「壊縛ッ!」 試合開始と同時に声が響き渡る。 試験官が手にしているのは剣。 さすが試験官、それなりの上等な剣を使っているようだ。 その剣の柄には、炎の魔導石・『ルビー』が赤く輝いている。 (『シンボル』はファイアソードの典型タイプね… おそらく問題ないな…) 「鍵の『シンボル』とは随分不思議なタイプだな、 流石は注目の問題児ってことか?カフィ?」 「よく言われるよ、その台詞。いいからかかってきなよ。 それとも試験官さん、怖いの?」 「態度最悪の評定はコレか…はぁ。あぁ、いくぞッ!」 そう言って、剣を豪快に振る。 「爆烈のつぶて-ファイア・クラッカーッ!」 数々の火の粉がこちらに向かって飛んでくる。 そのスピードは決して遅くなく、 火の粉の一つ一つが魔力を込められて、 輝きを放っている。 「なるほどね…」 『理の鍵』に魔力を込めて、大きな風を起こす。 そして火の粉を風でなぎはらった。 火の粉はこちらまでは達せず、地面に触れて爆発を起こした。 会場の地面がえぐれて、 粉塵が巻き起こり、互いの視界を遮る。 こんな爆発するなんていいのか? 周りの会場警護とかあ然としているような… 「爆発なんて…。試験官ってこんなに物騒でいいの?」 「いいんだよ、おまえには手荒にやってもいいと言われているからな」 その声が聞こえた正面から、 疾風のごとくこちらに突きを放つ試験官。 粉塵にさえぎられた視界からのもはや不意打ち。 「クッ」 豪腕から繰り出される力強い一閃。 相変わらず大振りなのが唯一の欠点か。 身を軽く翻して、紙一重でかわし、 跳躍に風を込めて後ろへ飛び、再び距離をとる。 (なんだ、こいつ… 案外強いというか少し厄介… さっさとカタつけなきゃな…) 「じゃあ、ちゃんと攻撃するよ」 『理の鍵』を両手で正面にかざし、集中する。 「空牙-エアロ・リッパーッ!」 真空の刃が試験官に向けて放たれる。 「スピードといい、精度といい流石だな」 「そう言いながらも最低限の動作でかわして、 次の魔力を集中してるなんて流石だね」 「試験官にお世辞を言っても、評価は上がらないがな。 焔球-フレイム・ボールゥ!」 「さっきから試験官さんの動作バレバレだよ… 空爆陣-エアロボマーッ!」 剣先から繰り出される炎に対して、 その前で空気を爆裂させる。 結果、焔球の流れは変えられ、 それは放った本人のもとへ向けられる。 完全に読まれていた動作。 彼に避ける術も機転もなく、 自らの爆炎に飲み込まれてしまう。 「念のためっと…」 なお燃えさかる炎の中に放つは、2,3の真空の刃。 炎の中から聞こえる悲鳴が聞こえても、まだ不満。 当然だ、俺を思ったより疲れさせた分だけ苦しんでもらわねば。 そして、風の切り裂きが断末魔を呼ぶ。 「そ、そこまでっ」 「とめるの遅くない?それとも展開についてけなかったの? 早くしないと、再生のパールでも追いつかなくなるよ?」 試験会場にあわただしく実行側が詰めかける。 救護班がせっせと火を消し止めて、手当てに当たる。 切り傷に火傷… 申し分のない仕返しに笑みがこぼれそうになる。 「手当ても大事だろうけど、結果を早くいいなよ」 アナウンスを軽くにらんで、聞こえるはずのない独り言。 「実戦試験の勝者はカフィ・イクシーダス。 これにて魔導試験の試験日程は終了です。 1時間後の合否発表まで待機願います」 アナウンスが無愛想に告げる。 「1時間か、結構長いな…」 会場を背伸びしながら、後にする。 救護班のパールの再生魔法の優しい光が、 会場片隅で穏やかに放たれていた。
