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零れた音 作者:isaku

第2回   覚えてないかな
織夜----それがあの子の名前。俺が唯一知っていた手掛かり。

まだ俺が小学校に上がる前、俺の両親は死んだ。
母は身内仲間からとても信頼され、誰からも愛されていたし
子供の俺から見ても、母は本当に幸せだったと判った。
父は母とは対照的に孤独な人だった、母と出会うまでは笑った事が無いと
話していたのを憶えている。
そんな父でも俺たち二人を深く愛してくれた、とても幸せだった。

けれど、二人は死んだ。

二人の死は事故と言うことで片付けられた。

銀行に行った矢先、銀行強盗に刺されたのだ。父は母を、母は子を庇ったらしい。
その時の犯人は、薬物中毒者であり冷めた家庭で育ったようで
度重なる両親からの虐待に耐えかねて、薬に手を出した挙句、
薬を買うために銀行強盗を起こしたらしい。そして、責任能力が極力低下しているために
公平な罰を与える事はできなかったと思う。ここの記憶はとても曖昧だ。

俺はその場にいなかった。母が庇った子供は俺では無く、織夜だったから。

二人は病院に運ばれた。
父は絶望的と言われたが、母はもしかしたら助かるかもしれないと言われ
母の身内仲間は医師に哀願した。手術はとても長く、厳しいものがあったが成功した。
父の臓器を母に移植する事で、母の一命は取り留めた。

俺は毎日、母のいる病院へ通った。母は父の死がショックで、手術が成功したというのに
日に日に痩せていった。
父が死んだのも、こんなに母が苦しんでいるのも犯人がちゃんとした罪に問われないのも
全部、
そんな時に織夜に会った。
始めは父と母をこんな目に遭わせた原因だとは知らずに話していた。

「おにいちゃんは、だれのオミマイいにきたの?」

「・・・お母さんだよ。君はにゅういんしてるの?」

「うん!みぎのね、かたをケガしちゃったの。」

尋ねれば、笑顔で答えが返ってきた。
あの時は慌てた、怪我した部分を見せようと、服を脱ぎ包帯を取ろうとしていたからだ。

それからまた暫らくして、病院内で織夜に会った。
織夜はフルートを片手に持っていたから驚いた。何をするのか尋ねれば練習するのだそうだ。
いつか大勢の人の前で自分の作った曲を聞かせたいと将来の夢の話えおしてくれた。
たどたどしい音色だったけれど、子供なりの精一杯の演奏に自然と頬が緩んできた。
とても温かい気持ちになれた。
そして、思ったんだ。俺も織夜みたいになりたいと・・・・

織夜と会って次の日から、母の病室で織夜の話をした。
いつか自分も温かな曲が奏でられるようになりたいと、話したことを憶えている。
母はできるだろうと言ってくれた、自分も昔フルートの演奏者だったとも話していた。
その時に、もらったフルートを今でも俺は愛用している。
上手くなったら、もっと広い場所で母のためだけに作った曲を聞かせると約束した。

約束は交わされることが無かったけれど。

父の葬儀は、母と一緒に行われた。父に身寄りは無く、母の弔いのためだけに人が集まった。
俺にとっての身内は、母の死に対してだけ嘆き別れの挨拶も母だけにしていた。
始めから、父の存在が無かったみたいに。
その時の俺は泣かなかった。身内からは軽蔑の視線を向けられた。
『母親が死んだというのに、泣く事も無いなんて、不気味だ』と
哀しくなかったワケじゃない、けれど、泣けなかった。
一人、葬儀の場から遠のいたところで、織夜と会った。
どうしてココにいたのか判らなくて混乱した。

「どうして・・・いるの?」

俺の声に反応して、びくリと肩を振るわせた。

「ヒック・・・ごめ・・・ごめんな・・・さい・・・」

泣きながら俺に何度も謝ってきた織夜。
その時になって、やっと判った。織夜が全ての元凶だと・・・・。

頭の中が真っ白になった、その後にどす黒いモヤモヤが、俺の中に渦巻いた。
  
    何 デ オ 前 ナ ン ダ !?

「・・・・だ。・・・が・・・・・」

「ック・・おにいちゃ・・ごめ・・・なさ・・・」

「お前が死ねばよかったんだ!!」

子供ながらに残酷な言葉を吐き捨てた。

「お前さえあそこに居なきゃ、父さんもお母さんも死なずにすんだんだ!!
お前が死ねばよかったんだ!!返せ!ぼくの父さんとお母さんを返せ!!」

叫んだあとに気付いた。織夜が泣き止んでいる事に。
蚊の泣くような声で言った。

「・・ママやパパが死んじゃったらヤダ・・・やだよぉ・・・」

まだ、織夜の眼は潤んでいて、すぐにでも涙が零れ落ちそうだった。

何故だか無償に泣きたくなったことを憶えている。
行き場の無い怒りをぶつけたかった相手は、簡単に砕けてしまった。

「ごめんなさい・・・一人ぽちにして・・・・。」

生暖かいモノが頬を伝う。後で判った事だけど、俺はその時声も無く泣いていたらしい。
織夜の母親が、織夜を迎えにくるまで、涙がとめどなく流れたいった。

両親を死なせた奴が憎かった。けれど
母に庇われた子供の所為だと苛立ちと怒りを覚えたいたんじゃない
何もできなかった自分に腹を立てたんだ。八つ当たりをしたかったんだ。
そういう自分が居る事を知りたくなかったんだ。

織夜が演奏してくれた曲を聞いて温かな気持ちになって
いつか自分もなりたいとおもった存在が、自分の憎しみの対象だと信じたくなかった。
いつからだか、たった数回しか会った事の無い織夜がとても大切だったんだ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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