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零れた音 作者:isaku

第5回   思い出した・・・?
吹奏楽部が居ない音楽室は、シンと静まり返っていて
オレ達が入ってきたドアの音が教室に響く。

カチャ。

コイツがオレを先に中へ押しやった後に軽い音がした。

「・・・?何したんですか?」

「鍵閉めてみました。あ、窓の鍵も閉まってる筈ですよ。」

・・・・・・おい・・・・そこまでするのか?!逃げ道は完全に絶たれた。
もう、逃げる気も無くなったけど、ココまでやられると、はっきり言ってムカツク。

「オレが大人しくしてる内に用件済ませてください。じゃなきゃ、先輩を殴ってでも帰ります。」

普段よりも声のトーンを落としてコイツに言った。
けれど、コイツは笑顔でオレの言葉を受け流した。
そして、「こっちです。」といって、オレを音楽準備室の方へと招き入れた。

「そこに座っててください。」

オレは言われるままにした。ココで文句を言っても帰るのが遅くなりそうだし。
あぁ・・・・・オレ、完璧諦めモード入ってるし・・・・・。
軽く溜め息をついて、ふとヤツの方を見ると、いつから持っていたのかケースがあった。
管楽器、それもフルートやクラリネットをしまえるくらいの大きさのだ。

「・・?ソレが見せたいもの?」

「聞かせたいものです。」

ケースから中身を取り出すと、それはフルートだった。
随分と古い。

「大事に使っているんですね・・・・
大きな破損部分は無いようですけど、傷とかがついてるし・・」

何となくというか、ぱっと見て本当にそのフルートが大切にされてきた事が判ったから
素直な感想がオレの口から零れた。

「母の形見です。唯一俺の手元に残った物。そして、織夜が与えてくれた物でもありますね。」


「は?」

「まぁ、聞いてください。」

何をだよ?と言う前に、ヤツの演奏が始まった。


どこかで聞いた気がする曲。でも違うと否定する自分。懐かしいようで、思い出したくない曲。
自然と笑みが零れる、しかしソレをしてはいけない曲。何故だか、無償に泣きたくなった。


「・・や・・・・織夜!」

「え?・・・・せんぱ・・・い?」

コイツに名前を呼ばれて、もう曲が終わっていた事に初めて気付いた。
オレの肩を揺すっていたのか、少し左側が痛かった。

「大丈夫ですか?」

「えっと・・・オレは何を・・・?」

「曲が終わっても何も反応してくれなかったので肩を揺すったら」

コイツの手がオレの頬に添えられた。
抵抗はしない。する気力が無かったから。ただじっとしていた。

「織夜が、泣いていた。」

泣く?オレが・・・?何で??自分で自分の頬に手をやると
確かに少し湿っていた。涙を流した跡だと解った。
何故泣いているのか自分でも解らないのに「どうして泣いてるんだ?」
などと、聞いてしまった。

「さぁ・・・でも多分、忘れてなかったんでしょうね。」

「忘れる・・?・・先輩、本当にオレは昔、先輩に会ったんですか?」

「はい。会って、俺にフルートの吹き方を教えてくれました。
たどたどしい曲を聞かせてくれて、一緒に練習しようと誘ってくれましたよね。」

コイツはそういったが、オレには、やはり覚えが無い。

「何処で、会ったんですか?」

胸にモヤモヤが生まれてくる。「本当に忘れてしまったのか?」
と自分自身に問い掛けてみても、肯定する自分も居なければ
否定する自分も居ない。焦燥感が今度は出てきた。

「病院です。」


オレの脳裏に男の子の姿が横切った。
笑っていた。 怒っていた。
そして
声もなく泣いていた、男の子。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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