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風の辿り着く場所 作者:月瀬カヲル

第3回   第3話 壊れた日常
母さんが意識を失い、俺を戦いの場から隔てていた
幻影の壁がようやく解けて消える…

思わず倒れている男のもとへ駆けつけていた。
そして、男をにらみつける。
「どうして、どうして俺の母さんを…ッ」
違う、本当は理由なんて分かってる。
復讐…これは復讐なんだ…
でも、問わずに入られなかった。
こんなに理不尽なことなんて今まで知らなかったから…

男は息絶え絶えだった。
血が流れて、応急処置もままならない。
しかし、血の勢いがやけに弱かった…
そして男の顔はほぼ生気が抜けていた…
虚ろに瞳だけをこちらに向けて、話しかける。
「本懐を果たしたはずなのに、こんなにむなしいのはどうしてだろうな?
 もうかすんでよく見えないが、お前がどんな顔をしているかは分かる…
 きっと昔の俺みたいな顔をしているんだろうな…」
男に確実に死が近づいていることは、容易に理解できた。
その状況で、男は語りかけている。淡々と…。
まるで自分の虚脱感を、誰かに少しでも理解してほしいかのように…
「筋の通る復讐なんてないのだろうな…
 おまえの姿を見ているとそう思う…」

「だから、どうしたっていうんだよ。
 あんたが母さんを奪ったことには何も変わりは…」
そう俺が言い放ちかけたときに、男の体は崩れた。
瞳に光はもはや宿っていない。
彼は息絶えた。この部屋に冷気と虚しさを残して…
不思議と怒りは収まっていた。
ただ、無力感と虚無感が俺をとらえている。

母さんの氷像を見つめる。
浅いため息が出た。
実感なんて湧かない。
ただただ何かを失った気がしてむなしい。
そっとそれに触れてみる…
ジュッ!
「ッ!!」
尋常ではない冷気が指に伝わり、
思わず大げさに手を引く。
…この魔法は一体?こちらを取り込もうとした?
まったく得体が知れない魔法だ…
その冷たさで一気にどこか虚ろだった意識が収束する。

…凍傷になってしまうから、早く手当てをしなくてはならない。
地下室を出ようと階段を目指した。


救急箱を調理場の戸棚から取り出し、
パールを使い、自らの魔法で指先を癒す。
あまり治癒魔法は得意ではないから、
集中しなくてはならない。
ようやく治療が終わる。
ふと落ち着いて一息をつく。

すると、いい匂いが鼻をくすぐる。
その方向をみやる。
そこには母さんのシチューがあった。
鍋のふたを取って、傍らにおく。
人差し指をスッとシチューに入れて、その指をなめた。
少しぬるくなっていたけれど、
やっぱりおいしかった。

母さんは料理が好きだった。
その味見をするのが小さい頃はすごく楽しみだった。
だっていつもおいしいから。
いつも通り、おいしいと感想を言うと、
いつも通り、母さんはこちらに微笑み返してくれる。
「そう、よかった」と。
それがなんだか嬉しくて、
夕方はいつも母さんが料理するのを見ていた。

いつも台所で微笑んでくれていた母さん。
でも、今ここに母さんはいない。
たった今、そんな日常を失った。

また人差し指をなめる。
これはもしかしたら母さんの、
最期のシチューかもしれない。
このまま母さんが氷付けのままなら…

もう一度、なめる。
あんな風なことがもう出来ないなんて、
ここで微笑んでる母さんを見れないなんて、
「…嫌だ」
ふと言葉がこぼれる。
自分の声を聞いてから、
目尻に少したまっている涙に気づく。
その言葉は子供が駄々こねているように響いた。
静かで止まってしまった部屋に響いた。

俺という子供は無力だった。
終わってから嘆くことしか出来なかった。
でも、終わってから仕方ないと嘆く大人なんて嫌だった。
そんな子供でもいたくないし、
そんな大人でもいたくない。
だから、誓う。

きっと元に戻して見せるから。

そう、母さんのシチューに約束して
ひとりだけで夕食を再開した。



また、母さんの氷像の前に立っていた。

男の死体はもうない。
あれから、警察に連絡し、
いきさつをかいつまんで話し、
男の死体はひきとってもらった。
母さんについてだけど、
やっぱりどうにもなりそうにないと
警察の人は言っていた。

だから、1日かけて調べた。
母さんをもとに戻す方法を。
もう行かなくてもいいと思っていた学校に行き、
図書館でひたすら呪布を使う魔法について調べた。
空腹なんて忘れるくらいに、むさぼりついて。
ようやく答えに近づけた。

『赤の呪法』 それが男の用いた魔法だ。
人は魔力を使う際に、どうしてもフルでは使えない。
それは死への恐怖感。
魔法を使うことには危険が伴う。
魔力の枯渇は生命エネルギーの枯渇と同義で、
同時にそれは死を意味する。
だから、それ故に人は魔力を使いこなせない。
恐怖感のコントロールと克服のために、精神力の修行を行う。
そして、初めて魔法を使えるようになる。
その恐怖感を無視して魔法をフルで使えるのが、
『赤の呪法』だ。
血で呪布を染め上げることで、
何より強く生命と死のイメージをつくる。
さらに呪布を魔力媒介として働かせて、
自分の意思とは無関係に魔力を引き出させる。
そうして、呪文を唱えて、魔力をフルで合成する。
その『赤の呪法』の犠牲者が母さんであり、
あのアルシャルという男である。
魔力を全て引き出し、合成するのだから
魔法を唱えた者は力尽きてしまう。