-今日は暇でだるい魔導学校の卒業試験・魔導試験の開催日。 誰かにとっては人生を左右するような大事な試験かもしれないけど、 俺にとってはたいした意味合いも持たない通過儀礼みたいな日だった- 「国家資格とはいえ、もう少し手軽に取れないの?」 お気に入りのお昼寝場所の屋上の草原にてため息。 職業において『魔法』を使うためには、 『魔導士普通免許』が必要となる。 それを得るには18歳以下の場合、所定の魔導学校において、 3年間の魔導教育を受けなくてはならない。 つまり、この卒業試験が『魔導士普通免許』へと直接つながるのだ。 しかも、無事卒業すると学習時に支給された『魔導石』をもらえるのだから、 確かにそれなりな金の面を見なければ、 割りのいい教育ではあるのだが…、 3年という長さと、下等な内容が俺には合わなかった。 「まぁこれでおさらばだね、やっと…」 ご愛用させていただいてる風の魔導石・『エメラルド』を手に取る。 今は『宝珠』となって、小さく濃密な緑色を誇っている。 陽にかざして、その緑を通して世界を見る。 不思議とそれだけで幾分穏やかな気分になった気がした。 それが魔導石が自分の魔力になじんで波長が合うからなのか、 それともこの妙で奇怪な石くれに魅入られているからなのかは分からない。 「そろそろだな…」 分かりきっている結果を聞きに、発表会場に向かう。
「ただいま」 「あら、おかえり」 住み慣れた家、聞き慣れた声、シチューの匂い。 そこには日常と平穏が確かに在る。 「思ったより遅かったねぇ」 聞き慣れた声の主は母だ。 「試験とかは早く終わったんだけど、 待ち時間とその後の手続きが面倒で…」 窓越しに暮れどきのオレンジの空をにらむ。 「まぁ仕方ないんじゃない。もう夕飯は仕上げだけよ」 「今日は随分豪華だねぇ。無理してるんじゃない?」 「今日はめでたい日じゃない。 子供は黙って親のご好意を素直に感じるのがいいのよ」 「はいはい」 からかったら、ありがたいお小言をいただいてしまう。 さすがは俺の親。どこかかなわない。 「食事の前に、地下室でカフィの魔法を見せてくれない? 久々でしょ、腕上がってるんじゃない?」 「…分かった。荷物を置いてくるよ」
薄暗い階段を歩く。 「しかし、よくこんな所作ったね…」 「あれだけの魔導士じゃない。 なにができてもおかしくないくらいだわ」 鉄のドアを開く。 ここは主だって見える物は何もない地下室。 しかし見えないモノ、魔法が詰まっている空間。 密閉されていながらも、魔力により明るい室内。
そして壁に厳重に張り巡らされている結界と、それを支える魔方陣。 それはどんな魔法をぶちこんでも、 無力化してしまうとんでもない代物だ。
魔法とはすなわち人に宿る生命エネルギー・『魔力』を 『魔力媒介』を用いて安定させて、 自然に干渉したり、自然現象を創造する技術。 魔方陣を『魔力媒介』として、 結界を創造するのは、 並大抵の魔導士ではできる範疇ではない。 いや、もはやそこまでの領域に達する魔導士は数えるくらいしかいない。 イメージが追いつかないのだ。
例えば、風。それは窓を開け放つだけで感じられる。 例えば、炎。それは暖炉に宿るぬくもりに感じられる。 例えば、水。それは蛇口をひねるだけで感じられる。 普通の魔法は自然に基づく。 それは何よりも身近でイメージしやすいから。
この魔方陣の結界はどうだろう? おそらくは人間の魔力の成分をイメージし、 それが拡散して吸収されることをイメージする。
魔力の成分??これだけで頭が痛くなる。 純粋な魔力の成分式は言葉に収まりきらないくらいに長い。 おまけにその種類は果てしなくある。 それだけで一冊の本ができてしまうくらいとしか知らない。
人間の様々な集中力により合成される生命力を魔力に還元する。 即ち、怒りから祈りまで曖昧な感情から発する 生命エネルギーをできるだけ考慮し、あらゆる魔力を想定する。 なおかつ生命という最も曖昧で確かなものに 定義づけを行う。それから頭の中でべらぼうな式を組み立てて その膨大なイメージを結び付けて『魔力』を合成する。
オマケに魔方陣なんていう狭い領域に 『魔力』を定着させなくてはならない。 魔方陣は永久機関であるといわれる。 円形と安定した陣が張り巡らされていて、そこに魔力を込めると絶えず循環する。 ただし、魔方陣は魔力の安定には全く役に立たないため、 『魔力』を定着させるには、これはまた格別の労力を必要とする。
要はだ… こいつを仕上げた奴はどこまでもとんでもないのだ。
