに過ごしてた。
つらくはないし、悲しくもない。
思わなければ、それだけでいいのだ。
両親はもうどこにもいなくて、
いるのはどこかよそよそしい叔父・叔母。
だから、私が何も感じずに過ごしていれば彼らにも問題ない。

ふと、そんな日々に物足りなさを感じた。
何の楽しみも持たずに、感慨なく出来事を消化していくだけの日々に。
そんなときだった、学校長に呼び出されたのは。

校長室では偉そうで華美な服のおじさんが校長と話していた。
その隣に控えているのは見たこともないような重々しく荘厳な騎士。
単純にその銀色の印象に憧れる。彼らはいろいろ話をしていたけど、
私はその銀鎧に夢中だった。
やがて、ようやく用件の話になる。
「君の魔法の才能はここに置いておくくらいにはもったいない腕前なんだ。
 君がもっと自分の力を生かしてあげられるようにしたいんだけど、どうかな?」
私は純粋に魅力的な提案だと思った。だからすぐに引き受けた。

それから私の生活は一変した。
よく分からない豪華な部屋で私はずっと魔法の勉強をさせられた。
学校みたいにいろんなことをやらせるんではなくて、魔法だけ。
でも、それはさせられることなのに、楽しくて仕方なかった。
ひとつひとつできることが増えていくのが楽しかった。
そのたびに周りの人たちが喜んでくれるのが気持ちよかった。

そして、私は遂に'剣'の創造に成功する。
でも結局少しの間しか維持できなかったけど。
そのときの周りの喜びようは今でも鮮明に覚えているほど尋常でなかった。

その創造にそろそろ慣れたころ、彼らはひとつ私に命令をする。
目の前に差し出されたのは、手足を縛られ、おびえている囚人。
「殺してみてくれ」
彼らは単純にそう命令した。
「いいんですか?」
私は疑問を投げかける。
他者の生を私の手で、ないがしろにしていいんだろうか?
全ての自由をこの力で奪ってしまっていいのか?
最高の背徳にはあまりにも多くの疑問がつきまとう。
「いいんだよ、彼は死にたいといってるし。
 それを叶えてやっても悪くないだろう?」
・・・どう見ても私にはそう見えなかった。
だっておびえている、怖がっている…それは死への拒絶にしか見えない。
「これは命令だ、いいから殺してごらん」
言うことを聞かないといけないみたいだから、
とりあえずいつもの'銀の剣'を創造する。
みすぼらしい男に目を向ける。
身を震わせて精一杯の恐怖を示している…
…感じることはやめよう。
今はこの男を殺すだけ、殺すだけなんだ。

剣を男の上に振り上げ、素早く振り下ろす。
鮮血はすさまじく、私の衣服を汚す。
彼はまだ少し動いている、苦痛に顔を強張らせている。
だから、彼の中心を貫く。それで終わり。
殺人の儀式は、綺麗に綺麗に終了した。

拍手が起こる。場違いで気違いじみた拍手。
その中で思った、人はこんなにも簡単に殺せるんだなと。
ああ、他人を殺すことは本当に簡単だ。
自分に干渉をしない人を殺しても、私には何の影響もないのだ。
だってそうだ。知らない人がどこかで死んでも、それはその事実で終わり。
なんら私に影響を与えることがないのだ。
私がその現象に対し、感じることを断つだけで
それは私に対して、無意味・無力となる。

それを悟ったのが8歳のときだった。
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以来、こんなにも完全に私は魔女として生きている。
来るものは拒まずに滅びを与えて、
世界を厭い、自分を厭い、全てを壊す。

それを変えようとさえ、もう思わなくなっていた。
こんな異質な者が、当たり前の幸せを期待するのがそもそもの間違い。
今更、彼らのもとを逃れても妙な噂を立てられて、
連れ戻されるか、もしくはただただ孤独にさいなまれるのだろう。
こんなにも汚れた私を、好くものなどいない。
だから、このままでいい、このままで。

ずっと誰も好かないで、誰にも好かれずに生きる。


「流石だね、エルセインの銀の魔女さん」
それはフルフェイスヘルムとフルアーマーを解こうとしたときだった。
どこか澄んだ声が後方から聞こえてきた。
…振り向く。まったく気配がしなかった…
いったい、何者だろう?この白髪の青年は?
青年?いやむしろ、少年・・・
いや、顔だけ見れば女性にさえ見えるような整った顔立ち。
まるで何にだってなれるような風貌。