この氷にはあの男の全ての魔力が込められている。
それが絶えず氷の中を循環して、溶けるのを防ぎ、
またそれに干渉するものを巻き込んで、
凍らせてしまおうとする。
単純ではあるが、性質が悪い魔法だ。
だから、迂闊に手を出すと、
こちらも氷付けにされるだけになってしまう。

この魔法を解く方法は魔法分解-ディスペルだ。
相手の魔法のイメージを理解し、
合成する際に使われた量と同じ量の魔力で、
そのイメージを分離する。
あの男と同じ量の魔力…
悔しいが、あの男の魔法は俺よりかなり上ランクだ。
俺が今の能力でディスペルを行えば、
あいつの魔力に飲み込まれてしまうか、
中途半端な分解で氷像を砕けさせてしまうのがオチだ。
この街では母さんに込められた魔力をディスペルできる人はいない。
父ならば、難なくやってのけそうだが、
そのあたりは行方知れずで頼るわけにもいかない。

いや、でも誰かに頼るなんてしたくなかった。
自分の力で母さんを戻して、たくさん話がしたかった。
いつもしてくれた話もいつもしてくれなかった話も、全部。

だから、俺の手でディスペルをする。
ディスペルを成功させるには今以上の魔力が必要。
即ち、どこかで修行するか、
魔力を増幅させられる魔力媒介を探すしかない。
ここにいても、どちらも満足に出来やしない。
前者の師匠探しも、後者のトレジャーハントも
ここにいては始まらない。

「行ってくるから」
母さんに告げて、地下室を出る。
そして家に施錠魔法をして、この街をあとにした。

向かうのは、とりあえず隣の大きな町-レイクア。
徒歩で大体半日弱。
これからでは向こうに着く頃に、日が暮れてしまうだろうけど、
案外宿をとるにはちょうどいいはずだ。
わずかな道具をつめたかばんを提げて、歩き出す。
魔導機関さえあれば便利だけど、
学校くらいしかない田舎では仕方なかった。


ようやく関所が見えてくる。
あたりはすっかり夜になってしまっていた。
見張りの門衛を素通りして、街に入ろうとする。
「おい、今はこの街は旅人は入れないんだ」
「…どうしてさ?なんかあったの?」
「最近はレジスタンスとかいうやつが騒いでてな。
 治安が悪くて、それに巻き込むわけにはいかないから
 通行禁止にしてるんだ」
「へぇ〜。おっさん。
 情報ありがとね」
「こらこら、そう言いながら、
 自然に素通りしようとするな!」
袖をつかまれて、門の前に戻される。
力だけは強いな、このおっさん。

地図を取り出して、見る。
ここから他の街に移動するのも難だ。
それにさすがに疲れてしまっている。
「というわけで、おっさん。
 ここの関所で寝かせてくれない?」
「どういうわけだか知らんが、無理だ」
「頼むよ」  「無理だ」
「お願い」  「無理だ」
けっこう無理そうだ。
「3日3晩、歩き続けてようやくここに辿り着いたんです。
 もう足が棒のようで一歩も動けません…。
 心優しき門衛の方… 貴方しか頼れる方がいないのです。
 どうか貴殿の海よりも広く、谷よりも深き慈悲の心で、
 どうぞ、卑しきわが身を救っていただけないでしょうか?」
「見え透いた演技をしても無理だ」
…会心の演技のつもりだったのに…
なんかショックだ。。
ならば実力行使!…といきたいけれど、
いきなり犯罪ってのもさすがに気乗りしない。
「心の狭いおっさん…」
「何度無理だと言ったら分かるんだ?
 無理と分かったら、さっさと他の町に向かうか、
 野宿の準備でもするんだな」
野宿…鬱だ…
でも仕方ない。
今日はここで野宿して、明日にどこかに発とう。
幸い疲れもたまってるし、
風雨もここならしのげる。
布で全身を覆って、眠りにつく。
そして、眠りはすぐに訪れた。


-幼いころの自分が駆け回っている。
誰かに叩かれる。たくさん叩き返す。
そうすると、母さんに叱られた。
「やりかえしちゃいけない。傷つけちゃいけない。
許してあげれば、きっと相手の子も謝ってくれるから。
  そうしてきっと仲良くなれるから。
  だから、傷つけちゃ駄目」
優しい眼差しだった。何かを懐かしむような眼差しだった。
だから、思わず「うん」と返事をした-

まどろみの中で誰かの話し声が聞こえた。
「マナさん、こんなことしていいのでしょうか…?」
「いいのいいの。マナのレジスタンスに役立つなら、
 旅人が身包みはがされちゃうのも仕方ないの…」
なぜ哀れみを込めながら、楽しそうにしゃべる?
「はぁ、しかし…」
「第一、こんなところで寝ている方が非常識じゃない。
 そんなことをしていたら、夜盗に襲われることくらい
 この子に承知させないと駄目なの。 …あれ?」
「何か見つけましたか?」
「ねぇ、この子持ち帰らない?
 ジートの魔法ならできるでしょ」
「はぁ、…ですがしかし…」
「あぁもう、しかししかしうるさいッ!
 この子は戦力になりそうだから、持ち帰るって言ってるのよ」
「誘拐ですか…、しかしそれはあまりにも…」
「人聞きが悪いわねぇ。人材資源の適所利用よ。
 きっとこの子はマナのために役立ってくれるはずよ。
 さて、じゃあやりましょう」
・・・とんでもないことを話してる気が…
きっと空耳だろう。そうに違いない。
いろいろありすぎて疲れてるんだ、うん。。
深く目を閉じて、もう一度眠りについた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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