「まったく流石としか言いようがないよ、父さんには」 「本当ね、今でも魔法の探求のために旅して回ってるんだから。 どこまでも魔法が好きでもここまでは極めないわよ、普通…」 そう、このとんでもない部屋を仕上げたのは俺の親父だ。 今度は長くここにいると言って、 半年間かけてこの部屋を完成させたらフラフラとどこかに旅に出た。 よく手紙をよこしてくるのだが、 その手紙の内容はひどく難しい考察に満ちていたり、 一方では子供みたいな好奇心にも満ちていて、 まさにそこには論文と子供の日記が同居していた。 そんな親父ではあるが、どこから手に入れたのか分からないけど、 相当十分なお金は定期的に送られてくるから、生活には困らなかった。
「それじゃあ、いくよ」 「えぇ」 目の前に『宝珠』をかざす。 「縛壊ッ!」 念じると、緑色の鮮やかな結晶が小さな鍵へと変わる。 これが俺の『シンボル』、『理の鍵』。
本来不安定な魔力の安定のために、人は道具を用いる。 その魔力を安定させる『魔力媒介』として 最も一般に普及しているのが、この『魔導石』だ。 念じることで、小さく携帯しやすい『宝珠』の形態から、 武器や『魔力媒介』として用いられる『シンボル』へと姿を変えられる。
『シンボル』を通して人は魔力を想像する。 ゆえに『シンボル』は自分に縁や愛着が在るものだとか、 魔法を使う際に同時に活用できるものが選ばれる。 前者は集中力の上昇に、後者は実用性に主眼を置いている。 剣や槍などの武具はその典型的なものだ。
そして、『魔導石』には様々な種類がある。 それぞれの種類に対応した魔法系統の安定・増幅に特化していて、これを使い分ける。
『理の鍵』を両手で正面にかざす。 そしてじっくりと魔力を込めていく…。 鍵が光に満ちていって、エメラルドが強く輝きだす。 汗がにじんでくる…心臓が高鳴る…頭が妙に冴えてくる… 魔力とは即ち生命エネルギー。 この輝きは即ちいのちの輝き。 それを込められるだけ込めて解き放つッ! 「空烈牙-ウインドブレイドッ!!!」 巨大な真空の刃が全てを切り裂かんとするばかりに、 空気という空気を歪めて、迎える魔方陣へと迫るッ!
・・・しかし、そこにはあるべき大破壊はなかった。 音もなく、平然と魔力は吸収されて 後方の吸収した魔力を放出する魔方陣へとすんなり向かった。 パチパチパチパチパチ… 静かな拍手。 「なかなかすごい風魔法じゃない… 並み大抵のものではないわ さすがはあの人の息子ね…」 「ふぅ…、やっぱここで魔法使うのはスカッとするけどつまらないな… だって全然魔力を込めた分のかいがないよ…あんなに平然と吸収されるなんて…」 放出される魔力を浴びて、疲れを癒しながらため息をついた。
「魔導試験も終わっちゃったし、やっぱり旅に出るの?」 「あぁ、前から決めてたし、やっぱいろいろ見に行きたいんだ」 シチューの匂いの暖かな食卓。 「いつ出発するの?」 「まだ決めてないよ、最初に行くところもまだ決めてないし」 「そう、それまではゆっくりしててよ。 あの人もあまり帰ってこないんだから、母さん寂しいんだから」 「分かったよ。昼は調べものしてるけど、あとはちゃんといるから」 「そう。分からないことあったら、どうでもいいことでも聞いてよ」 「ああ。そういえば母さんって若い頃は何をしてたの?聞いたことないな…」 「若い頃ねぇ…」 カランカラン。。 会話をさえぎる珍しい呼び鈴。 「こんな時間に珍しいねぇ…」
慌しく扉に向かう母さん。 扉を開ける。 そこに立っているのは見知らぬ長身で屈強な男。 こちらを見下すかのようにただ立っている。 立っている?違う、対峙している…? 彼から感じられる空気にずいぶんな嫌悪感がする。 やけに重圧を感じる、身震いがした。 男が重く口を開いた。 「すいませんが、レイヌという方がこちらにすんでいると聞いたのですが?」 案外穏やかな口調、どこかになにかを押し殺したままの口調。 「レイヌは私ですが… どちら様ですか?」 「そうか… 俺は…おまえを殺しに来たッ!」 …空気は凍った…。それだけの強さが言葉から感じられた。 その瞳には静かでつめたい怒りがゆらめいていた…
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