・・・とりあえず彼には敵意はないようだ。
なら立ち去ろう、かかわらない方がきっと無難だ。
彼にとっても、私にとっても…。

「待ちなよ、少し質問があるんだ」
私は振り返らずに歩く。「構わないで」という無言の訴え。
すると、彼は私の前に来て立ちふさがる。
「質問ぐらいさせなよ。僕が構いたいんだから」
・・・いつの間に私の前に来たんだろう?
両手を広げて私の行く手を阻むその姿は、小さいけど頼もしい。
どうやら、事を済ませなくてはどいてくれそうにもない。
「何ですか?」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「この戦争をどうして続けているんだ?」
「理由なんて私は知らない。
 ただの命令、ただそれだけ」
そう言うと彼は考える仕草をした。
だから、さっさと彼から遠ざかることにする。
「待ちなよ」
彼の横を足早に通り過ぎようとしたとき、
その言葉は重圧とともに投げかけられた。

「僕は理由のないものと、醜いものが嫌いだ。
 だから、君を倒すね」
ならば、私が彼を倒さない理由はない。
すぐに銀の剣を手にして、斬りつけようと薙ぐ。
「物騒だね、って当然か…」
なんなく初撃をかわされる。
素早く無駄のない跳躍で、間合いをとられる。

「じゃあ、行くよ! 壊縛ッ!」
彼の武器は・・・鍵?それも巨大な??
あれではただ動きにくいだけでは?
魔法重視型? いや、ならばもっとコンパクトな方が…
…とりあえず、さっさと終わらせよう。
手を前にかざし、ナイフを無数に創造する。
「銀の狩人-サウザンド・ドリームッ!」
それを一斉に放つ!

これを彼がどう対処するか…
彼は平然として、鍵をこちらにそっと構える。
「君が戦うには相性が最も悪いのが僕のはずだよ。
 虚無風-ディスペラード・ブリーズッ!」
その魔法は、ただ風が穏やかに吹いただけだった。
けれど、その風は私の全てのナイフを無力化していく。
それは物理的な粉砕ではなく、理論的な分解…
ディスペルを風に乗せている?
一瞬でディスペルの魔法を構成している?
そんなこと・・・そんな理論構成すぐに出来る奴なんて…
たちまちに私のナイフはすべて大気の中に霧散していく。

…随分な難敵だ。
遠距離攻撃ではすぐにかき消されるし、消費も大きい。
ならば魔力がどちらかが尽きるかの勝負に出よう。
「銀剣-ドリーム・ブレイドッ!」
剣に常に魔力を流し込みながら、敵に駆ける。
「さすがに戦いなれてる、そちらの方が効率良いしね。
 けれど・・・容易に近づいていいのかな?魔女さん…」
「戯言もほどほどになさい」
斬りつける、何よりも素早く。
「だから危険って言ってるのにね」
鍵で受け止められる。そして鍵からディスペルが伝わってくる。
剣の維持に魔力を注ぎ込み、なんとか維持する。
あとは根競べのはず、どちらの魔力量が先になくなるかの…
「力比べは好きじゃないんだよ、風よ・・・」
周囲から真空の刃が次々と襲い掛かる。
けれど、やはり私の鎧に触れると、
その刃は力なく折れてそよ風に還る。
「・・・そっちも魔法鎧なんだ…。やっぱべらぼうすぎ…
 風魔法はそんなに出来ないし…。ああ、もう面倒くさい・・・」
…この人って戦う気があまりないんじゃないか?
そもそも好みとかで命を懸けて戦おうとするなんて異常だ。
得体の知れない奴との戦いはさっさと終わらせるに限る…
一気に魔力をこめて、彼のディスペルが追いつかないほどに創造する。
相手が無くすなら、それ以上に生み出すだけッ!
「真面目だよね…君って…ああもう一気に行くよ、じれったい。
 無に還れッ! 夢幻葬-ドリーム・ブレイカーッ!」

彼がやけみたいに叫んで魔力をこめた瞬間に、
全てがはじけていった。
魔力を帯びているのは、尋常でない光を放つあの鍵だけ。
天まで昇りそうな光に包まれて、私の魔法はまったく無に還っていく。
幻想の鎧も兜もはがれて、銀の下の黒のローブ、そして素顔がさらされる。
なんていうべらぼうで純粋なまでに多い魔力量。
そして、全ての魔法を瞬間的に無に帰すディスペルの技量。
茫然としてないで、ここは離れてまた持ち直さないと――ッ。
彼の魔力の場からすぐに離れる。

すぐに攻められる前に構えないと―。
もう散々戦ったあとで、残ってる魔力は少ないんだから。
…でも、相手は茫然としてる?
これはチャンスだ、残った魔力を剣に注ぎ込み一気に…

「君って綺麗だな」

……幻聴が聞こえたような…
とりあえず斬ろう、うん。
「なんで素顔を隠すの?そんなに綺麗な顔してるのに?」
「……場違いなナンパですか?
 ここは公園じゃありません!戦場です!廃墟です!」

