オレの事を最後まで見ていた男の子だ。
「あ・・・・おにぃ・・・ちゃ・・・ん」
昔、優しくて大好きだった「おにいちゃん」だ。 入院してた間、いつもオレのたどたどしい音色に、拍手をくれた人だった。
途切れ途切れで、言葉がやっと出せた。 眼がちゃんと見えない。自分が泣いているとはっきり解った。
「織夜・・・・思い出したんですか・・・?」
昔、病院で会った男の子だとは思わなかった。
「何で・・・忘れて、たン・・・・・だ・・ろ、う?」
本当に判らない。どうして忘れてたんだろう? 涙がとまる事は無かった。 オレの夢は大勢の人の前で、自分の作った曲を聞かせる事。 その夢を押してくれた人を・・・
「オレ、の、夢は・・・曲、作って、人の前で・・・」
「自分の作った曲を、たくさんの人に聞かせたいんですよね?」
ヤツの言葉に首を上下に振る。 だから、ここの学校に入ったんだ。設備も充実してて 曲の作り方や、どうやったら自分らしさを失わずに音を生かしていけるか ソレを学ぶために入ったんだ。
「オレの事恨んで・・・・・ないの・・?」
あの時、確かには泣いていた。 だんだん思い出してきた。自分の中で埋もれていた記憶。 思い出したくなかった記憶。 オレの下手くそな演奏を聞いて、とても嬉しそうに笑ってくれた人。 元気が出たと言って、また聞かせて欲しいと優しく誉めてくれた人。
「恨んでいました。自分の事を。」
オレの所為でお母さんが死んでしまったのに・・・・・ またオレに笑いかけてくれる人。
「オレ・・・じゃ、ないの?」
「織夜の曲が・・・音色が好きだったんです。あの音色に、俺は救われました。 嫌いだった、恨んでいたのは、織夜の事を泣かせた俺です。」
コイツ・・・この人は優しい声で、ゆっくりと話してくれた。
「母は父の死がショックで、日に日に衰えていったんです。毎日母の所へ通いました。 でも俺には何もできなくて・・・・・。慰めの言葉も何も掛けられなかった 本当に情けないです。そんな時に、織夜と会いました。」
一旦、息を吐いてから、またこの人は話し出した。
「織夜の演奏を聞いて、吹っ切れたんです。」
きっかけを作ってくれたんですよ。と言って、また笑った。
「色々と話しましたよね。織夜に会った時の事、全部母に話したんです。 俺の話を聞いて、その時母が笑ってくれたんです。父が死んで初めて笑ってくれた・・・。 フルートに興味があるといったら、これをくれました。」
古ぼけたフルートをオレの目の前に差し出した。 オレは、ソレを受け取ってまじまじと見た。 もう、涙は止まっていた。
「・・・・お・・・れ、の夢・・・」
「もう知ってますって。」
優しい笑みを絶やさないまま、この人はいった。 でも、オレが言いたいのは、この人の思ってる事じゃなくて。
「オレの夢を、先輩が、応援・・してくれた、事・・・すごく、うれしかった・・・。 誉めてくれた事・・・まだ、覚えてる・・・・・いつか、もっと上手くなって 「おにいちゃん」の・・・ためだけの曲・・・聞かせたいと、思ってた・・・。」
「織夜・・・・」
「でも・・・オレの所為で「おにいちゃん」のお母さん死んじゃって オレ、どうして言いか判らなくて・・・・・・。 泣いてる「おにいちゃん」をみて・・・・もし・・・もしも また演奏したら、上手に演奏できたら、笑ってくれると思って・・・」
俯いたままのオレは、この人とは視線を合わせなかった。 申し訳ない気持ちが勝っていたし。 今まで大好きだった「おにいちゃん」だと気付きもしなかった事に対しだ。
「でも、あの後、もう会えないよって、オヤジに言われて、・・・だからっ!」
ふわりとイイ匂いがした。気付けばオレは抱きしめられていた。
「俺の為に、ココに入学したんですか?」
顔を上げられないまま、ただ抱きしめられていた。 頷いていいものか迷ったからだ。 確かに、有名になれば名が知れ渡るし、テレビにも出れるようになる。 そうすれば、もしかしたら「おにいちゃん」が聞いているかも、と思ったからだ。
「オレの演奏を・・・・また聞いてくれる?」
「ええ。喜んで。」
「また・・・笑ってくれる?」
「はい。織夜の演奏が聞きたいです。とても大好きですよ。」
その言葉を聞いて、モヤモヤが消えた。本当に嬉しかった。
「オレ、女なんだよね。」
「はい。」
オレは抱きしめられたまま、笑っていた。
「はい?・・・・・」
間抜けな声が準備室に響いた。 オレはいっそう笑みを深くした。
ああ・・・オレ、今笑えてる。嫌いだった人が
本当は、大好きな人だったんだ。
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