ああもう、こんな腐ってる人間は脳から叩き斬ってやる。
駆けながら、剣を即座に精製して、彼を横に薙ぐッ!
最低限の動きでかわされてしまう。
再び、再び、再び、繰り返す。
「待ってよ、もう戦う気はないんだから」
ああもう!そんな甘言だまされない、斬らせろ斬らせろッ!
「綺麗なものは傷つけたくないんだ、だから暴れないでよ」

「…あ、もしかして、照れてるの?」

……………

……あ、ダメ。なんか今、切れてはいけないものが切れた。
絶対に殺す!これほど小憎らしい奴なんてどこにもいないッ!
「ああもう、だから暴れないでって言ってるのに
 仕方ないな、でももうろくに魔力ないし…」
にしてもすばしっこくて、身のこなしが軽くて、
オマケに言動まで軽いだなんて…。決して生かしてはおけない。
「はぁ、こんなもんで今は大丈夫かな」
そういって、彼は鍵をトンと地に立てる。
すると、輝きが辺りを包み、脱力感がこの身を襲う。
魔力が精製できない・・・?力が・・・
「簡易魔方陣。あんま痛めつけたくないから、
 これくらいしか思いつかなかった」

こんな一瞬でこれだけの魔方陣を描いて…
魔法を・・・このままだと負けてしまう。
でも魔法は使えないし・・・
こうなれば肉弾戦で…

トフッ・・・

えっ…、抱きしめられた?
「もう戦えないでしょ?力抜きなよ。
 もう争うのはやめ、君も戦ったあとで疲れてるし。
 僕もいきなり大規模なディスペルやって疲れたの」
「離してください。そして、戦う気がないなら、私から逃げてください」
「どうして離れなきゃいけないのさ、
 戦う以外に君に大事な用事があるのに」

用事・・・?
たったさっき争ったことしか縁のない私に?
「それなら、こうして束縛しなくてもできるはずですが…」
「ダメ、君を離したら絶対に逃げちゃうから」
「では、早くご用件をどうぞ」
「う〜ん…、こういうのにはムードが大事なのにねぇ…
 ま、いいや。じゃあ、用件言うね」
少し深く息を吸って一言。

「君に惚れました。ずっと一緒にいてくれませんか?」

・・・・・・・・。
・・・・・。
・・・ああ、これって夢でしょ。うん、有り得ない、有り得ない。
さっきまで殺しあってた相手が、求婚してくるなんて、
こんな支離滅裂な展開は夢でしか道理が通らない。
むしろ、この展開では夢ですら道理が通らないかもしれない。
だから、きっとこれは夢のまた夢で、私が負けそうなのも事実でなく、
この変人も本当はいなくて、さっきまでの廃墟も嘘で…

ユサユサっ
ああ、ゆすられた。これできっと目が醒める。
やっと、この頭がおかしくなったような夢から開放される。
さて、ゆっくり焦点を合わせて現実を認識してみよう…

「ねぇ、なんか放心状態になってたけど大丈夫?」

現状は…いきなり告白されて、両肩を両手で押さえられて、
息と息がすぐにふれそうな近くで、彼と向き合っている。
「早く返事ちょうだいよ、真剣なんだから」
彼の目を見つめる。
それは空のように蒼くて澄んだ瞳。
きっとたくさんの綺麗なものを見てきた瞳。
私の赤い瞳が知らなかったものを、たくさん知っている瞳。
思えば、誰かと強く目を合わせたのはこれが初めてかもしれなかった。
分散していた意識は収束して、彼の瞳一点に吸い込まれていく。

この瞳が私を欲している…?
こんなにも汚れた私を…。彼に捧げることは出来ない。
それは彼への愚弄に値する。だから…

「私なんかと一緒にいては駄目です。お断りします」
だから、断る。自分で彼を汚したくなかったから。
そして、彼の真摯な瞳に耐え切れなくなって視線を下に逸らす。
…そしてふと胸に、今まで感じたことのないような圧迫感を感じた。

「どうして・・・?この答えが僕の一生を左右するんだから、
 ちゃんとした理由じゃなきゃ駄目だよ」
彼はこの私といることに一生さえ懸けようとしていた。
ただ好きなだけで、純粋に全てを懸けるまっすぐな姿。
それは単なる惰性で殺戮に力を振るう私には、あまりに眩しい。

「私といたら、きっといろんなことに巻き込まれて
 絶対に不幸になるから駄目です」
「それなら僕がちゃんと守るから心配しないで。
 君が僕の味方になれば、きっと誰もかなわないから」
「私はこんなに罪を犯してきたから、付き合うなんてあなたに悪いです」
彼は本当に私の全てを赦し、受け入れてくれそうでたまらなかった。
私がどんな存在でも、絶対受容してくれるような大きさ。
それが怖くて怖くて、嬉しくて、怖かった。

私はそうして下を俯いていた。
胸がグッと苦しくなる。
まるで、胸に隙間が空いて誰かが私の中に入ろうとしているみたいだった。
そんな私を・・・彼は包むように優しく抱きしめる。
「大丈夫だから、…大丈夫だから。
 だから、全てに怯えないで、疑わないで。
 そして、全てをしっかり感じて。
 本当はたくさん嬉しいことがあるはずだから」
私は黙ってその甘い言葉を聞いている。
その甘さは、私と彼の他人の境界さえ溶かしそうなくらいだった。
「震えてる、すごく…。そんなに自分が嫌で、他人と触れたくないの?
 だから、あんなに重そうな鎧兜で全てを隠していたの?
 罪を犯したなら、それを受け止めて前に進めばいい。
 罪に縛られて、身動きできなくなるなんて一番損な生き方…。
 君は僕には誰より美しく映るのに…」

「どうして私を美しいなんて言えるんですか?
 こんなに血に汚れているのに…」
「そう感じたから。ただそれだけ。けどそれが絶対」
何よりも安直な理由で羨ましい。
彼を縛る鎖なんて、中にも外にも微塵もない。
私はこんなにもがんじがらめなのに…
感じたままに、全てを受け入れて、行動する彼が
綺麗で綺麗でどうしようもなかった。

「自分を卑下しないでよ。僕が綺麗って感じてるのに」
抱きしめ方が強くなって、私は頬が赤らむのを感じた。
何もかも忘れて、ただ彼に酔っていた。
彼の腕の中はこんなにも心地よい。
これを拒否して、私はまた戦いで血塗れることができるか?
この感触にいつか飢えることがないのだろうか?
もう、彼という快感は私の中に深く刻まれていた。
彼に包まれて、支えられて、温められていたい。
今までの私なんて失くして、すべてを委ねて…
そう思っている私がすべてだった。

「ねぇ…」
「はい…」
「好きだよ。伝わってる?感じてる?
 こんなに鼓動が大きくなってるの?」
ドク…ドク…ドク…
彼の鼓動は力強くて、曇りない。
それを感じているとどうしてか、やすらぎを覚える。
そして、自分の中の音を感じる。
ドク…ドク…ドク…
それは高ぶって、彼の力強さに応えていた。
やすらぎの次には、体が熱くなってきた。
2つの温もりが合わさっている。
そこにはもう鼓動と温もりしかなかった。
皮膚と衣服と皮膚を隔てているはずなのに、
むき出しの中を重ねているような陶酔感。
それは始めからひとつだったかのように、
合わさっていく2つのカタチ。
だから、こんな言葉がこぼれる。
「私も好きです…」
手を彼の背中にスッと回して、互いに引き寄せあう。
こんなにも確かなものがあるなんて、私は知らなかった。
こんなにも抗いようのないものがあるなんて、私は知らなかった。
不安も恐怖も背徳も全て、紅潮した私には無意味だった。
そこで意味があるのは、ただただ2人だけだった。

「君に惚れました。ずっと一緒にいてくれませんか?」

それは最初に彼がくれた言葉。答えられなかった言葉に今度は…
「はい」
確かな言葉で、永遠の契約を交わした。

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本当に2人の前に敵はいなかった。
あの人が風で敵の動きを止めて、魔法を無力化する。
そして、丸腰の敵を私が一網打尽にする。
単純にその繰り返しだけで、私を外側から縛るものを壊した。

戦いが終わって、彼は私にこう微笑みかけた。
「これからは静かな村で、寄り添って暮らそうよ」
私は満面の笑顔でうなずく。

それから始まった静かで穏やかな生活。
それは私が人間になっていく過程だった。
料理が私はとても好きになった。
最初はできなくて、もう怒って台所を滅茶苦茶にしてしまったけど、
頑張れば頑張るほど、彼は喜んで食べてくれた。
それが私には嬉しくてたまらなかった。

そんなふたりだけの穏やかな日々にも転機が訪れる。
私は新しい家族を授かった。
私の中から産まれたはずなのに、
その子は本当に彼にそっくりな生意気な赤ちゃんだった。
子供の世話なんて2人には本当にどうしていいか分からなかった。
けど、案外どうにかなる。
だって、この子のことを2人で懸命に考えていたから。
一生懸命に頑張れば、それだけどうにかなってくれる。
そんな中で、この子はちゃんと育ってくれた。


「母さん、何こっち見てるの?」
じっと息子を見つめてしまっていた。
「ううん、何でもない。
 ただ、お父さんに似てきたなって思って」
「また惚気てる…、もう学校行くからね」
「うん、試験一応頑張ってね」
「ああ、適当に頑張るよ」

そして今、私は人間になれて、幸せはこの日常に在る。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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